女好きの思惑
「はー……凄いところですね」
連れてこられた場所は、随分と成金趣味のお屋敷だった。
そこかしこに敷かれている赤いカーペットはふかふかで、歩くのさえ躊躇われるほど。置かれている絵画や壺などは、一目で高価なものだと解る。思わず椅子に座ったままでキョロキョロと眺めてしまった。
貿易の拠点を任されている人だ。儲けは相当にあるのだろう。三十六人も妻がいるくらいだし。
桃色髪のツインテールという特徴的な髪型のメイドさんが注いでくれたお茶を、とりあえず一口飲む。
紅茶だった。それも相当に良いやつっぽい。深い香りと強い甘さがあり、それでいて口に残る雑味はない。
「先ずは非礼を詫びよう、アルジェント」
「え?」
意外だった。サマカーさんはおもむろに立ち上がると帽子を外し、僕に一礼をしてきたのだ。
さっきまでキメ顔で「俺のものになれよ」とかやってくれた人とは、とても思えない。謙虚で紳士的な態度だ。
彼だけでなく側近の女性と鎧兜の人たちも、深々と頭を下げた。
「強引な真似をしてすまなかったな。だが私は、どうしてもお前を確保しなければならなかったのだ」
「どういう意味、ですか?」
「お前の回復魔法は強力すぎる。それほどの力を持った魔法使いを、放っておくわけにはいかない。私は領主として、この国の国王……プレイアデス王にお前の存在を報告する義務がある。強力な魔法使いが現れた、とな」
……つまりこれって、妻云々は建前だったってことですか?
「……僕をこうして招いたのは、王様に会わせるためと言うのが、本当の目的なんですか?」
「いいや。これは私の個人的な判断だ。私が報告しなくても、お前の噂はやがて他の町まで広がり、いつかは王の耳に届くだろう。その前に……王がお前の存在に気付く前に、お前のことをここに招かねばならなかった」
僕のことを王様に知らせなければならないというのは、解る。
なにせ回復魔法の技能も、魔力強化の技能もカンストなんだから。
実際は他にもたくさんの技能レベルが限界まで上がっているのだけど、今のところ僕に関する噂は「どんな怪我や病気も治す」というものだ。
無くした身体の一部や欠落した感覚、根底まで根付いた病巣までまとめて取り払うほどの、馬鹿げてるとも言えるくらいの効果を持った回復魔法。しかもそれが何度でも使えるとなると、よく考えなくても使いどころはいくらでもある。
莫大な利益になり得る存在だ。上司に報告するのは当然だろう。
でもその義務を、サマカーさんは放棄した。それも誰かの指示ではなく、自らの意志で。
それはつまり、王様に不義理を働くってことだけど……。
「王はお前を重用するだろう。帝国との戦争の最前線、そこにお前を赴かせ、傷ついた兵士を癒させる……兵士はお前に感謝し、お前を守るためと大いに士気を上げる」
「……そうですね」
「王と懇意の者達が病に倒れればそれを癒し、民の支持を得るために民を癒し……絶世の美貌も相俟って、希代の魔法使い、神の使い、聖女だと祭り上げられることになるだろうな」
「あー……はい」
どうしよう、聞いているだけですごい面倒くさい。
それって毎日あちこち走り回って、あっちこっちで人を癒して回り、いつも聖女らしく微笑んでいろってことでしょう?
冗談じゃない。僕は毎日ぐうたら眠って暮らしたいのに、そんなことになったら休んでる暇なんてないじゃないか。おやつ食べる暇すら与えて貰えるかどうか怪しい。
三食おやつが付いて、眠りたいときは好きなだけ寝かせてくれて、その上で患者が全員向こうから来てくれるならまだギリギリ許せるけれど、そんなのはごめんだ。
「それで……ええと。サマカーさんはどうして王様に報告せずに、僕をお屋敷に招いたんですか? 僕を使って、何か政治的なことがしたいとか?」
サマカーさんが言ったことは、別に王様が主導である必要はない。
例えばサマカーさんがやったって良いのだ。自分のところの兵士が傷つく度に僕に回復させて、自分の町の住人たちの怪我や病気を治して、支持を得る。そうすれば、サマカーさんが国の主になることだって可能だろう。
僕が持っているのはそういう力だ。それくらいに、飛び抜けてしまっている自覚はある。
……持ち腐れもいいとこですけどね。
僕が回復魔法にポイントを限界まで振ってあるのは、元々自分の怪我を治すためだ。今は人からお金を貰ったり、恩を返すために使っている。つまりは完全に営利目的というか、自分のために使っているのだ。
世界中回って怪我や病気を治そうなんて崇高な心は持っていない。そんな聖人君子じゃない。僕はただ、誰かに養われながらひたすらお昼寝がしたいというだけ。
「そんなことは考えていない。私は王のことは尊敬しているし、忠誠も誓っているが……ある一線は譲れない。今回はその一線に触れるので、お前のことをどうにか王から隠すために動いたというわけだ」
意外なことに、否定されてしまった。絶対この線だと思ったのだけど……どうやら違ったらしい。彼は今の権力に満足しているってことか。
この予想が外れているとなると、いよいよもってサマカーさんの考えていることが解らない。
今の地位に満足しているのに、それを与えてくれた相手に背いてまで、彼は何がしたいんだろうか。
「はむ……その一線って、なんですか?」
解らないことは素直に聞くのが一番だ。お茶請けのクッキーを一枚頂いてから、サマカーさんに質問してみる。
サマカーさんは待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がると、テーブルに沿うように歩いて僕の方までやってきた。そしてどこか芝居めいたというか、自分に酔ったように両手を広げて、
「決まっている! お前のような美しい少女を、そんなことの為に使うなど馬鹿げているからだ!」
「……へ?」
「危険な戦場に行き、政治の道具にされ、望みもしないのに崇められる……おお、なんと勿体ない……世界の損失だろう!」
「えっ、と……サマカーさん、貴方もしかして……本気で僕に求婚を?」
「もちろんだ! 私の妻として、ただの女として暮らせ! 少し回復魔法に長けている程度の扱いならば、王も興味は持たぬ。王にはそのように報告する。お前のように美しいものが、政治や戦いの道具になどなってはいけない……その美しい手は、そんなことの為にあるのではない……女としての幸せ、すなわち愛を育むためにあるのだ! アルジェント、私と結婚しよう……その大きすぎる力を捨て、一人の女としての幸せを生きるのだ!」
……えーと。
どうやらこの人、僕が思っている以上に筋金入りの女好きだったみたいだ。




