桜の都、ふたたび
「銀士……ではなく、アルジェさんがよく寝るのは知っていましたが、まさか馬に乗ったまま、爆睡できるとは思いませんでした」
「どこでも寝られるのは、僕の特技ですからね」
心底呆れた声を出されて半目まで向けて来られるけれど、僕にとっては平常運転だ。
青葉さんとの二人旅は、思った以上に快適だった。
特にアルラウネの特殊能力というのが意外なほど便利であり、雨が降ったらどこぞの映画のように大きな葉っぱで雨除けができるし、夜に眠るときだってツタを編んだ家のようなものを作成することでのんびりとした空間でくつろいで眠ることができた。
彼女が眠るために編み上げるツタはほとんど住居のような空間であり、魔物、動物よけのための焚き火や、その番が必要ないというのはとても便利だった。
数日を移動に費やしたものの、その間にネグセオーに行き先の連絡をしたり、オズワルドくんに王様との約束のことを報告したり、青葉さんと昔話に花を咲かせてたりしていたので、退屈な時間ではなかった。
それでもやっぱり陽の光を浴びているとどうにも眠くなってくるので、たびたび馬に乗りながらお昼寝をすることは多かったのだけど……。
「なにせ一日三十時間は寝ないと調子が出ないので」
「確か前世でもツッコミを入れたことがありましたが、それは世界の法則的に不可能なのでは……?」
前世でもスルーしたので今生でもスルーしておいた。
半目が飛んでくるものの、気にしないことにする。寝たいものは寝たいんだから仕方ない。
「さてと……サクラノミヤは久しぶりですね」
実際には一月か、二月くらいぶりだろう。けれど出立してからあったことがいろいろと濃すぎたので、随分と久しぶりに感じてしまう。
こうして都に入る前の検問の列に並ぶのすら、懐かしいと思える。
あの時の僕は馬車で眠っていたので、実際に都に入る前に受ける検問がどんなものなのかは知らない。たぶん、危険物とか密猟品などを持っているかどうかのチェックくらいだろうけど。
「王様の証明書でもあれば、こういう検問も楽に通れるんでしょうけど……ほら、将軍様の御紋的な。控えおろーという感じで」
「一応、立場的には王国に関係ないってことになっていますからね」
なにかあったとき、気軽に知らぬ存ぜぬで通せるように、僕たちは王国から大きな支援を受けられない立場だ。
殺すつもりでは無いにせよ、やろうとしていることは暗殺者と同じ。対外的には印象が悪いということらしい。政は大変だ。
「シャーウッドの女王、なんて言ってもまだ国として認められてもいないところですから、不審者ですしね……まあ、それならそれで、花が開くのを待つように、ゆるりとしましょうか」
そう言って、青葉さんはゆったりとした調子で腕を組み、待ちの構えを取る。
その動作のひとつひとつが綺麗であり、なにより甘い匂いを振りまくものだから、注目を集めて仕方が無い。特に男性からの目は、露骨にこちらに注がれていた。
……青葉さんは美人で、僕は美少女ですからね。
見た目の話をすれば、僕たちが目を引くのは仕方がない。おまけに青葉さんの方は、それこそ花畑がそこにあるかのように甘ったるい匂いを放っているのだ。悪い虫に寄ってきてくださいと言わんばかりに。
「……わふー、わふふー……ふんふんっ……お姉さん、いい匂いがするんだよ!」
「おや、花の匂いを褒めてくれるだなんて、嬉しい子ですね。どなたですか?」
なんて思っていたのだけど、寄ってきたのは犬だった。
いや、正確には犬ではなく、狼だ。ぴこぴこと動く耳は間違いなく獣人のもの。
ゆるいテンションで髪とフリルを揺らす可愛らしい姿には、見覚えがあった。
「クロさん……!?」
「わふ? あー、アルジェちゃんだ!」
人狼、クロ・イヌイさん。
かつて僕がサクラノミヤでお世話になった喫茶店、メイの従業員をしている女性だ。
相変わらず狼というよりは犬っぽい動作のクロさんは、こちらに鼻を寄せてくんくんと遠慮なく匂いを嗅いできた。
ちょっと恥ずかしいのだけど、邪気のない態度だからなんとなく拒否しづらい。旅をしているとはいえ、魔法によって身体は清潔だから、臭くはないと思うのだけど。
「うーん、相変わらずいい匂いなんだよ!」
「はあ、どうも」
「そっちのお姉さんもお花っぽいいい匂いなんだよ。すごいんだよ、さすが頭がお花畑なんだよ!!」
「……確かにアオバさんの頭には花が咲いていますが、ちょっとその言い方だと意味が違ってきません?」
一応突っ込んでは見るものの、クロさんは相変わらずのマイペースだ。初めて見る青葉さんが珍しいのか、ぐるぐると周囲を回っては匂いを確認している。やっぱりこれ、狼というか犬なのでは……?
「……ええと、アルジェさん。知り合いですか、この……なんというか、元気なワンちゃんは」
ああ、やっぱり青葉さんも犬扱いしてる……。
「あー……いろいろあって前にお世話になりまして」
「そうそう。一緒に牢屋にぶちこまれた仲なんだよ」
「今すごい斬新な説明が出ましたが……というかアルジェさん、また牢屋に入れられていたんですか?」
間違ってないだけに訂正しづらい情報だった。確か牢屋に入れられたのは主にクロさんのせいだったような気がするけど。
とにかく、相手は知り合いで、警戒しなくても大丈夫ということは青葉さんにも伝わったらしい。青葉さんは戸惑った顔をいつも通りに戻して、ゆるく息を吐いた。
「知り合いに会えたのであれば、幸先が良いということです。検問の列が動くまで、時間はありますものね」
「そうなんだよ、クロも暇すぎて死にそうで……ちょっと本気出せば壁を登ったりできるんだけど、それをやるとまた怒られそうだからやめてるんだよ? またお菓子抜きは困るんだよ」
「むしろそこでお菓子抜きで許されるんですね……」
そこは店長のサツキさんが甘いのだろうけど、それがメイのスタンスなのだろう。
クロさんにとってはお菓子抜きが重大な問題なのは間違いないだろうし。
「……ところでクロさんはなんでここにいるんですか? 買い出しとか?」
「ううん。お散歩してたらテンション上がってきて、ついつい壁を飛び越えちゃったから、帰りはお行儀よく帰ろうかなって思って」
「……アルジェさん。もしかしなくてもこの子、ちょっとアレなワンちゃんですね?」
無言でいた方が誰も傷つかないと思ったので、なにも言わないでおいた。
そういえば最近「意外と評価ポイント投げられること知らない人がいる」ということを聞きました。
あくまで『面白かったら』でいいので、ポイントもらえると嬉しいです。この文のもう少し下、感想を書くっていう文言の真下くらいにあると思います。あ、つまり感想も書けるので、何か言いたいことありましたらお気軽にどうぞ。




