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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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番外編:【ドラゴンさんコラボ企画】転生吸血鬼さんはドラゴンの夢を見る 後

「……ふわぁ。ねむい」

「ふふ、アルジェはほんとうに、おひるねが好きなんだね」

「そうですね。可能であれば、一日に三十時間は寝たいです」

「えっと……たぶんそれは、すっごくがんばっても、無理かな……?」


 残念ながら、この異世界でも一日は三十時間なかったらしい。

 ラーワさんの家にお世話になることになって、暫くの日にちが経過していた。

 さすがにお世話になりっぱなしというわけにはいかないので、時折ネクターさんが薬を作るのに必要な薬草の採取を手伝ったりしつつ、のんびりと暮らしている。

 ラーワさんの友人であるリグリラさんという人に着せ替え人形にされたり、アールのお友達と遊びに行ったりと、たまに慌ただしいときもあるけれど、悪くはない。


 戻る方法が分からないというか、そもそもどうやってこの世界に来たのかも謎だけど、この世界そのものは悪いところではなく、むしろ過ごしやすいと思える。

 ただ、クズハちゃんたちのことが気になるのも本当だ。僕は確かに旅の途中だったのだから。


「まだ、昔のことはおもいだせない?」

「そうですね」


 嘘をついているというのは心苦しいことだけど、いたずらに混乱させてしまうよりはいいだろう。

 アールは僕の言葉に少しだけ心配そうな顔をしたけれど、すぐに顔をぱあっと明るくして、


「きっと、そのうちおもいだすよ。それまで、ぼくのおうちにいればいいよ!」

「ありがとうございます、アール」


 お礼を言うと、アールはさらに笑みを深くして、僕の隣に寝転がった。

 本日はネクターさんのお手伝いで、アールと一緒に薬草を採りに来ている。場所は僕たちが出会ったシグノスの森林地帯だ。

 あの日も彼は薬草を採りに来て、そして僕を見つけたらしい。

 木漏れ日に照らされるアールの横顔は、うとうととしたもので、


「ん……今日はおひさまが、きもちいいねえ。ぼくも、ねむくなってきちゃった……」

「寝る子は育つ、ですよ。まだお昼ご飯まで時間はありますから、少し眠ってもいいと思います」

「ほんとう? いっぱい寝たら、かあさまやとうさまみたい、に……」


 癖のある亜麻色の髪を撫でてあげると、ふにゃふにゃとした呼吸はやがて寝息に変わる。

 懐かれることが嫌ではないことを自覚しつつ、僕も相手の隣へと寝転がった。


 ……まあ、考えていても仕方ありませんし。


 なぜ今になって、それもなんの脈絡もなくほかの異世界に来てしまったのかは謎だ。

 この世界は僕が転生した世界とは違い、技能というシステムは存在しない。けれど、僕は相変わらず転生したときに覚えた技能を使うことができる。

 別の世界にいるのに、元々いた世界の(ことわり)が働いているのは不思議だけど、詳細がまったく分からないので、どうしてなのかなんて考えても無駄だ。


 分からないことに頭を悩ませるのも馬鹿らしいので、ちょっと一眠りを――


「――ん」


 嗅覚が捉えたものは、端的に言って不愉快だった。

 それは明らかな血の臭いであり、しかも人のものではなかった。


 沈ませかけた意識を引き上げて、むっくりと起き上がり、血の匂いの方向を探る。

 吸血鬼の嗅覚はいつも通りに敏感で、方角と距離はすぐに分かった。


「……人のお昼寝を邪魔するとは、無粋ですね」


 自分のことではなく、アールのことだ。

 すやすやと寝息を立てるアールは気持ちがよさそうで、起こすことがはばかられる。

 いつも自分が着ている外套を脱いで、身体にかけてあげると、掛けシーツ替わりとしていい感じになった。


「おやすみなさい、アール」


 この世界で初めての友達。

 その寝顔を良いものだと思う程度には、僕も薄情ではない。

 友達の安らかな眠りをそのままにしておくため、僕はそっとその場を離れた。

 面倒くさそうだから、さっさと片付けてお昼寝にさせてもらおう。



◇◆◇


 血の臭いは獣のものに似ていた。

 生臭い血液の香りは僕が近付くまでもなくこちらへと向かってきているけれど、それはつまりお昼寝中のアールへと向かっているということだ。

 相変わらず速度極振りのステータスは優秀で、僕はあっという間に目的地に到達する。


「……竜?」


 それは二足歩行で、トカゲの形をしていた。

 だけどそれは手のひらに収まるような可愛らしい大きさではなく、樹木よりも背が高かった。

 黒の鱗はどこか禍々しく揺らめいて、陽光を反射する。

 ぐるるる、と恨めしげな声が牙を隠すこと無く響き、動物たちが慌てて逃げていく。


「……なにか、妙な感覚がしますね」


 なぜかは分からないけれど、あれはこの世界のものではないような気がする。

 あの竜が纏っている空気というか、気配が、この世界で今まで見てきた生き物たちとは異なっているのだ。

 あれはどちらかというと、僕の世界の――


「――グルルルルル!!」

「っ!」


 考え事をしている内に、爪が振り下ろされていた。

 叩きつけの衝撃は土煙を巻き上げて、日中の爽やかな空気を汚す。

 大げさに距離を取って回避してもなお、衝撃が肺に響いてきた。


「……考えているヒマはない、かな」


 詳細は不明だけど、あれにはいつぞやの歩きキノコと違って明らかな害意がある。

 友達を守ることもそうだし、近くにはお世話になっている家や、人が住んでいるところもあるのだ。

 恩のある人たちが害される可能性があるものを、さすがに放ってはおけない。

 僕は面倒くさがりでぐうたらで、できればずっと眠っていたいけど、さすがにこの状況が悠長に眠っていられるものではないことくらいは分かっている。


「来てください、夢の――」

「――こらぁぁぁぁ!!!」

「ふにゅ!?」


 武器を抜こうとした瞬間、黒い流星が紅をたなびかせてやってきた。

 一撃は靴底であり、端的に言えば斜め上空からの飛び蹴りだった。

 顔面に蹴りを食らった竜は一瞬だけ傾き、しかし倒れなかった。

 むしろカウンターとしてのヘッドバッドを、乱入者に対してぶち込んだ。


「うわっと!?」

「ラーワさん!?」


 名前を呼んだ相手は、竜の頭突きを剣の鞘で受けた。

 武器が頑丈なら、本人も相当に頑丈だ。こちらへと吹っ飛んできた相手は地面を削りながらもしっかりと両足で着地して、ふーっと息を吐いてから、


「びっくりした……もうちょっと痛がってくれると思ったんだけど」

「ラーワさんも、もうちょっと痛がってもいいとは思いますが」


 ラーワさんが人間じゃないことくらいは察していたけど、さすがにあれだけ質量差のある相手からの一撃を喰らってけろっとしているのはちょっと頑丈すぎやしないだろうか。

 こちらへと駆け寄ってきたラーワさんへ、僕は声をかける。


「ラーワさん、どうしてここに?」

「いやいや、シグノスの森の方になんかでっかいのがいるって知らせを受けてね……今日はふたりともこっちに来てるってネクターから聞いてたから、すっ飛んできたんだよ」


 なるほど。母親らしい理由だった。

 ラーワさんは僕に目線を合わせるように屈み、心配そうに身体に触れてくる。


「アルジェ、怪我はないかな?」

「ええ、大丈夫です。アールはお昼寝してたので、寝かせてありますよ」

「それは道中で確認したんだけどね……アルジェにも怪我がなくてよかった」


 ほっとした顔をしたラーワさんの後ろで、竜が頭を振りながら体勢を立て直しているのが見えた。

 どうやら少し脳が揺れた、程度のダメージらしい。相手の大きさを考えると、蹴りでそこまでダメージを与えられた時点で凄いとは思うけれど。

 ラーワさんも気配に気付いたらしく、相手へと振り返って、


「うーん、さすがに浅かったみたいだね……しかしドラゴン、ドラゴンかぁ……あんな知り合いはいないのだけど……」

「チチチチッ……!」


 首を傾げるラーワさんに対して、竜の方はたいそうご立腹な様子だ。舌打ちのような音が連続して響き、喉が震える。

 嫌な感覚がした瞬間に、それが来た。


「フシュルルルル……!!」

「っ……!?」


 竜の喉奥から吐き出されたものは、ひどく毒々しい色をした煙だった。

 紫色の煙は空へと登るのではなく、塗料をぶちまけるようにして地面へと降りて広がった。


「毒かっ……!」


 ラーワさんの言葉通り、煙に触れた草花は即座にその色を失っていく。

 気持ちのいい景色は、塗りつぶされるようにして枯らされていった。


「これは……なおのこと、人里に近づけるわけにはいかなくなりましたね」

「……に」

「ラーワさん?」

「あああああっ! もう怒った!!」

「ふにゅ!?」


 黒曜の髪を振って、ラーワさんが前に出た。

 毒の煙は目の前に迫っている。あれがどれくらいの毒素を持っているのかは分からないけど、直接浴びるとさすがにまずい気がする。

 即死だったら目も当てられない。死んでなければ僕の魔法で治すことができるけど、即死だったら治してあげられない。


「ラーワさん……!?」

「いい加減にしろーっ!!」


 明らかにキレ気味のテンションで叫んだ瞬間、彼女の身体が膨れ上がった。


「っ……!?」


 ラーワさんは人間ではない。それは分かっていたことだ。

 だからもしかすると、普段見ている姿は変化しているだけで、本性としての姿が別にあってもおかしくはない。そう思っていた。

 それがまさか、こんなにも大きい、黒曜石のようなドラゴンだとは思わなかったけれど。


 すらりと伸びた首に、長い尻尾。

 黒曜の鱗は全身を飾るかのように覆い、分厚い爪と鋭い牙は強者の証。

 背中の翼は、彼女の頭髪にある一房の真紅のようだった。

 だけどその深い黄金色の双眸は、確かに僕が知っているラーワさんのもので、


「いいか、そこのでっかいの! 君が私のあずかり知らないドラゴンなのか、それともネクターあたりが喜ぶそっくりさんの希少種なのか新種の魔物なのかは知ったこっちゃないけどもっ!」


 なによりもこのテンションは、完全にラーワさんだった。


「この辺りの(ドラゴン)の悪い噂がなくなるまで、ドラゴン(わたし)がどれだけ苦労したと思ってるんだっ! 槍投げられたり鱗剥ごうとされたり体のいい生贄の処理に使われそうになったりしながら、ぼっちなのに頑張ったんだぞう!? それをまた悪い噂にするつもりか、このそっくりさんめ!」


 そっくりさん、と彼女は言うが、目の前の竜とラーワさんのその姿はあまり似ているとは思えない。

 毒を吐く竜に翼はないし、同じ黒色とは言っても、相手の鱗はくすんだような色で、ラーワさんの鱗は磨き上げた黒曜のような美しさだ。

 なにより向こうからは獣くさい臭いがするけど、ラーワさんの方は結構いい匂いがする。人間体のラーワさんとそう変わらない、どこか爽やかで甘い匂いだ。

 いろいろと昔のことを思い出すのか、ちょっと涙目のラーワさんの身体を、僕はどうどうという感じで撫でて、


「ラーワさん。落ち着いてください。あんまり似てませんから」

「似てなくても、なんか悪い噂が立ったら嫌じゃないかっ!!」


 心配症なドラゴンさんだった。

 とにかく、サイズ的なこともあって、彼女は毒霧の影響を受けていないらしい。それは良いことだった。


「はあ……綺麗になあれっと」


 ぱん、と手を叩いて魔法を発動すれば、回復の魔法が毒霧を消し去る。

 さらに萎れた草花も、根っこまで完全に腐っていなかったものは元気を取り戻した。

 毒の影響がなくなったことを確認して、僕は改めて刃を抜いた。


「ラーワさん。お手伝いします」

「悪いんだけど、頼めるかい? このあたりの薬草は結構大事だから、毒を消してくれるだけでいいんだけど……」

「恩もあるんで、僕の方も頑張るという感じでお願いします」


 僕の言葉に納得してくれたらしく、ラーワさんが力強く頷いて突撃をかけた。


「さっきのお返しだっ!!」


 黒曜の弾丸のような頭突きが、相手の顔面に突き刺さった。

 質量を増したラーワさんによる打撃は、先程以上に深く毒竜に強烈な衝撃を与える。

 その様子を眺めながら、僕も前へと出て、援護するためにラーワさんの身体を駆け上った。


「く、くすぐったいよ、アルジェ……!?」

「ごめんなさい、ちょっとだけ失礼しますね」


 肩の辺りまで登ってみれば、景色は高い。

 ヘッドバッドによってよろめく相手を見ながら、僕はなんとなく心に浮かんだことを呟いた。


「うーん、怪獣映画みたいですね」

「は、映画……?」

「え、はい。映画。ああいえ、すいません、なんでもないです」

「ちょ、ちょっと待ってアルジェ!? 君、映画知ってるの!?」

「はあ、一応……あれ、ラーワさんも?」

「……えーと」

「……もしかして」


 お互いに顔を見合わせて、目をぱちくりさせる。至近距離で見るドラゴンの目はくりくりしていて、結構可愛かった。

 僕がこぼした言葉に対するラーワさんの反応は、映画というものを知らなければできないものだ。

 ラーワさんの正体について考えた瞬間、相手からのお返しが来た。


「あいたぁー!?」


 完全に気が逸れていたため、クリーンヒットした。

 相手の打撃によって、ラーワさんが顔を押さえて呻く。


「くっ……結構頑丈だなぁ、もうっ……!」

「話すのは後にしたほうが良さそうですね」

「そ、そうだね……あとでゆっくり、聞かせてほしいかな!」


 お互いに話すことができてしまったので、さっさと片付けるという方針が固まった。


「ええいっ……!!」


 ラーワさんは今度は単なる攻撃ではなく、爪で押さえつけるようにして相手へとのしかかった。

 当然のように下敷きにされた毒竜は嫌がって暴れる。口の端から毒霧がこぼれ、再び周囲を汚染していく。

 重量で縫い付けるようにして、ラーワさんは相手の動きを封じ込める。

 そうして動けなくなった相手に対して、僕は遠慮をしなかった。

 ドラゴンさんの肩から飛び降りるようにして、一直線へ相手へと落ちていく。


「そこまでにして貰いましょうか」


 既に刃は抜き身。相手へと着地した瞬間に、僕はそれを振り抜いた。

 僕の手にある刃の銘は『夢の睡憐(すいれん)』。無形のものを切断することができるという、特別な武器だ。

 斬撃は一度ではなく、重ねることで乱撃になり、解体作業となる。

 毒の霧ごと肉を裂き、血液すらも細切れにした。


「はい、綺麗になぁれっと」


 撒き散らし、自分にも飛び散ったものをさっさと浄化してしまう。

 生き物の生命を奪うことに思うところが無いわけではないけど、迷惑なら話は別だ。それも人の命をあっけなく奪えるような毒を吐くような存在なら、排除しておかなければ危ない。


「……片付いたか。助かったよ、アルジェ」

「僕がいなくても、ラーワさんだけで片付けられたと思いますけどね」


 見上げる相手の身体は、人間体のときとは比べ物にならないほど大きい。

 けれどその瞳と声、話し方は紛れもなくラーワさんだ。僕の知り合いにも分身して増えたりとか規格外な人が結構いるので、そう驚くようなことでもない。

 むしろ今、話さなくてはいけないことは別にある。


「それでアルジェ、さっきの映画のことなんだけど……」

「ええ、たぶん僕たち――」


 ――言葉を紡ごうとした瞬間、それが来た。

 僕の周囲に、きらきらと輝く光の球のようなものがいくつも出現する。

 ふわふわとした光はホタルのようで、それは僕の身体に誘われるようにして、集まってくる。


「……なんか、時間切れっぽいですね?」


 光が現れた瞬間に、僕はなんとなくこの時間が終わることを自覚した。

 この光のあたたかさと匂いを、僕は知っている。

 今の竜を倒すことが、夢を終わらせるために必要なことだったのだろう。


「アルジェ、ちょっと……!?」

「あー……すいません。たぶんこれで帰らないといけないと思うので……できればみんなに……アールに、さよならを伝えておいてください」


 理由は相変わらず分からないけれど、元々僕はこの世界の住人ではないのだ。

 ここがどんな世界であるにせよ、僕はここにいつまでもいるわけにはいかない。

 アルジェント・ヴァンピールが生きている世界は別にあって、僕はそこでまだ、やるべきことがあるのだから。


「……いつかまた会えたら、好きな映画の話でもします?」

「……ぷっ。いいね、それ。分かった。アールたちにはきちんと伝えて……」

「アルジェー!!」

「あ……」


 遠くから聞こえてきたのは、この世界でできたもうひとりの友達の声。

 聞こえてきた声の方に視線を向ければ、亜麻色の髪を揺らながら、僕の外套を抱えて走ってくるアールが見えた。


「……さようなら、アール」


 いろいろと言いたいことはあるけれど、きっとこれが最後だと思ったから、紡ぐのは別れの言葉。

 白くなっていく視界の中で、僕はこの世界の友人に手を振った。




◇◆◇


「ん……」


 いつの間にか瞳を閉じていたらしく、それが開くと同時に、慣れ親しんだ匂いを感じた。

 ぼやけた視界に映る天井は木製であり、ここが馬車の中だと自覚する。


「ふわぁ……戻ってきましたか」


 感覚は夢から覚めるようだけど、記憶ははっきりとしている。

 あの世界がなんなのかは分からないけれど、確かに僕はあそこにいた。

 ラーワさん、ネクターさん、そして、アール。

 あのあたたかな家族は夢なんかではきっとなく、どこかの世界で確かに生きているのだろう。


「ふぁ……」

「アルジェさん、起きましたの?」


 ひょっこりと現れてこちらの顔を覗いてくるのは、僕の友人のクズハちゃん。狐の耳と尻尾が可愛らしい、獣人の少女だ。


「ああ……クズハちゃん。おはようございます。僕、どれくらい眠ってました?」

「三十分くらいですわ。アルジェさんにしては早いですわね」

「……思ったより短かったらしいですね」

「アルジェさん? どうかしましたの?」

「ああ、いえ。なんでもありませんよ、クズハちゃん」


 向こうの世界に滞在した期間は一月程度だったと思うのだけど、こっちでは本当に、眠りこけている程度の時間しか経過していないらしい。

 頭を振って起き上がってみれば、クズハちゃんは狐色の尻尾をふりふりと興味深げに揺らして、こちらを眺めている。


「眠った時間は短かったようですけど、なんだか楽しそうに眠ってましたわね。なにかいい夢でも見ていたんですの?」


 質問に対して、自然と口元が緩んでしまうのは、仕方のないことだろう。

 記憶の中に残る友達と、その家族のことを思い出しながら、僕はクズハちゃんに言葉を返した。


「ええ。ちょっとだけ、楽しい夢を見ていたんですよ」


 それは少し不思議で、だけどあたたかくて、ちょっぴり愉快な夢だった。



◇◆◇


「……ふぅぅ」


 境界。そう呼ばれる場所で、私は溜め息を吐いた。


「……妙なエラーが起きたものだのう」


 ここはあらゆる世界の狭間に存在する場所。

 ゆえに、様々な世界の記憶が集まる場所でもある。

 集まった記憶はそれぞれに分類を分けられて、いろいろな部署へと届けられる。


 今回はその記憶を司るシステムに、小さなエラーが生じた。

 その影響で、特異な存在である転生者二名が異なる世界の記憶に『夢』という形でリンクしてしまった。

 境界の巫女としての役割を担う私に後処理の役が回ってきたのは、それに巻き込まれた存在の片方が、私が転生させた相手だったからだ。


 最終的にはそれぞれの夢にシステムエラーの原因を固めたものを魔物のような存在として召喚し、それを転生者に倒させることによって、元の世界へと戻すという対処法を取った。

 本来なら境界に住むものが別の世界へと干渉することは禁じられているが、事態が事態なので、特例としての措置だ。もしもあのまま放っておいたら、ふたりとも記憶としての別世界に閉じ込められて、永遠に出られなくなってしまっていたのだから。


「いろいろとシステムの見直しが必要じゃのう」


 私は基本的には転生担当なので、今回の件は本来なら業務外の仕事なのだけど、神様に「よろしく~」、なんて言われてしまうと仕方ない。私は神の御使いなので、このあたりは上下社会的に逆らえないのだ。

 起きてしまったことへの対処や、今後の方針についての意見などを書類としてまとめつつ、私はもう一度深く溜め息を吐いた。

 幸いなことは、巻き込まれた転生者がどちらも違う世界の記憶を悪いものだとは思わなかったことくらいか。エラーは起きたが、不愉快にはならなかったのだから。


「……良き夢を、じゃの」


 もはや夢を見ない身の私ではあるが、いい夢を見た後の寝覚めの良さは知っている。

 本来なら交わることのないふたりの転生者のことを思いながら、私は報告書の作成に意識を向けた。

 まったく。この面倒事も、夢になればよかったんじゃがのう。

コラボ短編、とても楽しかったです。両作品のファンの方に楽しんでいただければ幸いです。

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