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ワーキングタイム

 喫茶店メイは、サツキさんが経営する喫茶店だ。シックな雰囲気の店内で、ケーキだけではなく軽食も豊富な種類が揃っていて、どれも美味しい。

 お店の評判はとてもいいらしく、ウエイトレスを担当しているクロさんとフミツキさんは、いつも目まぐるしく動いてお客さんの相手をしている。


 前回お世話になったときもお店のお手伝いをしたけれど、予想以上の忙しさだったことを覚えている。クズハちゃんの分身までフル稼働しての全力接客で、ようやくお客さんをさばけるほどだったのだから。


 今日はフミツキさんとクロさんがいるので、僕は手伝い程度のお仕事だった。

 楽でいいのだけど、中途半端に余裕があるので、それだけ自分の格好を意識してしまう。


「……うぅ」


 道を歩いていて、目を引くのは仕方がない。僕の姿は今、絶世の美少女なのだから。

 だけどお店のウエイトレスというのは、『見てもらう』ことが仕事だ。勝手に見られるのではなく、お店を飾るものとして見てもらうために、お洒落をするということ。

 身体を彩るフリルが、揺れるスカートが、注がれる視線が、とても恥ずかしいもののように思えてしまう。自分がもう女の子であるということを、ひどく意識してしまう。

 オマケに今日は他人だけではなく、古くからの知り合いにまで見られているのだ。恥ずかしくないはずがない。


「あ、あの、青葉さん。僕のことばかり見てないで注文を……」

「えー? ちょっと待って下さいね、今頼もうと思ったんですけど、迷っちゃって……ね?」


 そう言いながらも、青葉さんの目はメニューではなく、僕の方へと向いている。頭のてっぺん、フリルの端からつま先に至るまでをじっくりと眺められている。

 それならあとにして欲しいのだけど、そもそも逃がす気がないらしく、青葉さんの細いツタが僕の足首にしっかりと巻き付いている。


「アルジェ、もうそろそろ落ち着いてくるから、お友達の注文取ったら上がっていいわよぉ」

「あ、ありがとうございます、フミツキさん」


 フミツキさんが気を使ってくれたけど、つまりは逃げる理由がなくなってしまったということだ。


「あの……そういうわけですから、青葉さん。決まったら注文をお願いしますね」

「分かりました。ああでも、勿体無いですね……お仕事が終わったら、着替えてしまうんでしょう?」

「……当たり前です」


 クズハちゃんが縫ってくれる彼女の趣味の服でもなければ、ゼノくんから貰った普段着でもない。言うなれば仕事着だ。

 働きたくない僕にとってはずっと着けていたくはないものだし、なによりこうも見られると恥ずかしい。

 しかも今こちらを見ている相手は、僕のことを前世の頃から知っているのだから。脱ぐ気力もなく疲れていたらそのまま寝るだろうけど、余裕があるなら着替えておきたい。

 青葉さんは僕の言葉ににっこりと笑って、慈悲のない言葉を紡いだ。


「では、もう少しゆっくり見せてくださいな」

「なんでですか……!?」

「だって、アルジェさんとっても似合っているんですもの。写真なんてものが気軽に撮れない世界なのですよ? だから私の記憶にきちんと刻まれるまで、じっくり見せてください」

「う、うぅぅ~……」


 困った。

 どういうわけか、今日の青葉さんは随分と意地悪だ。


「あ、青葉さん……あんまり、いじめないでください。その……ほんとのほんとに、恥ずかしいんですから……」

「……可愛い」

「か、可愛くは……ない、です。だいたい、青葉さんは知ってるはずでしょう、僕が……」

「ふふ、心配しなくても、私はずっと前からあなたのことを可愛いと思っていましたよ?」

「それはそれで、あんまり嬉しくないんですが……」


 男の頃から可愛いと思われていたという事実は、衝撃でもありちょっとだけショックでもあった。

 前世の頃の僕も、吸血鬼に負けないくらいに青白い肌で細身であり、男らしい身体つきとはとても言えなかったけれど、まさか可愛いと思われていたなんて。


「バカにしているわけではありませんよ。寧ろ喜んでいます。だって、元々可愛かった人が新たな可愛さを身に着けたのですから。まるで見慣れた愛しい景色の中に、知らない花が咲いたように、とても素晴らしいことなのですよ?」

「……よく分かりません」

「分からなくてもいいので、きちんと見せてください? その真っ赤なお顔も、とっても素敵ですよ」

「……うぅ」


 よく分からないけれど心底から楽しそうな青葉さんに、僕は暫く付き合わされることになった。

 この人、こんなに意地悪だったっけ。

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