あついこころはなんのため
「アルジェ様、おはようございます!」
「……ええと、おはようございます。ロロさん」
いつもと違う目覚めに少しだけ驚きつつも、僕は自分を起こしに来た相手に、挨拶を返した。
基本的に朝は誰かに起こされるまで眠っている僕だけど、それはだいたいフェルノートさんかクズハちゃんがしてくれるので、ロロさんが起こしに来てくれる、というのは少しばかり予想外の出来事だった。
ロロさんは挨拶が返ってきたことを確認するように頷いて、部屋のカーテンを開ける。そのまま窓も開けると、朝の心地いい空気が室内を混ぜた。
ダークエルフ特有の浅黒い耳をぴこぴこと動かして、ロロさんはこちらに向けて、太陽のように鮮やかな笑みを作り、
「本日は快晴ですよ! ロロのお仕事日和ともいいます!」
「はあ、そのようですね」
明るい調子のロロさんに適当に返事をしつつ、僕はハンモックから降りる。
冷たい木肌の感触はひんやりしていて、素足に気持ちがいい。まだ残る眠気を感じてぼうっとしていると、眠気を払うようにして、元気のいい声が飛んできた。
「こんな日はお洗濯に限ります! さあ、アルジェ様! 観念して、ロロに服を差し出すのです! ロロは知っていますよ! アルジェ様はここに来てからずっと、同じ服を着ていらっしゃることを!!」
びしぃ。そんな効果音が聞こえそうなほどに、ロロさんは力強く僕のことを指差してくる。
僕とそう背が変わらないこともあって、決めポーズを作るロロさんの見た目はまるっきり子供だ。メイド服が仕事着というよりも、なにかのお遊戯、あるいは学芸会の出し物のように見えてしまう。
ただ、彼女の種族はダークエルフなので、恐らくは見た目以上の年齢だろう。それもあって、ちゃんではなく、さんを付けて呼んでいる。
「ええと……ロロさん、僕は別に服を着替えなくても良くてですね」
「良いわけありません! 毎日同じ服を着ていたらもう間違いなく不潔になります! 今まで気づきませんでしたが、気付いたからにはきちんとお世話をさせていただかないと!!」
「気付いてなかったんですか……」
「思いついたら吉日です! 共和国のコトワザですよ!!」
間違ってはいないのだけど、正直な人だった。素直な人とも言う。
既にロロさんは寝るときに脱いで床に置きっぱなしだったローブを確保していて、今度は僕のインナーを奪おうとにじり寄ってきている。
右に左にとかわしながら、僕は追加で言葉を作った。
「いえ、本当に大丈夫ですから。綺麗にできますし」
「汚れないように気をつけていても、身体の垢や汗は服に染み込むんですよー!」
「や、だから……ああもう、面倒くさいなあ……綺麗になぁれっと」
言葉で通じないなら、直接見せればいいか。
そう考えて、僕は魔法を使うことにした。
魔力を伴った風が吹き、ロロさんのスカートの端をふわりと揺らす。
「っ……!?」
ロロさんは金色の瞳を明らかに驚きに歪めて、僕から離れた。
「い、今のは……高位回復魔法……!?」
「ああ、はい。一応。なので、洗濯をする必要はあまりないんです」
肉体や身につけているものの細かな汚れすらも、穢れとして払い落としてしまう高レベル回復魔法。
最近はこれが無詠唱でできることがどれだけ異常か分かっているので、それをあえて、目の前で使った。
「アルジェ様は凄い方だとお嬢様から聞かされていましたし、実際に高いレベルの翻訳技能を持っていらっしゃるとは思っていましたが……まさかここまでの魔法使い様だとは……ロロは、ロロは感服しました……!」
「ええと、それはどうも」
「ですが……ですがこれではロロは誰の服を洗濯すればいいんですか……!?」
「いえ、そこは仕事が減ったことを喜ぶところでは……?」
「なにを言っているんですか! メイドとは、ご主人様のために尽くすもの……そしてご主人様のお客様にも、可能な限り尽くすもの! つまり、仕事があるのがメイドの証! 仕事がなくなったメイドは、イチゴがなくなったケーキのようなものなんですよ!!!」
「え、ええと」
仕事をなくせば喜ぶとまではいかなくても、こちらの服を脱がすのは諦めてくれると思っていたのだけど、それはそれでなにか面倒な地雷を踏んでしまったらしい。
ロロさんはまくし立てるようにして言葉を重ね、眉を立てながらこちらに詰め寄ってきた。
「とにかく、メイドとして今日はアルジェ様に従うように言われているので、ロロはお仕事を貰うまでアルジェ様のお側を離れませんからね!」
「それは、リシェルさんからの命令ですか?」
「はい。本日はお嬢様も、クズハ様も、フェルノート様も、領のお仕事をしてくださっているので、ロロはアルジェ様のお世話をするように仰せつかっております!」
なるほど、これは面倒くさいはずだ。
思い出すのは、まだこの世界にいなかった頃。玖音 銀士として、ここではない世界に生きていた頃のこと。
僕のお世話係として側にいた流子ちゃんもこんな感じだったというか、どうにかして僕のお世話を焼こうとしていたような気がする。
仕事に熱心なタイプの従者。つまりはいい労働者なのだけど、こういうタイプはこちらに用事がなくてもなにかしらの仕事を探そうとするというか、働いていないと落ち着かないという感じなので、ちょっと面倒なときがある。
「ええと……ロロさん。それなら朝ご飯を作ってきてくれたりとか」
「既にご用意しております」
「……お部屋の掃除とか」
「毎日の日課として、朝昼晩、お屋敷中を掃除しています」
「……僕以外の人のお洗濯とか」
「もちろん、それも終わらせております」
なにこの子、凄い有能。
やっぱり見た目は子供にしか見えないけど、メイドとしてはかなり有能らしい。
見たところ、このお屋敷で働いてる従者はロロさんだけ。つまりひとりでこの館の雑事を切り盛りしていると考えると、相当なものだ。
「さあアルジェ様! ロロはいつでも準備オッケーです! 望みとあらば靴とか舐めます!」
「いえ、靴は舐めなくていいんですが」
「じゃあ一体ロロは誰の靴を舐めればいいんですか……!?」
「舐めたいんですか……?」
そういえばフェルノートさんともそんな感じのやり取りをしていたけど、ロロさんのそれは持ちネタかなにかなのだろうか。
「あー……じゃあ、とりあえず、ご飯を貰っていいですか? その間に、なにかこう、頼み事を考えておくので」
「はい! それでは食卓に案内致しますね!」
長耳を犬の尻尾のように嬉しそうに振って、ロロさんは僕を促してくる。
なにもしなくていい、というのは気楽だけど、これはこれで気を使いそうな感じだ。
ただ、向けられる笑みは嫌味がなく、手を引かれることに不快を感じない自分がいるのも本当のことだった。
活動報告にコミカライズや単行本とかの件をちょろちょろっと書いておきましたので、興味がある方はご確認ください。




