吸血鬼さんはぐうたらを満喫する
「アルジェ、あなた何時まで寝てるの!!」
「ぴゃん!?」
朝一番から、ハンモックをひっくり返されて床に落とされる。
ひんやりした植物の床は冷たくて、ハンモックとはまた別の魅力だ。このまま二度寝してしまいたいけど、意識が再び眠りへと落ちる前に、無理矢理に引き起こされる。
「うー……? フェルノートさん、おはようございます」
「おそよう。もうすっかりお昼過ぎよ」
「あー……起きたタイミングが朝なので僕的にはセーフです」
「社会的には大幅にアウトよ……!!」
その通り過ぎるけど、社会に適合する気がないので無視した。
ダークエルフの領地へとやってきて、既に数日。
リシェルさんのいつまでもいて良いという言葉に、僕はすっかり甘えきっていた。
なにせ居心地がいいのだ。ここは周囲のジャングル地帯と違って整備されていて湿度が低く、過ごしやすい。
しかも寝具はハンモック式で、ゆらゆらと揺れるのが心地良いのがまたいけない。いくらでも寝ていられる。
ご飯も自然由来のものが多くて美味しい上、黙っていても出てくるのだ。
三食昼寝付きで、望めばおやつだって出してくれる。なにこれ超快適。もしかするとここが僕が求めていたところなのではないだろうか。
魔大陸は危険なところだとは分かっているけれど、今のところ事件や襲撃のたぐいは起こっていない。時折、ムツキさんの国からの使者らしい人はやってくるけれど、その対応は領主であるリシェルさんの仕事なので、僕の方はまったく気にせず毎日ごろごろさせてもらっている。
ゼノくんの方はムツキさんだけでなくダークエルフの領地でもいくらかの利益を得たらしく、毎日忙しくしているようだ。
「まったくもう……毎日毎日、いい加減にしなさい。どれだけぐうたらしてるのよ」
「一日三十時間は寝たいので、もう少しぐうたらするのが目標ですね」
「真顔でおかしなこと言わないでくれる……!?」
そういえばアルレシャで一緒に暮らしているときも、似たような会話したなあ。
懐かしいことを思い出しながら、外套に袖を通す。その間にフェルノートさんはあきれた顔をしつつも、僕の髪を木櫛でとかしてくれる。
背中に当たるおっぱいの感触を柔らかいと思いながら、僕はお礼の言葉を述べた。
「ありがとうございます、フェルノートさん」
「別に良いわよ、もう慣れてきたわ……でもアルジェ、分かってるでしょうけど、いつまでもここにいることはできないわよ」
「そうですねぇ」
「少なくとも今は問題が起きていないようだけど、領主のリシェルが連れ去られたり、日常的に戦争が起こるような土地よ。あなた、そういうところでは目的のものは探さないって言ってたでしょう?」
「そうですねぇ……」
「確かにここは良いところだけど、いつまでもここにいてごろごろしているのだって、リシェルもいつか嫌な顔するでしょうし」
「そうかもしれませんねぇ……」
「……アルジェ、話聞いてる?」
「そうですねえ」
「……私が養ってあげましょうか?」
「え、いいんですか!? 是非お願いします!!」
「都合のいいところだけ聞くんじゃないわよ!!」
すぱんといい音がするくらい、頭をひっぱたかれてしまった。地味に痛い。
涙目になりながら頭をさすると、フェルノートさんは大きめの溜息を吐いて胸を揺らした。色違いの目に宿るのは、諦めのような落胆のような感情。
「もうゼノもリシェルもきちんと働いてるし、クズハも領地で狩りを手伝ったりしているわ。いい加減アルジェも、方針を決めたら?」
「そうですね、明日から考えます」
「あ、あなたねぇ……!」
これ以上は本気で怒られそうだったので、僕は与えられた部屋を出ていくことにした。
呼び止める声が後ろから聞こえるけれど、お説教はもう十分に聞いたので、明日にしてもらおう。
……どこか、ゆっくりお昼寝できるような場所を探しましょうか。
小さな集落だけど、意外とお昼寝スポットは多い。風の通り道のような場所がいくつかあり、そこで眠るとかなり快適だ。
この領地に来て数日が経過しているけれど、最近は毎日こんな感じで生活している。フェルノートさんに起こされて、そこそこに説教をされたらお昼寝に出る。
彼女の言うことがもっともなことは理解しているけれど、快適なのだから仕方ない。
どうも居心地が良すぎて、出立の決心がつかないのだ。むしろ可能ならここでずっと養われたいとすら思ってしまっている。
空を見上げてみれば、木々の隙間からは木漏れ日が届いていて、心地良いと思えるような風が肌を撫で、銀髪を揺らしていく。うん、今日も絶好のお昼寝日よりだ。
リシェルさんを連れて帰ってきたことで、この領地の恩人扱いとなった僕は、歩いていてもあちこちから話しかけられる。それに対して適当に返事をしつつ、僕は今日のお昼寝スポットを物色した。
少しの間歩いて、お気に入りの場所のひとつである、少しだけ小高い丘までやってきた。
「……あら、アルジェ様」
「リシェルさん? どうしたんですか、こんなところで」
丘の上で草の上に座っていたのは、見知った顔。
この領地を治めている領主である、リシェルさんだった。
彼女は褐色の長耳をピコピコと揺らすと、こちらに手招きをしてくる。来い、ということらしい。
呼ばれたので素直に近寄ると、彼女は隣の草を柔らかく叩く。それも受け入れれば、僕たちは自然と隣に並んだ。
……あ、いい風。
ここ数日、何度かお昼寝に使った場所だけど、やはりいい感じだ。
通る風は湿気を孕んではいるものの、近くで育てている果物の甘い香りがして、心地いい。
心地よさに誘われるように瞳を閉じれば、柔らかな眠気がやってくる。
「ふみゃぁ……」
「アルジェ様、眠そうですね」
「そうですね。だいたいいつも眠いです。今日もまだ、ええと……たぶん十五時間くらいしか寝てないので」
「……十分だと思いますが」
「満足度って個人差がありますからね。ほら、人よりほんの少しよく食べたりとか」
すごい勢いで頷かれたので、共通する認識ができたということでいいだろう。
うとうとと頭を揺らしていると、不意に頭を引き寄せられた。
「ん」
一息の間に、膝へと導かれる。
上を見上げれば、フェルノートさんほどではないけどしっかりとした膨らみと、柔らかな笑顔。
薄い金色の髪の隙間から覗く木漏れ日は優しくて、あたたかい。
「……リシェルさん?」
「わたくしのお膝で良ければ、その……地面を枕にするよりは、良いと思いますので」
「……そうですね、お願いします」
少しだけ恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうにリシェルさんは微笑んだ。
銀髪に指を通される感覚。柔らかな感触が頭皮に伝わってきて、心地が良い。
自然と瞳を閉じれば、眠気はすぐに僕の意識を夢へと沈めにかかる。
「そのまま眠っていただいて構いません。夕食の前まで、このままで」
「そうですか……では、お言葉に……むにゃ……」
「……もしもアルジェ様がお望みなら……ずっと……」
何事かを囁かれていることは分かるけれど、言葉の意味を理解する前に、僕の意識は暗くなる。
まどろみから眠りへ。現実から夢へ。
ゆるやかに、けれど確かに、僕の心は沈んでいった。




