皐月の嵐
久しぶりに足を踏み入れたサクラノミヤは、懐かしい花の香りで満たされていた。
クロさんがいたこともあり、検問はすんなりとクリアした。門番さんがクロさんの顔を見て「またか」とか言っていたので、いつものことだったのだろう。
入る頃には日が暮れてしまったけれど、街灯は明るく、夜道を柔らかく照らしている。なによりも、柔らかな光に照らされた桜の花びらは、溜め息が出そうなほどに綺麗だった。
「……いい香りです。やはり、桜ですね」
そう言って、青葉さんは深く息を吸い込む。細めた瞳は笑みで、とても嬉しそうだった。
花の香に満たされた都は、相変わらず異種族が多く行き交っていた。活気のある町並みは見ていて楽しくもあるけれど、油断するとはぐれてしまいそうでもある。
たっぷりと時間をかけて花の香りを堪能してから、青葉さんはこちらに向き直った。
「それでは、まずはアルジェさんの知り合いに会いに行きましょうか。ご挨拶は大事ですから」
「そうですね。僕も久しぶりに会いたいですから。クロさん、案内してもらってもいいですか?」
「もちろんなんだよ! わふー、こっちこっち、こっちなんだよー!」
クロさんの案内に従い、僕たちは馬を引いて、とある喫茶店を目指す。
僕と同じ吸血鬼である、サツキさんという人が経営する喫茶店、メイ。
前に来たときにもお世話になった場所なので、挨拶くらいはしておきたいし、サツキさんなら帝国に行く道にも詳しいから、いい話が聞けるだろう。彼女、なにかと顔が広いようだし。
なにより、久しぶりに会った知り合いに自信を持って紹介できるくらいには、メイのケーキは美味しいのだ。
「わふー。良いお散歩だった。ついたんだよー。今日はもうお店終わってるから、遠慮なく入って!」
「それじゃ、失礼します」
馬をお店の前に繋いで、ドアをくぐる。からころという小気味のいいベルの音が響いた。
数ヶ月ぶりに訪れる店内は、前と変わらずに落ち着いた雰囲気で僕たちを出迎えてくれた。営業時間を過ぎているために明かりは落されていて、店内はしんとしているけれど、どこか安心する空気で満たされている。
「わっふー! 帰ったんだよー!!」
クロさんの元気のいい声が染み入るように消えていき、足音が返ってくる。ぱたぱたという音は、誰かが急いでこちらへと向かっている証拠だ。
そして、店の奥から懐かしい顔が現れた。
「くっ、いい加減に放してください! 私はそんなものは絶対着ませんからね……!?」
「ちょっとだけ! 先っちょだけですから! ほら、イザベラさん、きっと似合いますって! 製作者であるサツキちゃんが保証しますって!」
「服の先っちょってどこですか……!?」
現れた懐かしい顔は、ひとつは予想していたもので、もうひとつは予想していなかったものだった。
店の奥から取っ組み合うようにして出てきたふたりのうち、和服を着ている方はこのお店の主人であるサツキ・イチノセさんだ。こちらは店主なので、予想していた方の顔。
予想していなかった方の顔は、イザベラさん。魔大陸という、ここから遠く離れた地に住んでいるはずの人だった。
「ええい、相変わらずイザベラさんは強情ですね、絶対似合うって言ってるのに……サツキちゃん悲しい! 王国語で言うとショック!」
「そんな事実はありません……!」
話を聞くに、たぶんサツキさんの趣味のひとつである服作りでできた新作を、イザベラさんに着せたい、という感じか。
イザベラさんの方は着せられるのが嫌で、どうにか逃げようとしているのだろう。
どちらも高身長であり、おっぱいが大きい。そんなふたりがもつれ合っていると、いろいろと迫力が凄かった。というかサツキさんの方は和服といってもほとんど着崩しているような姿なので、なおのこと危ない。
「……大おっぱいオバケ戦争?」
「おおっと、今ものすごく不名誉な感想がサツキちゃんイヤーに聞こえましたよ……!?」
思ったことをついつい口走ってしまった結果、サツキさんがこちらに気づいた。
相手が目を丸くしたのは、ほんの一瞬。次の瞬間には相手は僕の方へと走り込んできて――
「アルジェちゃん!! 久しぶりですねえ!」
「ふぐぅ!?」
――予想よりも早く、胸に埋められた。
サツキさんの抱き締めによって、視界が完全に塞がる。上から降ってくる声は心底嬉しそうなものだった。
「いやあ、約束通り再度訪れてくれるだなんて嬉しいです! 生きているとは思っていましたが、やっぱり元気じゃないですか!」
「ふぐ、うぐぐ」
「ああ、でも大丈夫ですか!? 長旅でお肌が荒れていたり、不審者にえっちなことされたりしませんでしたか!?」
「うぐっ、さふひはん、うごぐぐ……」
「……あら? あ、すいません。私ったら、いつものクセでついつい」
「ぷはっ」
なんとか絞り出した抗議の声でこちらの意図に気づいてくれたらしく、サツキさんは僕を開放してくれた。
……相変わらず、とんでもない弾力です。
新鮮な空気を取り入れながら、僕はそんなことを思う。
前に会ったときも何度か埋められたけれど、サツキさんの胸はとてつもなく柔らかい。抱き締められると、沼に沈むように入ってしまうのだ。
「えっと……お久しぶりです、サツキさん」
「ええ、お久しぶりですね。元気だったようでなにより……っと、これまた美人さんをお連れのようですね! いやあ、アルラウネ系とはまた珍しい! はじめまして、永遠の十七歳こと、ここの店長のサツキです!」
「あ、は、はい、どうも……アオバと申します」
青葉さんが困惑気味だけど、サツキさんのテンションはこれが平常運転だ。慣れてもらおう。
それよりも今気になるのは、後ろの方でほっとした顔をしている女性、イザベラさんのことだ。
「ところで、イザベラさんはどうしてここに?」
「……上司についてきただけです」
「上司ってことは……」
「おう。俺もいるぞ」
名前を思い浮かべた瞬間に、その相手から声が来た。
店の奥、居住スペースの方から現れたのは、魔大陸の領地のひとつを治めている、吸血鬼の王様。ムツキさんだった。
日が沈んでいるからか、ムツキさんはゆったりとこちらに歩いてくる。こちらの目の前までやってくると、相手は軽い調子で片手を上げて、
「よう、アルジェ。探す手間が省けたな」
「探すって……もしかして、リシェルさんたちが?」
「ああ。狐っ娘の方はその場で出ていったらしいが……リシェルたちは探すって張り切ってな。復興のこともあるから、まだ船は用意できてなかったんだが……ま、アレだ。結果オーライ、だな」
にやりと牙を見せて笑う彼は、魔大陸であった頃と同じ。
どこか頼りがいがあって、安心できる頬笑みだった。
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未熟な身ではありますが、どうかこれからも、よろしくお願い致します。
アルジェの旅は、まだ、続きます。




