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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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潮風と踊る

 港町アルレシャは、戦場と化していた。

 僕の記憶の中にある平和で活気のあった町は今、戦いと怒号に満たされている。

 この町の領主、サマカーさんの兵士だとひと目で分かるしっかりとした鎧で武装した集団と、見るからに荒くれ者という風体の集団がぶつかり合い、戦えない人たちは兵士さんたちの誘導に従って逃げていく。

 海から飛んでくる大砲は家屋を吹き飛ばし、時には人を舞い上がらせていた。

 そこにはもう、吸血鬼として転生したばかりの僕が見た優しい景色はどこにもなかった。


「んっ……ブラッドアームズ、『鎖』」


 砲撃によって吹き飛んだ人間を回収するべく、僕は動いた。

 ブラッドアームズ。血を武器へと変える、吸血鬼の技だ。

 己の指先に噛み付くことであふれた血液は本来の質量を無視し、膨れ上がるようにして鎖に変わる。

 舞い上がった人間たちをまとめて巻き取って地面へと降ろした。


「は……なんだこりゃ!?」

「あ、あなたは、銀色の……!?」

「はい、痛いの痛いのとんでいけっと」


 海賊も兵士さんも住民もまとめて回復させて、兵士さんと住民だけをブラッドアームズから解放する。


「手伝います。状況を教えてください」

「は、はい……ええと……か、海賊が町に攻めてきて、敵の数が多く……もう町中に敵が……」

「そうですか、分かりました。それじゃ、手当たり次第に片付けます。負傷者は僕の方に連れてきてください」


 呆然とする兵士さんたちを置いて、僕は速度を発揮した。

 負傷者を連れてこいとは言ったけれど、じっとしている気はない。負傷者がいたとして、こっちに連れてきて貰うほうが効率がいい。


「おかわり、お願いします」


 じゃらりという音の響きは、戦闘の音にあってなお高く響いた。

 追加発注された鎖で、僕は手近な海賊たちからふんじばっていく。

 後でどうするかはサマカーさんの仕事だ。僕はただ、この馬鹿騒ぎを終わらせられればそれでいい。


「痛いの痛いの、とんでいけ」


 さらにすれ違う中で、負傷している人たちを手当たり次第に回復していく。

 それはもちろん、兵士さんだけではなく捕まえた海賊たちもだ。


 ……気に入らない。


 高速の視界の中で、僕は自分の心がざわつくのを感じていた。

 記憶にあった平和な港町が、塗りつぶされていくような気がする。

 潮の香りは炎と血の臭いにかき消され。笑顔と笑い声が、苦痛と悲鳴で上書きされていく。

 ただ変わらないものは、潮風だけ。


「な……んなんだお前は!?」

「銀髪……潮風の女神……!?」

「ただの通りすがりです」


 ああ、本当に面倒くさい。

 どうして僕がこんなことをしなくちゃいけないのか。

 不愉快を潮風にぶちまけるようにして、僕は更に加速した。

 こんな面倒なことは一秒だって早く終わらせたい。悲鳴も怒号も砲撃も破壊音もうんざりだ。

 ここは潮風が優しくて、みんなが笑っていて、お昼寝には最適で。

 なによりこの町は、僕のことを拾ってくれた元騎士さんの家があるところだ。

 それをこんなふうに理不尽に、勝手に壊されて、気分がいいはずがない。


「……耳障りです」


 速度を上げて周りの騒動を片づけながら、港の方面までやってきた僕は、速度任せに家屋の壁を駆け上る。

 重力に捕まる前に登りきれば、そこはもう屋根の上。

 海上から、耳障りの正体である砲撃が、ちょうど武装船から発射されたところだった。


「風さん、止めてください」


 強烈な風は、飛来する無数の砲弾に無理やりブレーキをかけた。

 港へと着弾する前に、金属の塊が強制停止する。そしてそれらが落下する前に、僕は追加で言葉を紡いだ。


「ブラッドアームズ。鎖」


 単純な鉄塊である砲弾ならば爆発はしない。だから、こんな風に鎖で縛っても大丈夫だ。

 ブラッドアームズで作り出した物体は、僕の自由に動かすことができる。出来上がった新しい鎖は地面へと落下軌道に入ろうとしていた砲弾を捕まえて、持ち上げた。


「さっきから……うるさいですよ」


 血が足りない。そう判断した僕は、もう片方の手にも迷いなく噛み付いて、より多くの血液を流す。


「伸びてください」


 言葉通りに、砲弾を巻きつけた鎖に追加を入れた。

 ぎゅるぎゅると甲高い音を立てて、鎖が伸びる。その先は当然、お決まりのようにドクロを掲げた海賊船の群れ。


「……静かにしてください」


 上から叩くようにして、ぶちこんだ。

 上方向からの船底までの破壊を受けた船は、どれもまとめて木くずを撒き散らして沈んだ。

 幾人もの人間が海に飛び込むのが見える。このままなら、沈んでいく船に巻き込まれて沈むだろう。


「ああ、まどろっこしい……」


 面倒をまとめるために、僕はもう迷わなかった。

 指先なんて小さな場所ではなく手首へと噛み付いて、もはや大量といえるほどの血を流す。くらりと頭が揺れたのはほんの一瞬。面倒事を片付けるという目的が、僕を動かした。


「追加発注。まとめて引き上げます」


 今までに出したことが無いほどの大量の鎖が、波の音をかき消した。

 既に全員を視界に捉えているし、ブラッドアームズによって作り出したものを動かすのは、ある程度は自動で行える。まとめて引き上げろといえば、間違いなくその通りにしてくれるのだ。

 鎖によって次々に海から引き上げられてくる海賊たちを、僕は鎖に縛ったままで港へと引っ張り上げた。


「痛いの痛いの、とんでいけ」


 いくらか溺れている人や怪我をしている人もいたので、まとめて回復させてしまう。

 海賊たちもこのあとでどうなるにしろ、今苦しそうにしているなら治しておいたほうが良いだろう。

 裁くのは僕の仕事じゃないし、そんな責任も欲しくない。


「っ……痛いの痛いの……とんでいけ」


 魔力の消費はそれほどでもないけど、今のでかなり血を流した。

 どうせまたすぐに指に穴を開けるにしろ、一度塞いでおいたほうが良い。そう判断して、僕は自分にも回復魔法を使う。

 回復魔法には身体が血を造るのを助ける効果もある。なにもしないよりはいいだろう。


「は……次は……」

「止まれ、アルジェント!」

「……サマカー、さん……?」


 聞こえてきた声の主の名前を呼んだ瞬間、強く手を引っ張られた。

 港町アルレシャの領主、サマカー・スワロ。彼はいつもの女好きで余裕のある態度ではなく、真剣な表情でこちらを見て、


「無茶をするな……!」

「……無茶はしていません。吸血鬼は頑丈ですから」


 人間よりも、吸血鬼の肉体は頑丈だ。

 まして僕は速度極振りのステータス。転生するときにチート能力を多数得たこともあって、滅多なことでは攻撃が当たったりもしない。

 今ふらついているのは、ブラッドアームズに使うために自分で血を流した結果だ。つまりは、


「どうでもいいことです……」

「どうでもよくはない! らしくないことをするなと言っているんだ!」


 予想外に一喝されて、僕は目を見開いた。


「っ……らしく、ない……?」

「……少し焦りすぎだ。落ち着け、アルジェント。君は優しい女性だが、そんな風に自分を投げ捨てるような人ではないだろう」

「あ……」


 握られた手の傷はもう、消えている。回復魔法で消してしまったからだ。

 けれど、流れた血は確かに喪失感として、感覚に残っている。


「……そう、ですね」


 僕だって、自分のことは大切だ。

 むしろ誰かに三食昼寝におやつを付けて養ってもらいたいと思うほど、僕は本来面倒くさがりで、ぐうたらなのだ。

 こんな風に真剣に、それこそ自分をすり減らしてまで急いで解決を望むなんて、まったく僕らしくない。そんなのはまるで、転生する前にいた玖音の家のように苛烈すぎる。

 それこそ、一度しか会っていないサマカーさんにまで『らしくない』と言われてしまうくらいに。


「すいません、サマカーさん。ちょっといつも通りじゃなかったと思います」

「ふっ。分かればいい。そして、よくやってくれた。船を沈めれば、もはや海賊たちに撤退はない。大きな打撃力もな。つまり、ここからは我々が勝つだけだ」


 サマカーさんはにやりと笑うと、僕の手を離した。

 相変わらず似合ってるんだか似合っていないんだかよく分からないキノコヘアーの彼は、恐らくは本人は物凄く決まっているつもりの、ちょっと芝居がかかった動きで両手を広げて、


「いつまでも客人にだけ仕事をさせるわけにもいかない。さっさと片付けるとしよう!」


 それはやっぱりかっこいいとは手放しには言えないような、どこかギャグっぽい仕草だけど。

 その言葉で、周りの空気が変わるのだから、彼は間違いなくいい領主なのだろう。

 始めにアルレシャに来たときに思った通りに、きっとこの町は彼らの手で守れるのだ。

 だから僕も、ここからはいつも通り。


「はあ。面倒くさいですね。早く終わらせましょう」


 面倒くさがりでぐうたらで、いつだって眠そうな顔をして、実際眠いと思っている、ダメダメな銀髪ロリ吸血鬼。

 アルジェント・ヴァンピールとして、ここにいよう。

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