リスタート
意識が戻ったときにまず感じたのは、独特の浮遊感だった。
はじめに転生したときのように、柔らかな目覚めではなく、起きてからいきなりの浮遊感。
そしてそれはただの錯覚ではなく、明確なものだった。どうやら僕は、文字通り放り出されてしまったらしい。
浮遊した身体はやがて重力に捕まる。
地面への落下と、乱暴な着地へと移行した。
「……ふみゃん!?」
どん、と硬いものにぶつかった衝撃が、強くお尻を打つ。思わず可愛らしい声をあげてしまった。
前回は眠りから覚めるように自然と目が開いたのだけど、転生ではなく移動という方式だったせいか、荒っぽく放り出されてしまったらしい。
「あうう、いたた……ロリジジイ、じゃない。神子さん、ちょっとこれ乱暴すぎませんか……」
元の世界に戻ったのだから、もう側にはいないと分かっていても愚痴らずにはいられない。
ぶちぶちと文句を言いながら打ち付けたお尻をさすりつつ、手指で地面に触れてみれば、固くて冷たい感触があった。
「……木の、テーブル?」
思った以上にすべすべとしたものを感じて視線を落としてみると、確かにそれは木製のテーブル。それもどうやらかなり上物らしく、表面はつやつやと輝いていた。
周囲を見渡してみれば、調度品は豪華で、天井は高い。
てっきり元の場所、つまりは爆心地である海上の上空に戻るのか、或いは転生したときのスタート地点であるアンタレスの廃墟に戻るのかと思っていたけれど、これはどちらとも違う。
ここは海の上ではない。そしてあの廃墟にはこんなふうに豪華で、それもしょっちゅう手入れがなされていると思えるような場所はなかった。あったらそこで昼寝している。
「うーん……?」
痛むお尻のことを忘れて、僕はこの場所のことを思案する。
調度品があまりにも豪華なので、一瞬リシェルさんのお屋敷かとも思ったけれど、これはちょっとリシェルさんの趣味とは違う気がする。
彼女はお嬢様で、確かに領主という立場ではあるけれど、ここまで成金趣味ではない。少なくとも、部屋に金ピカの壺を飾る趣味はないと思う。
「……これって、もしかして」
整ってはいるし、豪華なのだけど、どこかちょっとセンスのなさが見える部屋。
チグハグなのだけど、なんとなく嫌いにはなれない雰囲気だ。
なにより、嗅覚に触れる匂いには覚えがある。
優しい潮の香りは、この場所が海に近いことを示していて。
思い出すのは、あたたかな街の人たちの笑顔。同居人の笑い声。そして、変人だけど優しい領主。
そう。ここはある意味では僕の旅路の、始まりとなった場所。
「アルレシャ……?」
港町アルレシャ。
間違いない。ここは僕が、はじめて腰を落ち着けた町だ。
だとすれば、この場所は――
「――アルジェント!?」
「あらぁ、アルジェ様〜。どうしてこんなところにぃ~?」
「……びっくり」
「あ、やっぱりキノ……サマカーさん。と、メイドさんと護衛さん」
「……今、なにか人の呼び方を間違えかけなかったか?」
「気のせいです。すごく気のせいです」
ついついキノコと呼びそうになったけど、だって髪型がキノコっぽいのだから仕方がない。
相も変わらず派手な衣装は、本人としてはものすごく決まっているのだけど、やっぱり微妙だ。
そしてその事実が、間違いなく目の前の人がアルレシャの領主、サマカーさんであると確信させる。
どうやら僕は、魔大陸でも産まれたところでもなく、港町アルレシャへと戻されてしまったらしい。それもどういうわけか、領主であるサマカーさんのお屋敷へ。
「ちなみに私の名前はエルデラですよ~」
「……ユズリハ」
「あ、はい。どうも」
それぞれに挨拶をされたので、ぺこりと頭を下げる。
ニコニコ笑顔でピンク髪のメイドさんはエルデラさんで、仏頂面の護衛さんはユズリハさんと言うらしい。
「む、むむ……ま、まあとにかく、いつまでもそんなところに座るのはよせ」
「あ、はい。どうも」
サマカーさんは困惑した顔をしつつも、僕に手を差し伸べてくる。差し出された手を素直に握ると、優しく引っ張られ、テーブルから降ろされた。
……相変わらず、紳士的ですね。
見た目やテンションはともかくとして、サマカーさんは基本的には女性に優しくて、紳士的だ。
今も僕の身体を上から下まで眺めているのは、どこか乱れていたり、怪我がないか確認するためだろう。ひと通り満足したのか、彼は僕の手を握ったまま溜め息をついて、
「相変わらず美しい……どうだろうアルジェント。やはり私の妻に」
「すいませんお断りします」
「……そうか」
露骨に残念そうな顔をされた。懲りないなあ、この人。
「サマカー様、この非常時に相変わらずですねぇ~」
「さすがエロ領主。キノコ」
「君たち相変わらず手厳しいな……う、うむ。確かに、今聞きたいのはそんなことではない。アルジェント、なぜ今、君がここに……?」
「いえ、ちょっといろいろありまして……」
「気配がなかったということは、転移魔法でも使ったか、それとも使われたか……どちらにせよ、今アルレシャは――」
――言葉を最後まで紡ぐ前に、 地面が揺れた。
「ひゃっ……」
「むっ」
「おおっとぉ〜」
「揺れた」
ずん、という揺れは足元からではなく、遠くでなにか大きな衝撃が起きたためにできたものだ。
そんな揺れを一度ではなく、三度ほど繰り替えし、天井から土の粉がぱらぱらと落ちてくる。
サマカーさんは自分の外套を僕に被せて、土埃から守ってくれた。揺れが収まるのを確認してから、彼は僕に向けて言葉を作る。
「……この通り、緊急時でな。できれば静かに外に出してやりたいのだが、そういうわけにもいかない」
「……また、なにか魔物でも攻めてきたんですか?」
サマカーさんの言葉で、僕は過去のことを思い出していた。
僕がこの町を離れることになった原因は、海から巨大な魔物が襲撃したせいだった。
あれはかなり巨大なイカの侵攻だったけれど、今回もそれだろうか。
「いや、今回はまた別でな……具体的に言うと海賊だ」
「海賊……そんなものもいるんですか?」
「ああ。ある意味では、魔物なぞよりよほど厄介だ。熟練の海賊は、そのあたりの軍隊より統制が取れているからな……」
「そういうものですか……っと」
再び、衝撃と揺れが響く。
相手が海賊ということは、これは砲撃かなにかだろうか。この世界の文明レベルを考えると、武装船なら大砲くらい積んでいてもおかしくない。或いは、なんらかの魔法による被害か。
「……これじゃ落ち着いて話もできませんね」
いろいろと伝えたいこともあるのに、これでは話が進まない。
なにより、一度は守ることを手伝ったことがある町だ。想い出もたくさんある。少なくとも、目を閉じるだけでたくさんのことを思い出せる程度には。
「待て、アルジェント、今は……!」
「後で話したいことがあるので、早めに片付ける手伝いをします」
クズハちゃんたちのことは気になるけれど、今はそれは後にしよう。きっとあれだけ離れて爆発したのなら、無事でいるはず。
分からないことは無数にあって、きっとそれに玖音の家が関わっているのなら、知らなくてはいけないと思うけれど。
今は目の前にある問題を片付けて、落ち着くところからだ。
「はあ、面倒くさ……」
ああ、本当に。
早くなにもかもを終わらせて、すっきりとした気持ちでお昼寝がしたい。




