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煙の揺れる場所

「ふーん……じゃ、ほんとに従業員になる気は無いんだなぁ」

「ええと、はい。お世話になってるので、手伝いくらいはしますけど」

「そうか。せっかく妹が増えると思ったのに残念だ……」


 おそらくは本心からそう言って、シノさんは煙を吐き出した。

 メイへ帰ってきたばかりの彼女は、居候である僕たちに興味があったらしく、今日はこうして部屋に招かれている。


 彼女の部屋はそれほど整理整頓がされてるわけではなく、洗濯物がそのまま置かれているところなどはかなり性格が出ている印象を受けた。

 あちこちに置かれているよく分からないオブジェは、たぶん旅のお土産なのだろう。

 煙草の匂いを感じながら、僕と青葉さんはシノさんと向かい合っていた。


「アオバ……だっけ。そっちはどうだ?」

「私も女王としての統治がありますので。それと、アルジェさんは既にこちらで予約済みです」


 しゅるしゅるとツタを伸ばして、青葉さんが僕を引っ張る。

 転生者、それも元々は親戚という仲間意識からか、青葉さんはかなり僕のことを気にかけてくれる。

 なにもかもが終われば僕のことをお世話してくれると言うし、事実、それは本心なのだろう。


「ふーん……それじゃ、俺たちが入る隙間は無いな。ま、いる間はゆっくりしていってくれ。他の奴らも喜ぶし、俺も嬉しい」


 にっかりと笑って、シノさんはパイプを咥えた。

 ぷかぷかと揺れる煙は、彼女の上機嫌を代弁するかのようだった。天井へと昇っていく煙を眺めながら、シノさんが言葉を作る。


「あ、タバコ臭くて悪いな。飲み物の味は保証するから、飲んでくれ」

「はい、頂きます」


 促されたのでいただくと、甘い味と深みのある香りがした。


「……ミルクティーですね」

「いい牛乳と茶葉が入ってたからな。珈琲以外も自信あるぜ? 砂糖がいるならそこにあるから、好きに調整するといい」


 本人が言うように、確かに美味しい。

 ミルクの甘さとまろやかさが茶葉の香りを引き立てつつ、渋みを抑えている。砂糖がなくとも飲みやすい。

 飲み物単体でここまでの味が出せるのは、相当な腕前だろう。温度管理や抽出時間、お茶とミルクの配分など、かなり気を使っているはずだ。


「……仕事は丁寧なんですね」

「ははは。自分のことには無頓着なんだよ。家のことなんてほとんどサツキ任せだぜ」


 青葉さんの言葉にシノさんはけらけらと笑って、自分のカップを傾ける。漂ってくる香ばしい香りからして、彼女の方はコーヒーだろう。


「うーん、我ながら美味いな」

「シノさんが入れてくれる飲み物は、いつも美味しいですよ」

「そりゃ嬉しいな。俺がいるときでよければ、いつでも――」

「――わふー! いい匂いがするんだよー!」


 ばん、とノック無しで扉が開け放たれた。

 元気よく入室してきたのは、もふもふの耳と尻尾を持ったこのお店の従業員、クロさんだった。

 クロさんは入ってくるなり、鼻をひくひくと動かして周囲の匂いを確認して、


「お菓子がないんだよ!」

「なんである前提なんですか……?」

「わふ? だって、お茶があったらお菓子もあるでしょ?」


 青葉さんがツッコミを入れるけれど、クロさんは不思議そうな顔をした。どうやら彼女の中では、お茶があったらお菓子も出てくるものらしい。つまりおやつを目当てに入ってきたということか。

 クロさんは自分に向けられる微妙な視線を特に気にもしていないらしく、わふ、とひと鳴きするとシノさんの方へと寄っていく。


「まあいいや、シノくん遊んでー? クロとわふわふしてー?」

「ほいほい、ほれこっちゃこい」

「わふー♪」


 甘えた声を出して、クロさんはシノさんの膝を枕にした。

 犬を構うようにわしゃわしゃと頭を撫でて、シノさんは煙を吐きながら言葉を作る。


「そんなにケーキが欲しけりゃサツキにねだればいいだろ」

「呼びました?」

「あ、サツキさん」


 開け放たれたままのドアから、ひょっこりとサツキさんが顔を出した。


「扉が空いてるし、クロちゃんの声が聞こえたので何事かと思いまして。青葉さんとアルジェちゃんもいたんですね」

「サツキ、悪いがケーキ持ってきてくれるか? この犬、お腹空いてるらしい」

「はいはい、それじゃ、さっき焼いたばかりの試作を持ってきますよ」


 シノさんの言葉に軽い調子で返して、サツキさんは部屋に散らばっている洗濯物を集めていく。どうやらついでに回収していくつもりらしい。


「シノくんは油断するとすぐ部屋を汚しますからね」

「悪いな、サツキ」

「そう思うのなら少しは洗濯物を出したり、掃除することを覚えてほしいものです」


 文句を言いながらも、サツキさんの顔に嫌な雰囲気はなく、むしろ笑顔だ。

 長い付き合いだと言っていたので、慣れているというか、お互いにいつも通りなのだろう。


「ところで……なんだかまた、妙なオブジェクトが増えてませんか?」

「ああ、それはこの間話した、謎の部族からかっぱらってきた奇声像。そっちはよく分からん遺跡の奥に安置されてた、たまに表情が変わる彫り物だ」

「……なにか危険そうならすぐ捨ててくださいね?」

「おー、さすがになにかあればな。今のところはなにもないから

安心しろ」

「奇声あげたり、デザインが変わる時点で既になにかあると思うのですが……」


 それでも、すぐに捨てなさいと言わないところがサツキさんらしい。

 お茶会が始まる気配を感じたらしく、シノさんはのんびりとした様子で立ち上がる。


「それじゃ、追加の飲み物を用意するか。クロはホットミルク、サツキは緑茶でいいか?」

「ええ、お願いします、シノくん」

「わふー! お砂糖多めでお願いするんだよ!」

「ほいほい、っと」


 パイプの煙をくゆらせながら、シノさんはお茶を入れるために出ていった。

 のんびりとした時間は、もう暫く続きそうだ。

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