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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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魚座、空を行く

「っ……きゃぁ!?」


 海の中を抜けたピスケス号は、ほんの少しの空中遊泳を経た。

 やがて重力に掴まって高度を落としたものの、水切りの石のように海面をスキップ。

 思わずかわいい悲鳴をあげてしまっている間にも、ピスケス号は何度もバウンドして距離を稼いでいく。

 床が跳ね上がり、落ちる感覚が何度もお尻を打って、地味に痛い。


「……うっぷ」

「ふぇ、フェルノートさん、大丈夫ですの……?」

「これ、航海の加護の意味ありませんよね……」


 言っている間にも、船は海ではなく空を乱暴に滑っていく。

 海を動くよりはずっと早いのかも知れないけど、かなりの力業だ。

 心配になって船の中のネグセオーに連絡を取ってみたけど、馬の方もかなり大変らしいので、あとで様子を見に行った方が良さそうだった。この様子では、部屋と調理場に置いてあるものもだいぶめちゃくちゃになっていることだろうし。


「……! アルジェ様、魔大陸が見えました!」

「っ……あれですか」


 水平線の向こうに現れた陸地が、どんどん近寄っていく。

 褐色の指は確かにそちらを指していた。


「アルジェさん、これ――」

「――ちょっと勢いつきすぎですね」


 クズハちゃんが危惧しているとおり、ピスケス号の勢いが止まる様子がない。

 この船を打撃した張本人はかなりざっくりと距離と威力の計算をしていたようなので、それが間違っていたとしてもなんの不思議もない。

 納得しているうちにも、魔大陸との距離は無くなっていく。


「……仕方ありませんね」


 これはどう見ても完全に加減を間違えているので、なんとかしなくてはいけない。

 手のひらに魔力を集中して、魔法を扱うための準備を整える。

 僕が使える魔法は、回復魔法以外は簡単なもの。起こせる事象は限られている。クズハちゃんやクティーラちゃんのように、多芸ではない。

 それでも膨大な魔力を持つ僕は、その簡単な事象を大規模にすることができる。


「風さん、よろしくお願いします」


 魔法を発動するためのキーとなる言葉を紡げば、それが起きた。

 風魔法レベル1。ただ風を起こすという魔法効果が、吹っ飛んでいく船の勢いを減衰させるだけの規模で発生した。

 そうしている間にも、陸地はもう目前。勢いを殺しているとは言え、乗り上げるのは避けられなさそうだ。


「っ……これで衝撃はマシになるとは思いますが」

「アルジェさん、分身を行かせますわ!」

「お願いします、クズハちゃん」


 分身を含めた四匹の狐耳がぴこんと動き、本体を除いた三匹が息を合わせて船首へと走り、飛び降りて行く。

 明らかに何かにぶつかった衝撃がして、船は完全に停止した。


「ブシハちゃん……消えてしまいましたね」

「確かに消えてしまいましたけど、何度でも生み出せますわ。あまりお気になさらずに」


 本人はそういうけど、ブシハちゃんはクズハちゃんと瓜二つの見た目をしているので、消えてしまうとちょっと切ない。

 ただ、旅の道連れと移動手段。どちらも無事に済んだのは行幸だ。

 全員が怪我なく上陸できたのはもちろん喜ばしいし、魔大陸から戻るのにもきっとピスケス号を使うことになる。

 陸地に乗り上げてしまってはいるけれど、それはブラッドボックスに収納すればいいだけの話だし。


「とはいえ……船の中に置いてたものとか、だいぶ酷いことになってそうですけどね」

「そうね……せめて少しは準備させてくれると良かったのだけど……うう、キュア……」


 フェルノートさんは今ので相当酔ったらしく、回復魔法で調子を戻しているようだ。

 ゼノくんやリシェルさんの方もふらふらしていたので、そちらにも回復魔法を使ってから、フェルノートさんは大きめの溜息をついた。


「とりあえず、船に置いていたものの整理からはじめましょうか……馬も気になるしね」

「そうですね。あと、リシェルさん。ここって魔大陸のどの辺りで――」

「――伏せてくださいですの!」


 クズハちゃんの声に反応して、全員が伏せた。

 ほんの一瞬まで僕の頭があったところを、なにかが掠めていく。

 びぃん、という音を立てて木製の床に突き刺さったのは、細い杭のようなものだった。大型の釘に似た、おそらくは投げることを想定した武器だろう。


「……上ね!?」


 フェルノートさんの言葉通り、攻撃を放ってきた相手は上にいた。いつの間に登ったのか、ピスケス号のマストの上に立っていたのだ。

 それは金色の髪を短く切り揃えた、長身の女性だった。

 僕の世界で言うところのスーツに似た、黒い事務服のような格好。長袖に長ズボンで、全身をきっちり決めている。おまけに手袋まではめていて、露出がほとんどない。

 シックできっちりとした印象がある服装。そこに、フェルノートさんに負けないほどに大きな胸が窮屈そうに収まっていた。

 翠玉のような色をした切れ長の瞳がすぅっと細められ、僕を捕らえる。

 落ちてくる言葉は丁寧で、けれど冷たい響きの声だった。


「おや、完全に死角からぶち込んだと思ったのですが……反応されましたか。そちらの早さもさることながら、そこの獣人の察知力も侮れませんね」

「あなたは……誰ですの!?」

「誰、というのはこちらの台詞です。むつ……もとい。私の上司の土地に無断で踏みいるとは何事ですか。正確にはもう少し先で、ここはぎりぎり領地の外ですが」

「踏みいったというか、やむを得ず突っ込んだという感じなんですが」

「そうですか。では、正体が不明で、招いていない客というのは変わりませんね。おまけにあなたは見たところ吸血鬼でしょう。正体不明の日の下を歩く吸血鬼なんて、危険以外の何者でもありません」


 その通り過ぎたので返す言葉が無くなった。

 魔大陸はかなり野蛮な土地だとは聞いていたけど、まさかいきなり攻撃されるほどとは思わなかった。

 ただ、このままだとまずい。相手は手袋をはめ直すような動作をしている。それが戦う前準備のようなものだということは、なんとなく察しがついた。

 別に戦いを望んできたわけではないので、どうにか矛を収めてもらおう。そう思って、僕は口を開くことにする。


「あの、すいません、ちょっといろいろ説明する時間貰ってもいいですか、ええと……スーツおっぱいさん」

「スーツおっぱい……!?」

「あ、すいません。おっぱいスーツの方が良かったですか?」

「私、今もの凄い勢いで差別発言を受けているのですが、これはもう殺してくれていいということですね……?」


 あ、なんかよく分からないけど凄く怒ってる。なんでだろう。


「……あら? あの……もしかして、イザベラ様……?」


 ゆらりと相手が殺気と魔力を放ち始めたところで、リシェルさんの声が響いた。


「知り合いですか、リシェルさん」

「え、ええ。おじさまの秘書をしている方で……魔大陸では珍しい、人間の女性です」


 リシェルさんがそう言ったことで、相手もリシェルさんの存在に気が付いたらしい。

 急速に萎んだ殺気の代わりのように、疑問符がこぼされた。


「……リシェリオールさんが、どうしてこんなところに? 失踪したと聞いていましたが」

「あ、あの……わたくしは一時、外から来た人間に連れ去られていたのですが……この方たちがわたくしを救ってくださいました。そして、魔大陸まで連れてきてくださったのです」

「ふむ……」


 クズハちゃんともリシェルさんとも言葉が通じているあたり、イザベラさんは結構いろんな言葉を喋れるようだ。あるいは僕のように、翻訳技能に長けているのかもしれない。

 イザベラさんは手袋をはめたままの右手で軽く髪をいじって、思案顔をした。少しの間をおいて、言葉が紡がれる。


「そういうことなら、主人に報告しなくてはなりませんね」

「……ええと、戦わなくていいということでいいんですよね?」

「ええ。交戦の意志もないようですし、一時的にあなたたちのことは保留にします。ようこそ魔大陸へ」


 とりあえず、戦わなくても済みそうなので安心した。

 いきなりこんな調子で、無事にリシェルさんを送り届けられるといいのだけど。

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