艶のあるキノコ(広義)
それは、唐突に来た。
「奇跡を起こす聖女というのは、お前か?」
いつも通りに人々の傷を治していたら順番待ちの人たちを押し退けて変な人が現れ、そんなことを言い出した。
「……僕はそんなつもりはないんですが、そう呼んでる人もいるみたいですね」
いつもならそういう人はさっさと叩き出されるのに、この日はそうはならなかった。寧ろ、町の人たち皆が積極的に変な人の通る道を空けたくらいだ。
変な人は屈強そうな鎧兜のお供を三人も引き連れていて、側には刀を腰に差した黒髪の女性まで控えていた。
最初はそのお供たちの威圧感が人々を退けたのかと思ったけど、どうも違うようだ。
「領主だ……」
「おい、領主が出たぞ」
「誰だ、あの種馬を解き放ったのは」
「ママー、領主様がいるよー」
「しっ、見ちゃいけません! 妊娠させられるわよ!!」
……あ、大体どういう人か解りましたね。
確かゼノくんが女好きだと評価していたけど、町人の反応を見るによっぽどなのだろう。
変な人改め領主さんは、こちらを爪先から髪の先までじっくりと眺めてきた。今日は暑かったからフードを被っていないので、それはもうじっくりと眺められてしまう。
一通り眺め終わったのか、領主さんは溜め息を吐いて、
「美しい……」
「はあ、どうも。ええと……エロキノコさん」
「誰がエロキノコだ!?」
髪型がキノコっぽいし、視線がいやらしかったからエロキノコというとても解りやすい呼び方をしたのだけど、物凄く睨まれてしまった。
「……スケベキノコの方が良かったですか?」
「言い方が変わっただけではないか!?」
「「「ぶっふ」」」
「何を笑っておる貴様ら!!」
「「「うははははは」」」
「そっちも笑うな!!」
あ、うん。このパターン新しかったから次からこれも織り混ぜよう。
さておき、相手はどういうわけか凄く怒っている。吹き出した鎧兜のお供たちの鎧をガンガン蹴って、爆笑する住人たちに威嚇して大層ご立腹だ。彼のことを笑っていないのはご本人と僕、後は側に控えている女性だけ。
「そんなに怒らなくても……フツーに名乗ってくれればそう呼ぶのに、なんで早く名乗らないんですか?」
「私が悪いのかこの惨状!? 私はサマカー・スワロ! 王よりアルレシャの当地を任されている、この町の領主だ!」
「そうですか。僕はアルジェント・ヴァンピールと言います。それで、そのサマカーさんが、僕になんのご用でしょう?」
「アルジェントか……お前、私の妻にならないか?」
……ド直球で来ましたねー。
相手の言葉には疑問符こそ付いているけれど、行動からは「嫌だとは言わせんぞ」感がひしひしと伝わってくる。鎧の男たちは自然と僕の周りを囲むように位置取りをしているし、側近っぽい女性は刀に指を添えているしで、逃がさない気満々だ。
スケベキノコ改めサマカーさんは恐らく渾身のものであろうキメ顔で、こっちの鼻に息がかかるくらいの距離まで顔を近づけてきた。
サマカーさんは口臭に気を使っているのかハーブのような爽やかで良い匂いがしたのだけれど、生ぬるい息が肌を撫でる感覚が不快だったので反射的に一歩を退いた。そうするとサマカーさんは更に距離を詰めてきて――ドンッ。
「悪いようにはせんぞ……?」
壁ドンからの顎クイ。少女漫画の必殺技のようなコンボを僕に決めてくれた。
……どうしましょう、少しも胸キュンしません。
ただしイケメンに限るとか、ただし好きな人に限るだとかいう注釈の意味が、本当の意味で解った気がする。確かにこれは好ましいと思える人間がやらないと、不愉快にしかならない。
正直、サマカーさんの顔はそんなに悪くない。少なくともブサイクってほどではない。残念なのは、センスだ。
黒髪をカチカチに固めた髪型はどう見ても艶のあるキノコで、おまけにその上に高価そうな羽根つき帽子を被っているものだから、顔の面積が妙に小さく感じてしまう。髪の毛か帽子が本体みたい。
服装は軽めの鎧と言った風情だけど、あっちこっちに無駄と思われる装飾がゴテゴテと付けられていて全体のバランスが悪い。それでいて何故か胸元はしっかり開けてあるって、それ防御する気あるんですか。
典型的な「本人は凄いイケてると思ってるけど、周りからはダサいと思われている」タイプだった。
「あのですね――」
「――アルジェ、どうかしたの!?」
騒ぎを聞き付けたらしく、家の中からフェルノートさんが飛び出してきた。おっぱいをぽよぽよさせながら。
フェルノートさんは自分の家の壁で壁ドンされている僕と、壁ドンしているサマカーさんを見て大体のことを察したらしい。明らかに怒気を孕んだ視線をサマカーさんに向けて、
「サマカー……貴方、その子に何をしているの」
「これはフェルノート殿。いやなに、ただの求婚ですよ」
「三十四人も妻がいてまだ足りないの?」
「今は三十六人ですが」
「なお悪いわよ!!」
どうも、二人は知り合いらしい。フェルノートさんの口調は気を遣わない、寧ろ敵対心のあるものだ。
……妻が三十六人って、とんでもないハーレムですね。
僕は少しも心が動かなかったけど、今みたいなのが良い人も結構いるのかもしれない。強引にという可能性もあるけど、実際聞いてみた訳じゃないから決めつけるのは失礼だろう。
サマカーさんはフェルノートさんがいくら睨んでも怯む様子はなく、寧ろ呆れたように肩を竦めた。
「ふぅ~……フェルノート殿。貴女こそ、こんなところで何をしているのですかな?」
「……失明したから隠居してるのよ。知ってるでしょう?」
「目は治ったと聞いております。その報告を受けて、国王陛下直々に戻ってこいとの命が下されたとも聞き及んでいますが……違いましたかな、元王国騎士団、三番隊副隊長殿?」
「……む」
フェルノートさんが宮仕え、それも結構偉いっぽい職業だったことには驚いた。
そんなに偉かったのなら、彼女がいつも忙しそうにしてたのも納得だ。たぶん王様からの命令を断るために、いろんなところに頭下げたりして回ってたのだろう。
今の態度を見れば、復帰に乗り気ではないのは解る。その上で、王様からの打診を断ったことに対しての罪悪感を持っていることも。
とはいえ、この状況はちょっと不味い。フェルノートさんは今、明らかに丸め込まれようとしている。
真面目な人だ。相手の反論まで真面目に受け付けてしまう。そういう人は、口論には向いていない。
対してサマカーさんは明らかに場数を踏んでいると解るくらい、落ち着いて話をしている。フェルノートさんに言った言葉も、反論というよりも諭していると取れるほど、口調が穏やかだ。
港町アルレシャはこの国の貿易の拠点としてかなり大切な場所だと、ゼノくんは言っていた。そこを任されている以上、サマカーさんは有能なのだろう。
センス悪くて女好きでも、政治や経済が出来る人でなければこんな重要な土地は任せてもらえない。
戦闘系と政治系。いるべき土俵が完全に違うもの同士が争っていて、今争っているのはサマカーさんの土俵の上だ。フェルノートさんに勝ち目がないのは明白だった。
相手の得意分野で勝負してどうするだか。ほんと、真面目な人だなあ。
……どうしますかね。
嗅覚に意識を集中すれば、今この場にいる人たちの中で「強い」と感じるのはフェルノートさんとサマカーさんの側近の女性だ。血の匂いからのブラッドリーディングで解る。
フェルノートさんは僕の味方っぽいので障害と考えないとすると、逃げられなくは無いだろう。
ただ、それをやってしまうと面倒なことになりそうだ。相手はこの町の領主だし、もしかするとフェルノートさんが責任を問われる可能性もある。
それに、サマカーさんだけは血の匂いが解らないから実力の判別がつかない。
彼の身体からは、かなり甘い香りがする。恐らく香水だろうけど、その匂いが強すぎて血の匂いが解らないのだ。振りすぎでしょ、これ。
技能レベルが高ければ解るのかもしれないけど、残念ながら嗅覚強化は1しかポイントを振っていない。
実力が解らない以上は脅威度も解らないので、不用意に動くのは危ないかもしれない。
「……とりあえず一旦落ち着いて話しません? ほら、お茶でも飲んで」
「ほう、それは良い! アルジェントよ、お前を私の屋敷に招待しよう。そこでゆっくり、お互いのことを話そうではないか」
「あ、アルジェ!?」
「大丈夫ですよ、フェルノートさん。ちょっとお茶してくるだけですから」
このまま放っておいてもろくなことにはならないのは間違いないので、ここは相手の誘いに乗っかってみることにしましょう。
長々と話をされるよりは、その方がずっと良い。だって面倒だし。用があるなら早く済ませてお昼寝したい。
「……三食昼寝おやつ付けられて、あっさり堕とされたりしないわよね?」
「…………」
「そこは即答で否定してよ!?」
いえ、ホントにそれをやられたら結構揺らぎますんで。




