僕の手は小さすぎるから
「お断りします」
かなり驚いたというか呆気に取られたけど、僕の答えは決まっていた。
正直、サマカーさんに養われるのは悪くないように思える。彼は紳士的で、女性に優しい。メイドさんも沢山雇っていることだし、三食昼寝おやつ付きで養ってくれそうだ。
それでも僕は、彼の誘いを断った。
……ちょっとズレるんですよね。
僕が求めているのは「三食昼寝おやつ付きで養ってくれる生活」で、女の幸せを求めている訳じゃない。そもそも、精神的には男のつもりだ。
彼が僕に求めているものと、僕が寄生対象に求めるものが一致していない。僕は僕を受け入れてくれる人に養って欲しいし、僕が受け入れられる人柄の人に養ってもらいたいのだ。
結果論で言えばここで彼の誘いを受ければ僕の人生の目的は達成だけど、お互いに気持ちが一方通行の関係は、必ずどこかで破綻する。破綻されたら困る。また寄生対象を探し直しだ。
そういう理由から、求婚は受けられないというのが僕の結論だった。
「そうか……残念だ。そうなるとお前のことを、報告しなくてはいけなくなるな」
「構いませんよ。それがお仕事なんでしょう?」
「私を恨まないのか?」
「断られたのに無理矢理捕まえたりもせず、ただ報告するだけ……その時点で、貴方が女性に本当に優しいのは解りますから。その上で、割りきりができているのも」
「……なるほど、これは聖女と呼ばれるわけだ」
よく解らないけど、サマカーさんは一定の納得をしてくれたらしい。
……意外と話が解るというか、中身は男前ですね。
三十六人もの妻がいるのも納得だ。恐らくだけど、彼の妻には今僕が受けたような求婚をされた人が何人もいるのだろう。一生守るという気持ちを込めた、彼なりに真剣な求婚を。
フェルノートさんは嫌悪感を持っていたようだけど……彼は彼なりの信念を持って、三十六人の妻と仲良くやっている。たぶんこの人は、そういう人だ。
髪型はキノコみたいだし、服のセンスはないし、アクションがちょっと気持ち悪いけど……悪い人ではないと思う。
「まあお茶くらい飲んで行ってくれ。君のような美人とティータイムなぞ、中々できるものではない」
「三十六人もお嫁さんいるのに、ですか?」
「妻たちには美人などと言った花を愛でるような表現はせんよ。彼女たちのことは愛する人、もしくは家族と呼ぶのだ。美しいだけでなく、綺麗で尊いのだという意味を込めてね」
「なるほど」
こっちへのナンパを継続しながらも、しっかりのろけてこられた。これは完全に女好きだ。
元は男だけど、こうも褒められればさすがに悪い気は感じない。もう少し付き合っていこうと思い、また一口お茶を飲んだ。
「――ほ、報告ー!!」
そんな言葉と共にけたたましくドアが開け放たれたのは、僕がカップを置いたのと同時だった。
部屋に入ってきたのは、サマカーさんの護衛と同じく鎧兜を付けた人で、高そうな絨毯の上をドカドカ走ってサマカーさんの方へ。見るからに慌てているけど、何かあったのかな?
「ティータイムだというのに騒々しいぞ、マーネン君。何事だ」
「……アビスコールが出ました」
「……!」
アビスコール、という言葉が出た瞬間にサマカーさんの顔色が変わった。
アビスコール――アビスは深淵、コールは呼ぶって意味だっけ。名前からして物騒な響きがするけど、なんのことだろう。魔物なのかな?
「すまない、アルジェント。ティータイムはここまでだ」
「サマカーさん、マシンドールってなんなんですか?」
「アビスコールだ。魔物だよ。それも大物のな」
「ああ、やっぱり……それって、危ないんですか?」
「安全ではないが、慣れた相手だ。アルレシャは帝国軍こそやってこないが……海は魔物の領域でな」
サマカーさんは自分の分のお茶を一気にあおると、鎧兜の人たちに指示を出し始めた。
彼の表情は真剣で、指示には迷いがない。随分と手慣れている様子だ。やはり、有能なのだろう。
「アルジェント。この騒ぎに紛れて町を離れると良い。私はこの後、被害の計上などで忙しくなるからな。お前の報告はじっくりとさせてもらう」
明らかにこちらへの気遣いだと解る言葉を残して、サマカーさんはお共たちと部屋を出ていった。
側近の女性とツインテメイドさんもサマカーさんについていったので、部屋には僕ひとりが残される。
「……町を離れる、ですか」
サマカーさんの言う通り、そうしなければならないだろう。
このままこの町に留まっていたら、いずれはきっと王様からサマカーさんに僕を捕まえてこいとの命令が下される。
そんなことになれば僕はゆっくり眠っていられなくなるし、サマカーさんは望まない仕事を強いられてしまう。
もしかするとフェルノートさんにも命令が与えられるかもしれない。そうなったら、真面目な彼女は苦しむだろう。過去に仕えてきた国と、恩人との間で板挟みになって。
もう僕がこの町にいても、誰に対しても不利益しかならないのだ。
……元からそうですけどね。
僕はぐうたらで、やる気なんてまるで無い、怠け者の権化みたいな存在だ。元々利益なんてない。
魂が世界に合っていないせいだから転生させると、ロリジジイさんは言っていた。つまり魂が適合する世界なら、その人はやる気が出るということだ。
でも、結果はご覧の通り。僕は転生前と何一つ変わることなく、自堕落なままだ。
変わったことと言えば種族、性別……そして、数々のトンデモ技能くらいか。
けれど根底は変わってない。変わってないんだ。
僕は相変わらずぐうたらで、やる気なんてまるでない、怠け者の権化のまま。
そんな人間に厚意なんてものを渡されても困る。そんなものを寄越されたら、申し訳なくておちおちお昼寝もできなくなってしまうから。
もう既にゼノくんからの厚意をもらいっぱなしなんだ。これ以上は、僕には重すぎる。
僕が欲しいのは一度の厚意じゃない。永遠の好意だ。働かずに寝続けても、許されるくらいの。
「……行きますか」
町を離れるのなら、返すものをきっちり返して憂いを無くしてからだ。
僕はクッキーを一枚口の中に放り込んで、サマカーさんのお屋敷を後にした。
すべては、明日のお昼寝を気持ち良くするために。
持ちたくもない重荷は、ここにポイして行こう。




