夜の空が明けて
一夜明けた城下町には、やはり戦闘の痕が残っていた。
スバルさんの魔具、『明城の星剣』によって、一切の害意は退けられた。
しかしそれでも、降ってきた棺桶の衝撃や、それまでの戦闘による爪痕は確かにそこにあった。
復興作業をゆったりとした様子で眺めつつ、スバルさんは口を開く。
「よもや、首都がこうして襲撃されることとなるとはな……挑発行動であろうが」
「そうなんですか?」
「長く戦争状態にある間柄だ。お互いの兵器のうち、古いものや有名所の情報は押さえている。この星剣は我が王家に代々伝わるもの。知らぬはずがなかろうよ。吸血鬼『なぞ』を送り込んだところでどうにもならないということくらいは知っているはず……それをやったということは、『いつでも殺せるぞ』ということだ」
「はあ、なるほど」
国同士の腹芸なんてものはよく分からないけれど、そうして説明されれば少しは理解もできる。
つまり昨日のはほんの挨拶程度であり、いつでもかかってこいと、そういうことなのだろう。
「舐められたものだな……」
「では、王様。こちらも?」
「無論、相手の望むとおり、全面的に戦争を始めることになる。……手伝ってもらうぞ、シャーウッドの女王よ」
「それはもちろん、こちらも独立という美味しい条件がありますから。シャーウッドの麾下は非人間ばかりで扱いづらいでしょうが、お預けしましょう。兵法は苦手分野なので、好きに使ってください。」
「……む? 待て、アオバ。お前は指揮を取らないのか」
スバルさんが目を丸くして作った言葉に、青葉さんはあっさりと頷いて、
「それはもちろん。私はただの花。戦争だなんてとてもとても……」
「……余に丸投げするということであろう?」
「あら、バレましたか?」
ぺろりと舌を出して微笑む青葉さんを半目で見つつも、王様は吐息した。どうやらスバルさんは、既にそこそこに振り回されているようだ。
昨日の夜のうちに青葉さんに聞いた話では、彼女は今、シャーウッドという森を統治している女王という立場にあるらしい。その上で、スバルさんに協力することを条件に、独立国を手に入れるという約束をしているとも聞いた。
玖音にいた頃の彼女は落ち着いていたというか、どちらかというと静かな立場だったのだけど……やっぱり、そもそも玖音とはソリが合わない人間だったんだろうか。
「まあまあ王様、私も考えがないわけではありませんよ。私は花ですが、ステキな花です。というわけで、友好の証として花束の贈り物などいかがでしょう?」
「……簡潔に話せ。お前の言葉は、時に回りくどすぎる」
「私たちが帝国に入り、向こうの皇帝を抑えましょう。それで戦争が終わります」
……ん?
「すいません青葉さん、今『たち』って言いました?」
「はい、言いましたが」
「……もしかしてそれ、僕も数に入ってるんですか?」
「もちろんです。花がひとつでは、花束と言えないでしょう」
しれっとした顔でそんなことを言われるけれど、こちらとしては初耳だ。
僕の目的はぐうたらと昼寝して暮らしたいということなので、戦争に加担とか真っ平ごめんどころなのだけど。
恐らく今の僕が物凄く嫌そうな顔をしていたのだろう。青葉さんはこちらにそっと身体を寄せてきて、
「ぎん……もとい。アルジェさん。帝国には間違いなく玖音の人間がいます。元の世界から持ち込んだ迷惑です。片付けるべきは私たちでしょう」
「僕としてはそういうのめんどくさいんで、ぐうたら眠ってのんびりと暮らしたいんですが……」
ほんの少し前は妙な焦燥感に駆られたこともあるけれど、僕の基本方針はこれだ。
だから戦争という行為についてはそもそも関わりたくもないことなので、正直参加しろと言われると素直に渋る。しかも役割は暗殺者のような立ち位置であり、ようはろくな支援も期待できないような強行軍だ。
「世が荒れればそんなことも言っていられなくなりますよ? それに、私がシャーウッドという国を興そうとしているのも、のんびりと花を愛でて暮らしたいという理由です」
「……つまり?」
「この戦を片付ければ、アルジェさんも私の森でのんびりお昼寝生活でいかがでしょう?」
「……む、むぅ」
どうしよう、すごい揺れる。数秒前の思考が覆されるくらいには揺れる。
つまりこの仕事さえ片付ければ、青葉さんのところでのんびりとした生活に浸らせて貰えるということだ。
森のある位置によるだろうけど、この世界の自然は綺麗で、お昼寝をするには良いところが多い。果物などがあれば食べるものにも困らない。
そこでゆったりさせて貰えるというのなら、僕にとっては願ったり叶ったりなのは本当だ。
「どうやら今は吸血鬼の身の上のご様子。血がほしいのであれば、私のもので良ければあげますし。アルラウネのもので良ければ、ですが」
「……いいんですか?」
「血というよりは、樹液とか、蜜に近いのかも知れませんけどね」
この世界の吸血鬼が血を飲むのは、相手の魔力を求めているからだ。
つまりアルラウネであろうと人間であろうと、そこに魔力が流れていれば血の種類は問わない。
「それに、お互いに分かっているでしょう? 玖音の人間が向こうにひとり。ではこちらはふたりで勝てる計算です」
「……僕は玖音の家の人間ではありませんよ?」
玖音の家は優秀でないものを認めない。
そして僕は、優秀ではなかった。
つまり玖音において、僕は人間ではない。死人であり、不要であり、切り捨てられたものだ。それは彼女も、よく知っているはず。
「いいえ。あなたも間違いなく玖音の人間ですよ。花開く前に手折られただけのことでしょう」
「……買いかぶりすぎだと思いますけどね」
どういうわけか、昔から彼女は僕のことを真っ直ぐに見つめてくる。誰もが目を逸らすか、汚いものを見るような目や、哀れみの目を向けてくる中で、彼女だけは僕に花を渡してくれた。
流子ちゃんも僕のことをしっかりと見ていてくれたけど、彼女はメイドであり、玖音の人間ではない。玖音にいる人間で、僕と真剣に話をしてくれていたのは、彼女くらいのものだ。
「……玖音、か」
僕が前世においてきた名前。玖音 銀士という、過去の自分。
想うことはあっても、聞くことはもうないと思っていた。
それをここに来て、何度も聞くことになるとは思わなかった。
「む、内緒話か。余も混ぜよ」
「いえ、内緒というほどでもないんですが……」
スバルさんは玖音の関係者ではないどころか、そもそも別の世界の話なので、内緒話というよりは通じないから話さないだけだ。
「……ふむ、つまりアレか。妻としてはじめの仕事をしたいと」
「いきなり話が飛びましたね」
「ちょっと待ってください、妻ってどういうことですか」
「あ、なんか凄くややこしくなる気がしてきました」
天然気味な王様が落とした爆弾の処理が面倒なことになりそうな予感がした。
そして事実、面倒な話になった。
「簡単な話だ。ちょうど求婚しているところでな」
「ちょうど求婚している!? どういうことですか、それは!?」
「ええ、まあ……一応そういうことになりますね」
「……一応では分かりません。きちんと説明してください。ほら、早く」
どういうわけか、青葉さんが怖い。顔は笑っているのに、後ろから底知れない気配を感じる。というか、明らかにツタがうねうねしてる。
「ふむ、つまりだな。端的にまとめると、彼女の存在は大きな利益になるということだ」
「……花は愛でるものです。王様はぎん……アルジェさんを、道具のように使うおつもりですか?」
「いや。それ以前に、単純に惚れた。そこも含めて利益だ」
「まだ出会って初日でしょう……!?」
「ほう。これは妙なことを言う。恋は落ちるものだと、自然にそうなると教えてくれたのはお前だろうに」
「うぐ……そ、そう言われると怒りにくいのですが……」
スバルさんが僕に対して求婚する、なんて結論にたどり着いたのは、青葉さんのせいもあったらしい。そういえばアルラウネがどうとか言っていた。
納得していると、ぐい、と身体を引っ張られた。突然のことに抗う暇もなく、僕は青葉さんに抱きしめられる。
「ひゃわっ」
ぎゅ、と押し付けられた相手の身体は、植物のような見た目からは想像できないほどに柔らかかった。
ふわりと香った匂いは、彼女の身体を彩っている花たちのものだろう。複雑で、ひどく甘かった。けれどどこか懐かしいと思うのは、青葉さんの匂いだからだろうか。
「……とにかく王様、帝国には私とこの人で行きます。アルジェさんも、いいですね?」
何故抱きしめたまま聞いてくるのだろう。
疑問は感じるけれど、それを追求すると怖いことになりそうなので、やめておくことにした。相変わらず触手……もとい、ツタがうねうねしているし、青葉さんの目は明らかに怒っているのだから。
抱きしめられた状態で相手を見上げて、僕は言葉を作る。
「……人を殺したりするのは、正直したくないのですが」
「別に暗殺するわけではないです。抑えるだけ、ですよ。それと……問うべきことがあります。そうでしょう?」
「……ええ、分かりました」
まだわだかまりというか、心の中に引っかかりのようなものはある。
ただ、帝国にいる玖音の関係者のことが気になるのも本当だ。
神子さんに言われた『己の思うところを成せ』という言葉にはまだ実感が沸かない。迷いがある自覚はある。
それでも今は、この疑問を解消するために、青葉さんといるという選択が正しいことのように思えた。
「……本当に良いのか? 暗殺ではない、といっても少数で敵地に乗り込まなくてはならないのは本当だ。ろくな現地支援はできないぞ」
「構いませんよ。そもそも……王様だって、期待はしていないのでしょう?」
「……失敗しても、我が国の兵が減るわけではないからな」
青葉さんの考えた作戦は、王国にとってデメリットが殆ど無い。投資も人材も不要であり、失敗したところで痛くも痒くもないのだから。
スバルさんはそこまで考えて、理解した上で、本当にいいのかと聞いてきている。やはり、本質は優しくていい人なのだろう。
たぶん、青葉さんはスバルさんのことが結構好きだ。ふたりとも現実主義者ではあるものの、自分に正直なところがよく似ている。だからこそ、二人は手を組んだのだろう。
「ふふ、望むところです。過酷な環境のほうが咲き甲斐があるというものですから」
自信たっぷりに笑う青葉さんの腕の中で、僕はひっそりと溜め息をついた。
お昼寝してごろごろ生活したいのに、今度は前世からの知り合いとの潜入なんてことをしなくてはならなくなってしまった。
これからの旅もまた、大変そうだ。




