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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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捧げられるもの


「魔力に富んだダークエルフの血は、吸血鬼であるアルジェ様にとって、とても魅力的だと思うのですが……いかがでしょうか?」

「っ……え、ええと」


 急な展開に面食らってしまったしまったけど、正直なところ魅力的な提案だった。

 吸血鬼が血を吸う理由は、相手の魔力を求めているから。そのため、魔力の質によって、血の味は個人個人で異なる。

 リシェルさんの言うように、豊富な魔力を持つダークエルフ種族である彼女の血は、きっと美味しいことだろう。自然と唾液が溢れて、飲み込んでしまう。

 リシェルさんの方は、僕が言葉につまったのが否定という意味だと思ったのか、眉尻を下げて、


「ダメ、でしょうか?」

「ダメというか……その、お誘いとしては嬉しいですけど、ええと……」

「吸血鬼の吸血がどのようなものかは、わたくしも存じております。そして、アルジェ様がフェルノート様に血液を頂いていることも、です」

「……それは」


 シリル大金庫を出て以来、フェルノートさんは僕に毎日、アルレシャで暮らしていた頃と同じように、血液を与えてくれている。

 ただ、今日は朝からリシェルさんの手伝いに出ていたので、まだ血液を貰っていない。欲しくないといえば嘘になってしまう。

 僕は吸血鬼の中で言えば吸血に対する衝動や欲求は薄い方だけど、それでも定期的に飲まなくてはいけないし、こうして首を差し出されれば明確な欲求が湧いてくる。


 ダークエルフ特有の浅黒い色をした、ほっそりとした首。

 あの柔らかそうな肌に牙を埋めて血を吸ったら、どれくらい気持ちいいのだろう。どんな味がするのだろう。

 むず痒さにも似たうずきが牙に宿るのを感じながら、僕は一歩を離れた。

 そうするとリシェルさんはずい、と近づいてきて、お互いの距離は再び近づいてしまう。

 何度か繰り返しているうちに、背中に樹木の硬い感触が触れた。


「あ……」

「アルジェ様……私ではダメでしょうか?」

「いえ、その、ダメというか……」


 直接噛み付いて血を吸う、という行為には、少しだけ忌避感がある。

 共和国で出会った吸血姫(めんどくさいひと)いわく、吸血鬼が直接牙を突き立てて吸血を行う場合、その吸血鬼が最も求めているものを、相手に与えてしまうらしい。

 つまりそれは、場合によっては相手の心を塗り替えてしまうかもしれないということ。


 もちろん、リシェルさんのことは嫌いではない。

 嫌いではないけれど、僕が噛み付いてしまったことで、リシェルさんの気持ちにどんな変化が起きてしまうのかが分からない。


「……噛み付いた結果、わたくしがどうなるかを心配してくださっているのですね?」

「……はい」


 リシェルさんは恐らく、僕以上に吸血鬼のことを知っている。吸血鬼の生まれ方や、生まれたときの姿形について教えてくれたのは彼女なのだから、当然だろう。

 隠す意味が無いと感じた僕は、相手の質問に素直に頷いた。

 リシェルさんは僕の肯定に対して、にっこりと微笑んだ。そっと、こちらの頬を包み込むようにして手が伸びてくる。

 触れる指はあたたかくて、確かな体温を伝えてくれた。


「……リシェル、さん?」

「ご心配には及びません。そうして他人のことを心配するアルジェ様が、誰かの血を吸ったとして……きっと、悪いことにはなりませんでしょう」

「……そう、でしょうか」


 今こうして、胸を締め付けるような不安感が、誰かを心配するということなのだろうか。

 分からない。今まで誰かの心配なんてしたことがない僕には、その感覚は分からない。

 それでも、この気持ちが誰かを案じているということなら。


 ……どれくらい不安だったのでしょうか。


 思い出すのは、ずっと昔。確かに僕のことを不安そうな顔で見てきていた、いくつかの顔。

 流子ちゃんや、青葉さん。あの人たちは確かに、僕のことを心配してくれていた。


「……アルジェ様?」

「あ……い、いえ。なんでもありません」


 いけない。古いことを思い出してしまっていた。今は、リシェルさんの話だ。

 リシェルさんは握ったままの僕の手を、自分の首に添えた。少しだけ汗ばんでいて、しっとりとした感触。体温は低めだけど、湿度と狩りによる運動のせいか、汗ばんでいるらしい。


「どうか、わたくしの血を飲んでくださいませんか。それが、わたくしだけができるお礼ですから」

「……分かりました」


 向けられた紫の瞳はまっすぐで、迷いがないと分かるもの。

 そこまでの気持ちを向けられれば、僕としても応えないというわけにもいかない。返さないと気が済まない、という気持ちは、僕としても理解できるものだからだ。

 なにより、リシェルさんの血がどんな味がするのか、興味があるのは本当なのだから。


 ゆっくりと彼女の首筋に顔を寄せてみれば、汗の匂いに混じって、甘い、血液の匂いがする。

 嗅覚が強化されているせいで、旅の中で何度かそれを感じることはあったけど、意識的に気にしないようにしていた匂い。


「ごくっ……」

「……アルジェ様、その。汗をかいていますから、あまり嗅ぐのは……」

「大丈夫です……すごく、いい匂いがしますから……」


 自分でも分かるほど、うっとりとした声が出てしまう。

 蜜に誘われるようにして、僕はリシェルさんの首筋に吸い付いた。


「はぅ」


 リシェルさんがびくんと跳ねて、言葉が溢れる。

 それを抑えるようにして、僕は彼女の柔肌に牙を立てた。


「っ……あ、ぅ……」

「ん……」

「だいじょ、うぶです……そのまま……」


 肉を突いた瞬間に、苦しそうなうめき声が聞こえたけれど、リシェルさん自身が大丈夫というので、続けることにした。

 ぷつりと肌を貫いた瞬間に、血液が口の中に溢れる。

 とろりとした熱さを舌に乗せた瞬間、痺れた。


 ……あっつい。


 魔力の質の違いか、それとも種族の違いなのか。リシェルさんの血液はとても熱かった。

 味は果物のようにふわりと甘く、飲み込んでみれば、お腹の奥から身体がかぁっと熱くなった。

 飲み込むほどに身体の熱さが増して、満たされる感覚が強い。もっと欲しくなって、意地汚く音を立てて吸い付いた。


「ん……ぢ、じゅるる……ん、く……」

「は、くぅ……ひぁっ……」

「ん……リシェルさんの、血……あつ……おいし……かぷっ……♪」

「ひゃぅ……は、はい……もっと、どうぞ……」


 一度吸い付いてしまえば、我慢という言葉は頭の中から吹き飛んでしまう。

 リシェルさんが促すまでもなく、僕はより多くの血液を求めて、傷口に舌を這わせる。

 追加で溢れた血液をこそぐように舐め取っていく。血液の甘い香りと、リシェルさんの髪の匂いを交互に感じながら、リシェルさんの魔力を、血液を、飲み干していく。


 リシェルさんの首元が震えて、その度に血液が僕の口内を満たす。それがたまらなく心地よくて、もっと欲しくなってしまう。

 こくこくと喉を鳴らすたびに、ぬくもりと安心に浸っていくような感覚がして、止まらない。止めたくない。


「はふ、ふぁ……あはぁ……おいしいよお……」

「っ、あぅ……ん、アルジェさま、あるじぇ、さまぁっ……」

「ん……リシェルさん……お願い、もっとぉ……じゅるるる……」


 甘えるようにしてすがりつけば、髪を撫でられる感触がした。

 そういえばフェルノートさんもこんな風にしてくれた。そんなことを一瞬だけ思い出したけど、それは本当に一瞬だけのこと。吸血の快楽に流されて、すぐに忘れてしまった。


「はぁ……ん、ちゅぅ……はむ、じゅる……あはぁ……♪」


 自分でもお行儀が悪いと思うけど、外面なんてものはもうどうでも良くて。

 甘ったるくて、熱くて、とろけるようなこの感覚を、もっと、ずっと味わっていたい。

 身体に汗が浮くのも構わずに、僕はリシェルさんの首筋から何度も、何度も、血液をおねだりして、与えられたすべてのあたたかさを飲み干した。


「ん……ぁぁ……ふぁ……」

「あ……ぺろっ……痛いの痛いの、とんでいけ……」


 いけない。夢中になりすぎて、リシェルさんの反応が弱々しくなっていることに気付くのが遅れてしまった。慌てて傷口を舐めて、回復魔法を使用した。

 柔らかな光が、リシェルさんをほんの一瞬包んで、通り過ぎる。魔法の光は流れ出た血の匂いも、汗の香りも消し去って、彼女の傷をたちまちに塞いでしまった。

 ついつい夢中になってしまったけれど、僕の回復魔法は血液の増加を助ける効果もあるので、すぐに調子は戻るはずだ。


「ええと……すみません、リシェルさん。つい、夢中になってしまって……」

「……大丈夫です。それくらいに、わたくしの血を気に入っていただけたということなら、光栄ですから」


 リシェルさんはやや青い顔をしつつも、僕に向けて微笑んでくれた。

 力が入らないらしく、ぐったりとした彼女を支えて、木にもたれさせる。

 やがてゆるやかに呼吸が戻ってくると、リシェルさんは自分の首を指でそっとなぞって、微笑んだ。


「よかったです……アルジェ様に、喜んでいただけて……」

「はい、その……ありがとうございます。すごく、美味しかったです」


 先程まで自分でもみっともないと思うくらいに、あさましく血液をすすっていたので、そうやって評価されることがなんだかすごく、恥ずかしいことのように思える。いや、もちろん喜んでいたことは本当なのだけど。

 血を吸ったことと指摘されたことで頬の熱が上がるのを自覚しながらも、図星なので否定はしなかった。

 リシェルさんはそんな僕を見て、心の底から嬉しそうに目を細めた。


「あの、リシェルさん。だるさ以外に、変なところはありませんか?」

「……大丈夫です。血を吸われるというのは、はじめてのことでしたが……アルジェ様に血を吸われている間は、なんだか、とても安心するような……ふわふわとした気持ちでした」

「……それなら、いいんですけど」


 痛みや苦しみを感じなかったということは、僕が悪い気持ちを持っていなかったということだ。

 けれど、そうではなかったというのは、それはそれで気になってしまう。

 安心するような感覚がしたということは、僕はリシェルさんに対して、無意識のうちに安心を求めていたということだろうか。あるいは、養われたいという気持ちゆえか。


「はい。今のような感覚なら、何度吸われても、わたくしは構いません。アルジェ様が望むときに、いつでもお申し付けくださいね」

「……今度は、ティーカップかなにかで出してもらえませんか?」


 貰う立場なのに贅沢だとは思いつつも、僕はリシェルさんにそうお願いしていた。

 与えてくれるのは嬉しいけど、リシェルさんになにか悪影響があるかもしれないし、なによりこんな風にして毎回血を吸っていたら、いつか止まらなくなってしまいそうだ。

 僕は吸血鬼で、定期的に血液の摂取が必要だとは分かっているけれど、誰かの命を吸い尽くしてしまったり、心を塗りつぶしたりはしたくない。

 相変わらず自分の心に疑問を感じてはいるような状態けれど、それだけは、本当のことだ。


「……承知いたしました。では、アルジェ様が吸いたいと望まれるときだけで」


 リシェルさんは紫色の瞳を笑みの形にして、了承してくれた。

 いつもフェルノートさんに頼りきりだったので、血液を与えてくれる相手が増えたことは、素直に喜ばしいことだと思えた。

 逆に言えばそれは、もっとこの土地から離れづらくなるということで。

 段々と、ずっとここにいてもいいかと思い始める自分もいた。

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