人の噂は光の早さ
「はい、痛いの痛いのとんでいけー」
回復魔法で人々を癒しはじめてから、十日が経った。この日も僕はいつも通り、フェルノートさんの家の前でお仕事をしている。
最初の三日くらいは結構暇というか、楽だった。
腰を痛めたお婆ちゃんとか、転んで擦りむいた男の子とかを治して、ほんの少しお金を貰った程度だ。子供の怪我を治したのはサービスのつもりだったのに、後でわざわざ親御さんが払いに来てくれた。
四日目から、急にお客さんが増えた。たぶん噂になったのだろうけど、「昔魔物とやりあって片腕が無くなった」だとか、「重い病気で医者や魔法使いも匙を投げて余命三ヶ月」だとか、やたらと重篤なお客さんが来るようになったので驚いた。
さすがに無くなった腕が生えるとか、今にも死にそうな人は無理なんじゃないかと思ったけど、やってみたら腕は生えたし病気は治った。回復魔法って便利だね。さすがに死人を甦らせるのは無理だけど。
お金でもめるのは面倒だから「お代は幾らでも良いですよ」と言うと、殆どの人間が神様でも見るような顔して大金を置いていくものだから、いつの間にか結構お金持ちになってしまった。今の所持金をフェルノートさんに教えると、お茶を吹かれるくらいにはお金持ちだ。あれは冷たかった。顔が。
もちろん「いくらでも」と言っているから中には何も払わずに帰ってしまう人もいるけど、もめ事になるくらいならそれくらいすっぱりしてくれてる方が良いので、別に気にしていない。
そんな感じで結構お金は貯まっているのだけど、行くあてがないのは変わらないので、もう暫くはここにいようかと考えている。
フェルノートさんが血液を提供してくれることもあり、この町は僕にとって結構過ごしやすい。お昼寝してて気持ちいいし、いっそここで僕を養ってくれる人を探すのも良いかも。
「はい、終わりましたよ。魔物退治も良いですけど、死なない程度にしてくださいね」
「はああ、ありがたや……さすが女神様!」
「いえ、女神ではないんですが」
フードは一応被っているけど暑くなったりすれば外すし、至近距離で回復魔法を使えばさすがに顔は認識される。ゼノくんの心遣いを無駄にしてしまったようで悪いけれど、いつの間にか回復魔法の腕だけではなく顔まで知れ渡っていた。
そうして噂が広がっていき、最近は「潮風の女神」だの「銀髪の天使」だの「天才美少女魔法使いヴァンピィちゃん」だのと好き勝手呼ばれている。ちゃんと名前は名乗ってるのに。
今治した人も僕を好きに呼ぶ人の一人のようで、彼はお財布からお金を取り出して僕に渡すと、「また来ます女神様!」とか言ってスキップで帰っていった。いやいや、なるべく僕のお世話にならないようにしてくださいよ。ちゃんと話聞いてました?
こんな風にリピーターまで出る始末で、連日大盛況だ。彼が去ったあとも、まだまだ順番待ちの人間が多く並んでいる。
因みに、僕が吸血鬼だということは町の人には教えていない。フェルノートさんから、目立つから他の人には吸血鬼だってことは黙っていろと言われたからだ。
吸血鬼らしく牙は生えてるし耳も多少尖っているのだけど、日の下に堂々といるお陰か僕が吸血鬼だということは誰にもバレてはいないようだった。
「うーん……あと五人治したら今日は終わりにしますから、重症の人優先でお願いしますね?」
終わりと言っても、魔力が枯渇したわけじゃない。単にお昼寝がしたくなったというだけだ。
本音を言うと今すぐ働くのを止めたいのだけど、何時僕を養ってくれる寄生対象が見つかるか解らない以上、稼げるときに稼いでおいた方が良いだろう。その妥協点として、今日のところはあと五人だ。
こういうとき、みんな素直に言うことを聞いてくれるので助かる。休みたいときに休めるので、環境的には働きやすい。
時々文句を言う人はいるけど、そういう人は即座に順番待ちから叩き出されている辺り、数の暴力は偉大だ。
さくさくっと五人を回復して、フェルノートさんの家へと戻った。
彼女の家は二階建てで結構広い。フェルノートさんが過去に稼いだお金で買ったものらしい。失明した原因が魔物との戦いだし技能的には戦闘系なので、魔物狩りでもして生計を立てていたのだろう。
その辺りは探ろうと思えばブラッドリーディングですぐ解るのだけど、興味がないのでやっていない。
廊下を進んでキッチンの方に行くと、フェルノートさんは椅子に腰かけていた。食卓にはお茶のセットがあるので、ティータイムかな?
「ただいま戻りましたよ、フェルノートさん。……フェルノートさん?」
話し掛けても返事がない。おかしいなと思ってよく見ると、フェルノートさんの瞼が落ちていた。
緩やかな呼吸が繰り返されて、第一印象で「ボイン」と称した大きな胸が呼吸に合わせて浅く揺れている。
……お昼寝ですか。
座ったまま眠るのも、なかなか気持ち良いよね。わかるわかる。
ベッドとは違った安心感があり、短時間でよく眠ったような気になれる。ちょっと身体は凝るけど。
「……起こすのも悪いですね」
フェルノートさんは毎日忙しそうにどこかに出掛けているので、疲れているのだろう。
何をしているのかは聞いてないけど、彼女は今まで目が見えなかったのだ。見えるようになったことで出来ようになったことや、やらないといけないことが出てきたんじゃないかな。
僕はお昼寝が大好きだ。愛していると言っても良い。
お昼寝がどれだけ幸せな時間か、ちゃんと知っている。だから他人から、そんな幸せな時間を奪うなんてことはしない。
……でも、時間的にはご飯の準備する頃ですよね。
ご飯は毎日、フェルノートさんが作ってくれている。メニュー次第なところもあるけど、何時もならもう下ごしらえが始まっていてもおかしくないくらいの時間、なのだけど……。
「……しょうがないにゃあ」
気持ち良さそうに眠っているフェルノートさんを見ると、そんな気持ちになってくる。
お金は支払っているとはいえ、毎日美味しいご飯を作ってもらっているのだから、今日くらいは寝かせておこう。




