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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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私の大切な友達

「アルジェさん……!!」


 飛び立ったアルジェさんが、空飛ぶ鉄の塊から落とされてきたなにかを抱えて海の方へと飛んでいく。

 今まで見たことがないほどに真剣な表情で、アルジェさんは私たちから離れていった。

 銀色の髪も、ローブの端も、みるみるうちに遠ざかって、そして――


「――っ!!」


 遥か遠くの空に、真っ白な閃光が走った。

 それはまるで、太陽が落ちてきたような輝き。

 光を追うようにして、強烈な衝撃と爆音が私の耳を砕く。


「――――!!!」


 大切な友達の名前を呼ぶ己の声さえも、聞こえない。

 光が収まったとき、そこにあるのは雲一つない空と、戦火の残滓だけだった。

 まるでそこには始めから彼女はいなかったと、そう嘲笑うかのような光景。

 復活した聴覚に響くのは、ただ火の粉を含んだ風の音だけ。


「ウソ、でしょう……?」

「あ、ああっ……あああ……アルジェ様っ……領民の、みんなもっ……」


 フェルノートさんが呆然とした声を出す。リシェルさんが泣き崩れる。

 ぐらりと、足元が揺らぐような感覚がする。

 あれがなんなのかは分からない。あの爆発は、なんらかの魔法によるものなのだろうか。それとも、魔具(アーティファクト)

 どうでもいい。なんだっていい。ただ分かっていることは、あの光に飲み込まれて、アルジェさんは消えてしまった。


「アルジェさん、死――」

「――そんなことはありませんわっ!!!」


 イザベラさんの口からこぼれかけた言葉を、私はかき消した。

 もちろん、今の言葉にはなんの根拠もない。

 生きているのか死んでいるのか、そもそも無事なのかすら、私には分からない。

 けれど、彼は違う。彼ならばきっと理解している。だって彼は、私たちの誰よりもアルジェさんと深く繋がっているから。


 そしてこの足音は、きっと彼はアルジェさんが生きていると知っているからだ。


「ネグセオーさんっ……!」

「ブルルッ……!」


 アルジェさんのように言葉が通じなくても、きっと私と彼の気持ちは同じだ。

 焼けた野原を駆け抜けてやってきた黒い馬体に、私は迷うことなく飛び乗って、手綱を握った。


「アルジェさんのところへ……!」

「クズハ……!?」

「ごめんなさい、フェルノートさん! 待っていられないんですのっ!!」


 きっとムツキさんのところにいけば、船くらいは借りられるだろう。

 そうして全員で、ネグセオーさんに案内して貰ってアルジェさんのところへ行くという方法もある。

 だけど、この領地の復興の手はずや、船の準備にどれほどの時間がかかるのか。それを待ちたいとは思えない。

 だってアルジェさんはどこかで傷付いているかもしれない。

 あるいはあの爆発でどこか知らないところに飛ばされているのかもしれない。


「もうっ……間に合わないのはごめんですの……! お願いしますわ、ネグセオーさんっ!!」

「ブオオオオ!」


 手綱を強く引けば、ネグセオーさんは明確に速度を上げていく。

 ネグセオーさんは、血の契約という技能によって、アルジェさんと魂と魂で繋がっている。その繋がりは、離れていてもお互いの状態を理解できるほどに強固だ。

 だから彼の鼻先はきっと、アルジェさんのいる方向。つまりは、アルジェさんは少なくとも死んではいないということだ。

 だったらそれでいい。流れる景色は高速で、たしかに友人へと近付いていると教えてくれるのだから、怖くない。


 森を越え、丘を過ぎ、草原を遠ざけて、目の前は崖へ。

 その先にあるのは、水平線だ。


「構うものですか……! ネグセオーさん! 行ってくださいですの!!」


 私の言葉に、確かにネグセオーさんは従ってくれた。

 止まること無く加速して、彼は崖を飛んだ。

 もちろん、向こう岸にはほど遠い。はるか水平線の先へ、ひと飛びで行くなんてことはネグセオーさんがいくら馬として優れていても不可能だ。

 私にもネグセオーさんにも、羽根はない。アルジェさんのように飛んでいくなんてことはできない。

 私ができるのは、もっと単純なものだ。


「その歩みを妨げるものを、退けなさい! 不転の風!!」


 紡いだ言葉は魔法となり、確かに力を発揮する。

 ほんの少しだけ、風の力で水に沈むのを妨げる。ただそれだけ。

 しかしそれは、ネグセオーさんの速さによって、ひとつの結果を生み出す。

 海に沈んでしまう前に、次の歩を踏む。結果として、私たちが溺れることはない。

 かなり乱暴な走破方法で、お互いに体力と魔力を激しく消耗するけれど、これならば船の数倍の速さで海を渡ることができる。

 今はまだお互いに余裕があるけれど、海を渡りきることができるだろうか。


 ……そんなことを考えている暇は、ありませんわ!


 渡りきれるかどうかなんて、考えるまでもない。

 今向かっている方向に友達がいるのなら、渡るのだ。

 決意を固めて、私は体勢を低くする。その方が、風の抵抗が弱くなるからだ。身を低くして疾走するのは、獣の基本姿勢と言える。

 一秒でも早く、大切な友達の元へと駆けつける。その為に、私はできることをする。


「もう二度と……手遅れなんて、嫌ですもの……!」


 手綱をしっかりと握り、私はネグセオーさんにより深く身を沈め、全力で魔力を回すことに集中した。

 大切なことを気付かせてくれた、かけがえのない友達のために。

 私に今できる、すべてのことをする。

 今度こそ、大切なものを取りこぼさないために。

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