案内の行き先
「ふわぁ……」
意識しないうちに、関心と驚きの入り混じった声が出てしまった。それほどまでに、窓から見える景色は凄いものだった。
ルルイエからの書状を渡した僕は、サマカーさんにその書状を精査された後、正式に親善大使として迎えられることとなった。
王様用の立派な馬車に揺られ、数日の時間をかけてやってきたのは、王国と呼ばれる国の首都だった。
正直なところ、クズハちゃんたちのことはだいぶ気になっているのだけど、状況が状況なだけに、流されるままにこうして連れてこられてしまった。
「ここが我が国の首都、アルキオネですよ、親善大使殿」
隣に座っているサマカーさんが、補足するようにして説明してくれる。仰々しく話しかけられるのは、対外的なことがあるからだろう。
首都の町並みは、アルレシャとは随分と雰囲気が違っていた。
交易の中心である港町だったアルレシャは、活気と潮風に満ちていた。だけどこの都市からは、落ち着きと整った石の匂いがする。
どちらも栄えているのは確かだけど、やはり首都だけあってこちらにいる人たちはみんなどこか身なりがよく、堂々としていた。道や家の並びも整然としていて、見ていてどこか安心する。
「……やっぱり首都だけあって、町並みはかなり綺麗なんですね」
「うむ。祖父の祖父、そのまた祖父の祖父の代から、外敵の侵入を許したことはない……らしいからな。余の代は帝国との戦時下ではあるが、帝国の刃がここまで届いたことはない」
さすがに大国の中心ともなると、守りもかなり頑丈なようだ。
整った町並みに感心しているうちに、馬車は進んでいく。道行く人はこちらに向けて深く頭を下げる事が多く、王様の治世のよさを感じさせる。
ぼうっと眺めている間にも馬車は進み、ついには王城に到達した。
「では、余が直々に城内を案内しよう」
「……どうもありがとうございます」
素直にお礼を言えば、返ってくるのは柔らかな笑みと頷きだった。
サマカーさんから聞いていた話から、王様はもっと冷たく、鋭利で、利己的なのかと思っていた。
けれど実際に話してみた彼は思ったよりもずっと人間臭く、むしろ天然ボケで愛嬌があるようにすら見える。
ただ、アルレシャで出会ったときの雰囲気の変化のことも、忘れたわけではない。
彼は冷たい人間ではないようだけど、やはり王様として、きちんと治世のことを考えているのだろう。
だからこそ、サマカーさんのようなクセの強い人を部下として抱え込めるのかもしれない。
「サマカー。お前はアルレシャの領主だ。そして今回の相手は海の底に都を構えているという。……任せるぞ?」
「お任せください。すぐに返答としての書状を作成致します」
「うむ。判を用意して待っていよう。城にいる他のものへの説明も任せておく」
「はっ……!」
あのサマカーさんが戦闘中でもないのに軽口ひとつこぼさずに、きびきびとした態度をとるあたり、やはり王様として慕われているのが伺える。
感心しつつ、王様に続いて僕は馬車を降りた。
当然のように多くの迎えの人が集まってくるけれど、王様はそれを適当にあしらい、客人を案内するという名目で僕とふたりだけで王城に足を踏み入れた。
「まったく、大臣とメイドはうるさすぎるな……視察から戻ったくらいで騒がしい」
「慕われているんですね」
「余は王だからな。慕われていなければ、安心して眠れぬだろう?」
「それは凄く重要な事だと思います」
王様というからにはやはり暗殺などの危険はあるのだろうし、周りの部下が信頼できる相手だというのは大事なことだろう。
素直に頷くと、王様は難しい顔をして、
「うむ……まあ、最近は少し、花のせいで油断ができぬのだが」
「はな……?」
「……親善大使にいらぬ心配はかけたくない。黙っていよう」
なんでもない、とは言わない辺り、正直者なのだろう。
向こうに話す気が無いのなら詮索するのも野暮なので、聞かないことにした。
「では、親善大使……」
「ええと、その呼び方はちょっとこそばゆいので、名前で呼んでもらえますか?」
「……アルジェント、でいいか?」
「そうですね。ヴァンピィちゃんよりはだいぶ良いです。長いので、アルジェでも構いませんよ」
「良かろう。それではアルジェ、案内をしよう」
扱いは仕方がないとして、呼ばれるときまで役職めいた名前で呼ばれるとさすがに居心地が悪い。
希望を聞いてもらえたことを素直に感謝して、僕は王様に案内をしてもらうことにした。ガイドにしては随分と豪華だけど、本人がそうすると言うのだから甘えさせてもらおう。
王城は広く、案内にはかなりの時間を要した。
書庫や会食の場など、中世のお城という言葉がそのまま当てはまるような造りであり、観光に来ているような気分で見て回れたので、それほど退屈な時間ではなかった。
「……あふぅ」
「む。眠そうだな、アルジェ」
「ああ、すみません……今日はまだ三十時間寝てないので眠くて」
「……まだ?」
「まだです」
残念ながら一日が三十時間も無いので、『まだ』果たせたことはない目標だ。
相手は僕の言葉に微妙な顔をして、やがて、なにかを思いついたように頷いた。
「許す。こちらへ来るといい」
「へ……?」
訳が分かっていないうちに、手を握られた。
絡められる指は柔らかく、相手の中性的な見た目と相まって女性のものかと思うほどだった。
そんな感触に驚いているうちに、僕は王様に引っ張られていく。
元々が知らない建物の中だということもあり、抗わずにいると、王様はある部屋の前で止まった。
「ここが余の部屋だ。夕食までは時間がある。休んでいくと良い」
「……ええと、いいんですか?」
王様の部屋、ということは彼のプライベートな空間だ。
王様ともなると相当に忙しい身のはずなので、唯一心を落ち着けることができる空間だろうし、なにより馬車の移動で数日顔を突き合わせていたとはいえ、知り合ったばかりの間柄だ。気軽に部屋に上がらせてもらって良いものだろうか。
「構わぬ。親善大使を引っ張り回して疲れさせたとあっては、もてなしにならないからな」
王様はさっぱりとした調子でそう言うと、扉を開いて僕を招き入れた。
部屋の中は一国を預かる人の部屋らしく、どの品物も一級品だと分かるほどに良質なインテリアが並んでいた。
玖音の家にいた頃によく目にしていたので、ベッドやタンス程度なら高級品かどうかはひと目で分かる。この部屋は間違いなく、王様が眠るのにふさわしい部屋だ。
「ベッドを貸してやろう。遠慮せず、眠れ」
「ええと……それじゃあ、お言葉に甘えて……」
いつだってお昼寝をしたいと思っている僕でさえも遠慮してしまうような状況だけど、王様本人はまったく気にした様子もなく、むしろ急かすようにして手を引いてくる。
さすがに断るのも失礼だと思うので、案内されたベッドに沈み込むことにする。
「ふぁ……あ、すごい、気持ちいい……」
「当然である。王の寝所だからな」
こんなにフカフカのベッドは久しぶりだ。玖音にいた頃以来かもしれない。
シーツの肌触りはもちろん、ベッド自体も非常に柔らかく、包み込むようにして僕の体重を受け入れてくれる。
遠慮していた気持ちなんてすっかり忘れて潜り込んでみれば、しっかりとベッドメイクされていると分かる、ひだまりの香りが感じられた。
「ああ……ぬくい……将来はこんなふうに、ふかふかのベッドで毎日眠りたい……ベッドちゃんみたく安心できる相手に養ってもらいたい……むしろずっとここで寝たい……すやぁ……」
いろいろなことがあって、今まで緊張していたせいもあったのかもしれない。
あっという間に、僕は意識を手放してしまった。
 




