番外編:【ドラゴンさんコラボ企画】転生吸血鬼さんはドラゴンの夢を見る 前
今回は仲良くしていだたいている道草家守先生の「ドラゴンさんは友達がほしい」とのコラボ企画短編です。道草先生とアース・スターノベル様の許可を頂いて、今回書かせていただきました。
それでは、よろしくお願い致します。
揺れている。
その揺れは規則正しく、まるでベッドに足が生えて歩いているようだった。
揺れるたびにぽよんぽよんと身体が跳ねるので、なんとも気持ちがいい。
「ふわぁ……」
そしてどういうわけかこの寝床に転がっていると、やたらと眠い。もともとぐうたらでお昼寝好きの僕だけど、ここにいるとなんだかいつも以上に睡眠欲が湧いてくる。
おそらくはそれだけ、この寝床が良質なのだろう。確か僕は仲間たちとの旅の途中で、眠ったのはいつもの馬車の寝袋だったはずなので、クズハちゃんあたりが良いお布団でも見繕ってきてくれたのかもしれない。
「くぅ……ふふ、ぽよぽよ……すやぁ……」
「あ、あのー!」
なんとも言えない感触を楽しみながら、起きかけた意識を眠りに落とそうとしたところで、声がかかった。
トーンの高い、少女とも、少年とも言えるような声だ。
聞き覚えのない響きに目を開けると、視界が揺れによって上下していた。
トランポリンのようにふわふわと跳ねる身体。流れていく景色はどうみても馬車ではなく、森の中だった。
「……いつの間に外に?」
疑問符に応えるものはいない。ただ視線を落とすと、なにやら毒々しい色合いで、光沢のある地面が僕の身体を受け止めてはバウンドさせている。なにこれ。
理解不能なので床のことは一旦放置して声がした方へと視線を送るべく首を傾けると、少しだけ癖のある亜麻色の髪が遠くで揺れていた。
「ま、待ってー!」
わたわたといった様子で、薬草らしきものの束を抱えてこちらへと走ってくるのは、少年とも少女とも付かない見た目をした、子供だった。見た目から判断すると、年齢は僕やクズハちゃんと同じくらいに見える。
彼、彼女……まあどっちでもいいか。とにかく相手は金色の瞳でこちらを見据えて、言葉を投げかけてきた。
「あの! それは魔物で……それも毒キノコで! ベッドじゃないというか……むしろ、なんで寝られるんですか……!?」
いまいち要領をえない言葉だけど、どう見ても相手は混乱しているので、たぶん僕がやっていることは向こうから見て相当におかしいのだろう。
分かりやすくまとめると、『今あなたが眠っているのは毒キノコの魔物の上で、そんなところでどうして悠々と眠っていられるのか』という感じかな。
「なるほど、どうも気が遠くなってよく眠れると思ったら、これの胞子か何かのせいだったんですね」
「気が遠くなったらダメだよ……!?」
眠るように死ねるならそれは良いことだと思うのだけど、一応は旅の途中の身だし、初見とはいえ心配してくれている相手にそれを言うのは不健全だ。
せめて旅の目的を果たすまで死ぬわけには行かないので、僕はためらわなかった。
バウンドを利用して、軽く跳躍。空中でゆったりと眺めると、それは確かにキノコであり、魔物と言われて納得できる見た目と動きをしていた。
なにせ大きさは二メートル近く、本来のキノコでいう石づきの部分が二股で、それを足のように動かしてのっしのっしと歩いているのだ。
歩く度に傘が揺れ、撒き散らされる胞子を浴びた鳥や動物は即座に眠り、動きを止めていく。
……害意はなさそうに見えるけど、ちょっと面倒ですね。
眠りの胞子がどれくらい強力なのか、耐性である程度防いでしまっている僕にはちょっと分からない。
ただ、どう見ても迷惑っぽいし、魔物というのなら倒してしまっても問題はなさそうだ。
「『夢の睡憐』」
するりと僕自身の身体から引き抜くのは、一振りの刀。
夢を終わらせる、という怨嗟を込めて打たれた刃金の刀身は、陽光を反射して僕の顔を映した。いつも通りに眠そうな銀髪ロリ吸血鬼、アルジェント・ヴァンピールの顔を。
「面倒くさいんで、一瞬で終わらせますね」
生き物っぽい見た目をしているならまだためらいがあったのだけど、相手の姿はどう見てもキノコだ。
キノコなら昔から好きなので、何度も調理したことがある。キーマカレーを作るときなんかは、よくエリンギをみじん切りにして入れたものだ。
「よいしょっと」
そう。ちょうどこんな風に。
地面に着地した僕は、一歩目から全力で相手の懐へと接近。迷いなく刃を振るった。
速度極振りという馬鹿げたステータスは、音を置き去りにするかのような速度で僕の望みどおりに剣筋を突っ走らせる。
食べられるのかどうかはさておき、キノコの魔物は一瞬で肉片……いや、キノコ片に変わった。細かく刻んでしまえば見た目はただのキノコなので、ふつうに美味しそうだ。
湧いた疑問を解消するために、僕は背後の相手に振り返って、
「これ、食べられますか?」
「ええと……それは魔物だから、ちょっと無理かな……ほら」
困ったような笑みを浮かべつつ、相手が指をさす。
言われてから刻みキノコの方を見てみると、つい今しがた切り刻んだ欠片が、空気に解けるようにして霧散していく。
後に残るのは、水晶のような輝きを奥に宿した、小さな宝石のようなものだった。
「……確かに、これを食べると歯が欠けそうですね。随分と小さいですし」
せっかく下処理したところだけど、食べられないらしい。
あれだけ大きいと、大食らいのリシェルさんが喜ぶと思ったのだけど、残念だ。
仕方がないのでキノコのことは放置して、僕は魔力を練りはじめる。身体の内側を巡る魔力はほんの少しの時間で、魔法として扱うことができるようになった。
「はい皆さん、朝ですよー」
あとは適当な結びの言葉を唱えれば、それだけで魔法が完成する。
回復魔法レベル10。転生の恩恵として、最大の数値を与えられた癒やしの力は、容赦なく眠りの胞子の力を消し去った。
広がった魔法の波に晒された動物たちはゆっくりと起き上がり、また自然の営みの中へと戻っていく。
「い、今の、どうやったの……?」
「いえ、ふつうの回復魔法技能なんですが。ちょっとレベルが高めなだけで」
「ぎのう……れべる……?」
きょとんとした顔をされた。中性的な見た目もあって、その動作はひどく愛らしい。
ただ、今の相手の反応はちょっと僕の方にも疑問が湧くものだった。
僕が転生した異世界では、個人のやれる特殊な事柄が、『技能』という言葉で管理されている。
回復魔法や風魔法、視力強化や蝙蝠化など、そういった特別な能力は、技能と呼ばれる世界。
だというのに、目の前の相手は技能という言葉を知らないふうな反応をした。
そもそも僕は馬車の中で眠っていたはずなので、起きていきなりキノコの上で眠っているなんてことはさすがにあり得ない。
もしもまかり間違ってそんな状況になりかけたとしても、フェルノートさんやクズハちゃんが止めてくれるだろう。
「……すいません。ちょっと聞かせてもらいたいんですけど、ここってどこなのか分かりますか?」
面倒な予感がしつつも、僕は相手へと疑問を投げかけた。
相手は金の瞳をまんまるにして、言葉を返してくれる。
「ええとね、ここはシグノス平原にある、森だよ」
シグノス平原、という言葉に聞き覚えはない。一応、自分たちがいるところの名前などは毎回確認して覚えているので、聞いたことが無いということは行ったことがないところということだ。
自分の中に、あまりいいとは言えない感覚がする。試しに血の契約技能でネグセオーに接触を試みても、なんの返答もない。
歩くキノコにしても、魔物だと言うけれど、僕が昨日までいた世界では、魔物を狩ったところでこんなふうに石に変わるなんてことはなかった。
もしかすると僕は、また寝ている間に知らない世界にやってきたのかもしれない。
「ぼくはアール。君の名前は?」
「……アルジェント・ヴァンピールです。長いので、アルジェでいいですよ。よろしく、アールさん」
考えているうちに相手の方が自己紹介をしてきてくれた。
見た目からの性別が不明だったので、どちらでも大丈夫なさん付けで相手を呼ぶと、アールさんはにっこりと微笑んだ。
アールさんから漂ってくる匂いは明らかにふつうの人間のものではない。魔力の匂いが濃く、クズハちゃんと同じように、見た目以上の力を宿していると分かる。
悪い子では無いようだけど、どうしたものかな。
相手は金色の瞳をくりくりと興味深げに動かして、こちらを覗き込んできた。
「アールでいいよ。君、どこから来たの?」
「さあ……僕もそのあたりの記憶がないものですから」
「記憶が……? ええと、それならね、うちに来ると良いよ。かあさまととうさまが、きっとなんとかしてくれるから」
迷いなく差し出される手は、アールがいい人であるという何よりの証拠だ。
土地勘もないし、案内してくれるというのならそうしてもらおう。
当面の方針を決めて、僕は相手の手を握った。
◇◆◇
「うーん……それは大変、いや、大変なのかな……?」
「ぼく、ちょっとびっくりして二回見ちゃった……」
「いや、それは私も、アールと同じ状況に遭遇したらたぶん二度見すると思うよ……」
困り顔で頭を捻るふたりの仕草は、よく似ていた。
金色の双眸は親子ともに同じだけど、瞳以上に動きがそっくりで、それがふたりが親子であるというなによりの証だった。
子供と同じ表情でこちらを見るのは、夜闇のような艶やかな黒髪に、差し色のように一房の真紅を持つ女性。
すらりとした見目は若々しくとても子持ちとは思えないけれど、血の匂いから感じられる魔力は人外のそれだ。おそらくは、人間ではないなにかだろう。
「歩眠茸はそれほど強いわけじゃないけど、だからって直接その上で眠るって相当……ええと、うん。あれだね。すごいと思うよ」
「ありがとうございます。気持ちよかったですよ」
「そ、そっか……えーと、アルジェントちゃん」
「アルジェでいいですよ、人妻人外さん」
あ、凄い顔された。
「……これは、私がふつうの人間じゃないことを見抜いたことに驚けばいいのか、その呼び方にツッコミを入れた方がいいのか……」
「詳細は分からないんですが、匂いでなんとなく、人ではないなと。あ、人外人妻さんの方が良かったですか? 語呂はいいと思いますけど」
「そういう問題じゃなくてね!? ええと、私の名前はラーワっていうから、できればそう呼んでくれるかい?」
「分かりました、ラーワさん」
名前を教えてくれるなら、あだ名で呼ばなくていいだろう。せっかく出来がいいやつを思いついたので、ちょっと残念だけど。
ラーワさんはこほんと咳払いをひとつ。それから、こちらを覗き込むようにして腰を落としてきた。
視線を合わせてくれるのは、こちらに気を遣ってのことだろう。向けられる笑みは優しい。やはり人妻子持ちだけあって、子供の相手に慣れているのだろうな。
「それで、君はどこから来たのかな?」
「どこから……うーん」
困ったな。どう説明したものか。
ここまでの景色は明らかに知らないもので、机の上に置いてある買い物メモらしきものに書いてある言葉も、見たことがないものだ。
なにより、この空気は嗅いだことがない。大気の質が、明らかに僕が知っている異世界と違う。
つまり、不用意に「異世界から来たっぽいです」なんて言ってしまうと、変に目立つかもしれないということだ。
「ちょっと分からないですね。覚えがないです」
「かあさま、この子、記憶がないみたいなの」
「うーん、そうかぁ……見たところ耳が長いし、魔力も蓄えているから魔族っぽいけど……リグリラなら、なにか分かるかな?」
「一応、自分が吸血鬼、というのは覚えてるんですが」
「吸血鬼……そういえば、血を好む一部の魔族がそう呼ばれていたなぁ。それなら絞りやすいかもしれないね」
……やっぱり、僕がいたどっちの世界とも違うっぽいですね。
魔族という言葉は僕には聞き覚えがないものだ。そして吸血鬼という言葉も、相手にとって思い出さなければならない程度には聞き慣れないものらしい。
面倒なことになったと思っていると、くいくいと手を引かれた。思考を切って視線を投げると、アールは無邪気な笑みで、
「それじゃあ、しばらくはうちにいるんだね! とうさまにも紹介しなきゃ!」
「はあ、ええと」
どう返答したものかと思い、ラーワさんを見ると、にっこりとした顔で頷いていた。どうやらその辺りの流れはもう、確定しているらしい。
気のいい人たちだと思ったところで、奥のドアが開いた。
ひょっこりと顔を出すのは、青年と言っても差し支えないような、若い男性。その髪色と顔立ちは、アールとそっくりだ。
両親ともに随分と若い見た目をしているけれど、たぶん彼がアールの言う「とうさま」だ。随分と薬臭いけれど、たぶんそれは体臭でなく、なにかの作業で付いた臭いだろう。
相手と目があったので、僕はぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。アルジェント・ヴァンピールといいます」
「ネクターです。アールの新しいお友達ですか?」
「ええと……」
「うん! そうだよ!」
言葉に詰まったところで、横からの肯定が来た。
……元気な子ですね。
クズハちゃんと同じように、こちらのことを友人だと呼ぶことに躊躇いがない。
さっき出会ったばかりで、素性もよく分かっていない相手なのに、こちらへと優しい笑みを向けてくる。その天真爛漫さは、なんとなくクズハちゃんを思い出す。もしもふたりが揃うと、仲良くなれるかもしれない。
そしてその言葉に対して、ネクターさんは微笑んで頷いて、アールの頭を撫でていた。どうやら、いい家族のようだ。
「どこで知り合ったんですか?」
「ええとね、シグノスの森で、歩眠茸の上で寝てた」
「……はい?」
「……歩眠茸の上で寝てた」
やはり、そうやって再確認されてしまう程度には僕のやっていたことは規格外だったらしい。
ネクターさんは再度のアールの言葉を聞いて、暫し、考えるような素振りを見せた。
次に僕へと視線を向けてきたネクターさんは、まるでこちらを落ち着かせるかのように爽やかな笑みで、
「すいません、アルジェントさん」
「アルジェでいいですよ?」
「そうですか。それではアルジェさん。それでは失礼ですが、ちょっと服を脱いでもらえますか」
「本当に失礼だよネクター!!」
悲鳴のようなラーワさんの声が響くと同時に、ネクターさんが目の前から消えた。
正確には消えたわけではなく、もの凄い速度で首根っこを引っ掴まれて、部屋の隅へと連れていかれただけだ。僕でなければ見逃していたであろうほどの超スピードだった。
ラーワさんはネクターさんを部屋の隅へと引きずって、むん、という感じで腕組みしてから、
「ネクター。ちょっとそこに正座」
「落ち着いてください、ラーワ」
「正座」
「はい」
二度目の言葉で、ネクターさんは部屋の隅で膝をたたんでぴっしりと座った。聞き分けのいい旦那さんだ。
ラーワさんの方は自身のこめかみをぐりぐりと押さえながら、
「いいかい、ネクター。私だって君と夫婦になってから長い。君がなにを考えているのかはちゃんと分かってる。浮気とか、そういうことだとはこれっぽっちも思ってないから、そこは安心してほしい」
「もちろんです。私が愛している女性は、ラーワ一人ですよ」
あ、ラーワさんが固まった。
おそらくは本来なら人前で言いづらいことを堂々と言われて、思考停止したのだろう。
ラーワさんは耳までを一瞬で染めて、そのあとすぐに頭を振ると、顔色を戻した。結構器用だな、あの人。
「そ、それは分かっているし、私だってもちろんなんだけどね!? ネクター、それはそれとして、今のはちょっと説教したいかな?」
「ラーワ。聞いてください。歩眠茸は直接的に人を襲ったり食べたりはしませんが、胞子には強力な睡眠効果があり、吸い込みすぎると命に関わることもありますし、重篤な睡眠障害を引き起こす場合もあります。長時間接触していたというのなら、きちんと診る必要があると思うのです」
「……うん、それで?」
「長時間接触していたにも関わらずなんの問題もない場合、それはそれでとても貴重なので、是非データを取らせてもらえればと」
「ちょっと安心した私が馬鹿だった! いいかいネクター、たしかに彼女は特異体質の可能性もあるけれど、だからってすぐに研究対象にするのは良くないし、そもそも女の子にいきなり『服を脱げ』って、どれだけ自分が変な事言ってるか分かってないだろう!?」
「……ご両親はいつもあんな感じなんですか?」
「うん。かあさまととうさまはね、すっごく仲良しなんだよ!」
やいのやいのと騒がしい夫婦を見て、子供の方が屈託なく笑っているあたり、本当にいつものことなのだろう。
話の流れからすると、ネクターさんのお仕事は薬師とか、お医者さんだろうか。だとすると、不用意に僕の回復魔法をばら撒くのもまずいのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら、僕はごろりと床に寝転がった。
「え、あ、アルジェ?」
「焦っても仕方ないので、ちょっと寝ますね。それじゃ、おやすみなさい」
「ま、待って!? 寝るならちゃんとベッドの用意するよ!?」
引き止める声が聞こえるけれど、お昼寝が途中だったこともあって眠いので、無視して眠ることにした。
騒がしいけれど、愉快で、あたたかな匂いのする家だ。さぞ、お昼寝のし心地はいいことだろう。
道草先生のドラゴンさんは友達がほしいはこちら(https://ncode.syosetu.com/n5103cj/)。いい作品ですので、こちらもぜひ。
続きはまた明日投稿いたします。
 




