その記憶は久遠にありて
「……吸血鬼はいつも通りにせよ。もう片方は腕だけちぎって持っていくぞ」
「了解だよ……!」
「今度こそ、頭をブチ割ってやらあ……!!」
シバさんが刀を振り、指示を飛ばす。恐らくは彼がリーダーなのだろう。
言葉ひとつで即座に残りのふたりが動くのは、たったそれだけのやり取りで戦術が組み上がっている証拠だ。
……やっぱり、テリアちゃんたちと同じですか。
一心同体のようなチームワークと、弱点を補うかのような武器構成に、聞き覚えのある名前。
ここまで共通点があって、無関係ということはないだろう。
けれど、今はそれを深く追求したり、考えている暇はない。また隙を晒すのはごめんだ。
挨拶のように飛んできた矢を、軽く刃を払うことで無効にする。恐らくは技能か魔法での補正があるのだろうけど、それでも集中していれば対処できない速度ではない。
「そおらぁ……!!」
「っ……!」
同じ武器種だからだろうか。シバさんの方が僕へと攻撃を突っ走らせてきた。
意識をそらしさえしなければ、太刀筋は充分に見えている。回避の角度を調整し、薄皮一枚だけを斬らせる。
ギリギリでの回避を、意図的に行う。ちくりとした感覚が手の甲に走り、淡く血液が滲む。それでいい。
「ブラッドアームズ、鎖」
かつて、テリア盗賊団と戦ったときにも使った手段。
相手に傷をつけさせて、そこから滲んだ血液を武器へと生成する。
流れ出た血液は僕の言葉通りのものへと変化する。じゃらりという硬質な音を立てて、手の甲から生えるようにして紅の鎖が生み出された。
「ちっ……これだから吸血鬼の相手は面倒なのだ! スピッツ!」
「はいはい。人使いが荒いねえ」
舌打ちをしながら、相手は鎖を迎撃しつつ下がる。
それを助けるかのように、弓矢が飛来する。
さっきはこのタイミングで、アキタさんが突撃をかけてきたけれど、今回は違う。
「大物の相手は私がします」
近くで聞こえてきたイザベラさんの言葉を素直に信じて、僕はアキタさんのことを意識から外す。
戦闘音が響くのは、イザベラさんとアキタさんが戦っている音だけではない。きっと、フェルノートさんやリシェルさん、クズハちゃんたちも、領地を守るために戦っているのだろう。
なによりもダークエルフの民が、自分の土地を守るために、戦っているはずだ。
イザベラさんが片方の相手をしてくれることで、僕はもう片方の相手に集中できる。スピッツさんも二人分の支援に回らなければいけないので、飛んでくる矢は連続しない。
これならば、速度で充分にいなすことができる。
そしてそれは、相手にも分かっているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔を隠すことなく、シバさんが毒を吐く。
「面倒になったな……!!」
再度の踏み込みが、やってくる。
相手の動きは早く、連続で攻撃するを主体とした動き。一撃一撃は軽いものの、流れるようにして止まらない。
だけど、速度重視の戦いなら僕の領分だ。この身体に転生するときに指定したステータスは、『速度極振り』。
追えない速度でもなければ、ついていけない密度でもない。むしろイザベラさんという助太刀がいる今、余裕さえ生まれている。
……やっぱり、急所を外しますか!
相手が狙ってくる位置は、そのどれもが致命の位置ではない。だからこそ、予測も立てやすい。
振るわれてくる刃を弾くだけでなく、こちらからも刃を振るう。
もちろん相手の生命を奪うようなものではない。殺生をする気はないし、なによりも、この相手には聞かなくてはいけないことがたくさんある。
お互いが同じように、急所から逃げるような動き。剣戟の音が連続して、戦闘を奏でる。
攻撃のやり取りが連続する中で、火花の音の隙間から、相手の声が届いた。
「いつもの通りの三人ならともかく、この状況で吸血鬼の相手はこたえるなぁ……!」
「随分と、吸血鬼のことに詳しいようですが」
「そりゃあそうさな。俺たちの仕事は、この間まで吸血鬼を相手にすることだったからな」
今までの会話と、明らかな急所攻撃へのズレから、僕はひとつの可能性を考えていた。
狩りという言葉。父上殿が喜ぶという会話。そしてなにより、住人を燻り出すかのような、放火という強襲方法。
彼らの目的は、生け捕りだ。
「吸血鬼に、ダークエルフ……そんなものを捕まえて、どうしようと言うんですか……!?」
「知らん。そんなもの、親父殿が持ってこいと言うから持っていくだけだ」
問いかけに対してノータイムで答えが返ってくるのは、それだけ相手が本気だからだろう。
つまり彼らにとっては、本当にそれだけなのだろう。理由なんてどうでもよくて、生かして連れてこいと、そう言われたからそうするだけで。
それを理解した瞬間、ぞわりとしたものが背中を駆け抜けた。
テリアちゃんたちと似ていると思ったし、実際に無関係ではないだろう。
だけど、テリア盗賊団と目の前の三人組は、決定的に違うところがひとつある。
テリアちゃんたちは、ぶっきらぼうで、バカっぽいけれど、自分の意志をしっかり持っていた。
彼らからはそれが感じられない。忠犬といえば聞こえは良いけれど、その瞳には生きている意思が感じられない。どこか空虚で、淡々としているのだ。
それはまるで、玖音の家にいたころの自分を見るようで。
「っ……やらせません!」
どうしてだろうか。
僕と同じものを見ているはずなのに、なぜか心がざわつく。
まるで、見たくないものを見ているような気がしてしまう。
心の奥から溢れてくる不理解を振り払うようにして、僕は刃を突っ走らせた。




