深夜の団欒者たち
「なるほど、影移動という技能で、ムツキさんは魔大陸からここに来たんですね」
「おう。自分の影をその場に置いておくことで、いつでも移動できる……ま、簡易の転移魔法みたいなものだな。性質上、一度行ったところ、それも設定しないとできないんだが。ここは昔から馴染みの店でなぁ。仕事終わりに、よく来るんだよ」
ざっくりと説明を終えて、ムツキさんはティーカップを傾けた。
魔大陸からここまでかなりの距離があるのにどういった方法で移動してきたのかと思ったけど、技能の効果によるものらしい。説明からして、自分が一度行った上で設定しないと使えないのだろう。本人が言うように、RPGのワープ系の魔法みたいだ。
「ようはこれを使えば、お前の仲間をここまで連れてこれるんだが……他人の影を俺が記憶しないといけないからなあ……面倒くさいんだよな、アレ。ようは存在の質をすべて理解するってことなんでな」
「一言で言うと、通行証の発行には時間がかかる……みたいな感じですか?」
「そういうことだな。ま、暫くはここに滞在したらどうだ。そういう事情なら、戦力は多いほうが良いんだろう? 待っててくれるなら、あいつらを連れてきてやるよ」
既にこちらの事情も説明済みであり、ムツキさんは面倒と言いつつも協力してくれる気満々だ。相変わらず、世話好きな人だった。
フェルノートさんたちに合流できるのももちろんだけど、クズハちゃんとネグセオーもこちらに向かってきている。青葉さんに説明するために、僕は彼女に言葉を投げた。
「……というわけで、暫くはここで過ごしたいと思うんですが、構いませんか? ちょっと、その……友達のことを、待ちたいので」
「ええ。こちらとしても人手が増えるのは助かりますしね」
青葉さんの了承も得られたので、数日は共和国でのんびりすることになりそうだ。
話がまとまったところでサツキさんのチーズケーキを一口頬張ると、ふわりとした甘さと柔らかさが口に広がった。
作った本人はクロさんと共に奥へと引っ込んでしまったので、直接美味しいと言えないことが残念だけど、やはりこのお店のケーキは絶品だ。
「……ふふ」
「……? どうしたんですか、青葉さん」
「いえ。食べ物の好みは変わらないものだなと」
「ああ……そうかもしれないですね」
言われてみれば、チーズ系のケーキは昔から好きだった。今、青葉さんが笑ったのは、昔を懐かしんでのことらしい。
そういった昔話ができる相手は、異世界へと転生してからひとりもいなかった。なぜなら僕はこの世界に転生して、まだ一年も経っていないからだ。
どこか懐かしいものを感じながら、僕はもう一口、サツキさんのケーキを味わう。
「しかしこのケーキは本当に美味しいですね。素材の味をよく理解して、最適なバランスにしています。優しくて、好みの味ですよ」
「それは良かったです。オススメなんですよ」
「あいつのケーキは美味いからなあ。昔からよく食べてるんだが……何年経っても飽きが来ないのが凄いところだ」
ムツキさんはそう言って、目を細めながらケーキを口に運ぶ。
彼とサツキさんは古くからの知り合いらしい。長生きの種族なので、もしかすると何百年も前からの付き合いなのだろう。
「……ところでムツキくん、そろそろ良いですか」
「ん、なんだイザベラ?」
「なんだじゃありません、私がなにを言いたいかくらい分かるでしょう……!」
今まで沈黙を保っていたイザベラさんの言葉に、ムツキさんは明らかに雑な返事をした。
イザベラさんが言いたいことは、ムツキさんだけでなくこの場の誰もが理解していた。『そろそろ良いですか』、というのはつまり、『そろそろ着替えたい』ということだ。
なにせ彼女は今、いつものスーツ姿ではなく、フリフリの衣装を着ているのだ。
具体的には喫茶店メイの仕事着であるメイド服に似たデザインの服装だ。露出は多くはないけれど、とても可愛らしい。
そんな格好をして、イザベラさんは顔を真っ赤にして震えている。普段はスーツ姿のキリっとした出で立ちなので、新鮮に思える。
「なんで私がこんな格好をしなくてはならないのですか……!?」
元々これは僕たちが来る前から、サツキさんがイザベラさんに着せようとしていたものだ。
僕たちというお客さんが来たことで、一度はうやむやになりかけたのだけど、ムツキさんが、
「着ればいいじゃん。似合う似合う。絶対似合うから」
と言ったことで、サツキさんに再び火が点いてしまったというわけだ。
その結果として今の羞恥に震えるイザベラさんがいるのだけど、ムツキさんは心底から嬉しそうに何度も頷いていた。
「まあまあ、良いじゃねえか。似合ってるぞ」
「年齢とかいろいろ無理があるでしょう!? そもそも私の腕は――」
「――腕のことなら、その長さの袖で手袋まで着けてるんだから一見じゃ分からねえよ。それにイザベラは美人だけど、そういう可愛い服も似合うと思うぞ」
「かわっ……!?」
ムツキさんからの可愛いの一言で、イザベラさんの頬の赤みが増した。
「そもそもお前は腕のことを気にして、飾り気を無くしすぎなところがあるからな。顔はもちろん綺麗だし、性格だって可愛いだろう? もっと着飾ってもいいと思うし、その方が俺も嬉し――いて!? いてぇ!? 殴るなよ!」
「このっ! 人はっ! 本当にっ!! もうっ!!」
顔を真っ赤にしたイザベラさんに連打されて、慌ててムツキさんがテーブルを離れる。
そんなふたりの様子をみて、青葉さんはほうと溜め息を吐いて、
「おふたりはラブラブなのですね」
「そんな事実はありませんっ……!」
いや、どう見ても仲良しにしか見えないのだけど。
鈍感な僕でも分かる。イザベラさんとムツキさんは仲良しだ。それも友人関係ではなく、男女の関係として。
実際、イザベラさんはムツキさんを殴ってはいるものの、頬は染まっているし、口元が緩んでしまっている。好きな人に褒められて、嬉しいのだろう。
打撃音がやたらと重いけど、照れ隠しなのは間違いない。
「と、とにかくもう着替えます! 限界ですから! いろいろと!!」
威嚇するようにして歯を見せながらそう言うと、イザベラさんはばたばたと奥へと引っ込んでしまった。
そんなイザベラさんを満足気に見送ってから、ムツキさんはこちらに向き直る。
「とりあえず、事情はだいたい理解した。仲間の件は任せておけ。準備ができ次第、ここに連れてきてやるよ」
「ありがとうございます、ムツキさん」
「気にすんな。ダークエルフの領地を守ってくれて感謝してるのは、リシェルだけじゃない。俺も、古くから付き合いのある場所が無事とはいかないまでも、守られたのは良かったと思っているからな。その礼だと思ってくれ」
こちらが下げた頭を、気にするなというふうにムツキさんはぽんぽんと撫でてくる。
自然な動作であり、嫌味のないそれを受け入れれば、どこか頼りがいのある笑みが向けられた。顔に平手の痕がなければ、良いキメ顔だったのだけど。
「相変わらず、ムツキは背負い込むタイプだねえ」
「っと……アイリスか。しょうがねえだろ、性分なんだから」
「ふふ、相変わらずだ」
ムツキさんの後ろから、首にぶら下がるようにして、金髪の吸血鬼が抱きついた。
アイリス・イチノセ。サツキさんのパートナーであり、喫茶店メイの軽食担当の吸血鬼だ。
日が出ている間は表に出てこられない彼女だけど、今は夜なので自由に動ける。こちらの話をこっそりと聞いていたようだ。
「まあ、それがムツキくんの良いところであり、悪いところでもありますからね」
「そうですねぇ。ムツキくんらしいかとぉ」
「サツキ……に、フミツキ。お前も来たのか」
「はぁい。アルジェが来ているらしかったので……久しぶりねぇ、アルジェ。ゆっくりしていってねぇ」
「あ、はい。お久しぶりです」
間延びした声に返答すると、にっこりとした笑みが返ってきた。
彼女はクロさんと同じく、喫茶店メイのウエイトレスを担当しているフミツキさん。黒髪に、ひと束だけの白髪が特徴的な女性だ。
「ああ、そういやイザベラはどうした? そっちに行ったと思うんだが」
「半泣きで、もう着替えます、着替えさせてくださいと言うので、更衣室をお貸ししてますよ~」
「そうか。じゃ、イザベラが戻ったら帰るわ。いくつかケーキを持ち帰らせてもらってもいいか?」
「もっちろんですとも。フミツキちゃん、お願いします」
「はいはぁい。毎度ありがとうございますぅ♪ それではムツキくん、また後でぇ。そちらのお客様には、また後ほど挨拶しますねぇ」
昔からの知り合いと言っていたけれど、アイリスさんたちとも相当に長い付き合いなのだろう。ふらりと現れた喫茶店の面々に対しても、ムツキさんはいつも通りの対応だ。
話がまとまっているうちに、ムツキさんの首のホールドを外して、アイリスさんがフロアに降りる。向けられてくる笑みは、相変わらず悪戯っ子のような可愛らしさだった。
「アルジェ、久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです、アイリスさん」
「見たことないお友達もいるみたいだけど……うん。見たところ、悪い人ではなさそうだね。はじめまして、アイリス・イチノセだよ」
「アオバと申します。よろしくお願いします」
お互いに挨拶を済ませるふたりを横目で見つつ、僕はサツキさんに声をかけた。
「サツキさん。すいません、ちょっと良いですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ちょっとあとで聞きたいことがあるので、その……」
「分かりました、時間を空けておきましょう。ところでおふたりとももう時間が遅いですし、暫くお宿が必要なご様子。ウチで良ければいくらでも貸しますよ!」
「すいません、お願いします」
「いーえいーえ。謝らなくてもいいんですよ! 部屋はたくさん空いてますからね!」
相変わらずのテンションで、サツキさんはあっさりとこちらを受け入れてくれる。
懐かしさと有り難さを感じながら、僕は深々と頭を下げた。
 




