女王様の欲しいもの
「ふむ……大きなお屋敷ですね」
女王の住む屋敷の中は、当然のように豪華な造りだった。
あちこちに置かれた像や壺は、芸術的な価値がどれほどあるのかは謎だけど、綺麗に磨かれていて見栄えが良い。たぶんこのあたりは、沈んだ船などから回収したのだろう。
中を行き来している使用人も、もちろん海魔族。今もタコのように八本の足を持ったメイドさんが、多脚を器用に駆使して幾つかの窓を一度に拭いている。
仕事ぶりに感心しつつすれ違い、更に奥へと進む。
入り口で聞いた話では、クティーラちゃんは屋敷の奥にいるらしい。
「屋敷、というのが不思議なところですね」
「ああ、言われてみれば……女王の城、というとお城を思い浮かべます」
浮かんだ疑問をこぼしたのは独り言のつもりだったのだけど、ゼノくんから同意が来た。
今、僕たちが歩いているのは城というよりはお屋敷だ。
「城のように、兵士が詰めていたりはしてませんし、大臣のような補佐がいるわけでもなく、そう広くもない。女王というよりは、まるで一領主の住居のようですね」
「まあ、国土が広くないですし、出来たばかりとも取れるようなことを言っていましたし、そのせいなのかも知れませんね……あ、着きましたよ。ゼノくん」
教えられたとおりの道順でたどり着いたのは、大きな鉄の扉。
シリル大金庫の封印扉を思い出すけれど、あれのように魔法がかかっている感覚はない。
「ノック、要りますかね」
「一応してから入りましょうか」
見たところかなり分厚いので叩いて部屋の中まで響くのかどうか微妙だったけど、一応ノックをしてから入ることにした。
こんこんと二度、鉄の扉を叩き、予想通りに返答がないことを確認してから、そっと押し開ける。
広がった景色は、女の子らしく整頓された部屋。調度品などには高級感があり、天蓋つきのベッドや、天井まで届きそうなほど大きな本棚などがその最たるところだろうか。
軽く部屋の中を見渡してみれば、目的の人物はそこにいた。
青い肌と紫の髪。小さな背格好に、溢れる魔力。
海底都市の女王、クティーラちゃんだ。
クティーラちゃんはこちらに背を向けていて、僕たちの入室にまだ気がついていない。彼女は己の着る羽衣のような服を、何度も整えている。
「ふう……こんなものか。わらわは今日も完璧じゃな……ふふ、客人もきっとわらわの素晴らしさに跪くに違いあるまい!」
「あ、もしかして会いに来ようとしていたんですか?」
「ふふん。そうとも。実は毎日会いに行こうと思っておったのじゃが、いまいち格好が決まらないような気がしてのう……ついつい先延ばしにしてしもうた。ああ、しかし今日のわらわ、ちょっと前髪が跳ねておらんか……!? ぐぬぬ、これでは客人たちに会いに行けぬっ……」
「ええと……クティーラちゃんは完璧主義なんですね」
「それはもちろんそうじゃろう! わらわは海魔族の女王! 完璧で無ければならぬ! そうでなけばまとめられぬ! 海は厳しい。弱い者はすぐに淘汰されてしまう。その厳しい世界で、皆々が笑い合えるための都市と法を築くわらわは、当然のように完璧でなければならぬ……って、いつからいたぁ!?」
「こんなものか、辺りからですかね」
まさか話しかけても気づかないとは思わなかった。
相手は紫の髪をゆらりと浮かばせて、相当に驚いているようだ。一本一本が結構太いし、もしかするとあの髪は人間のものとは違い、イソギンチャクの触手のようにある程度動くものなのかもしれない。
「……待った」
「またですか」
「良いから! 待ったじゃ!」
二度ネタだけど、面白いので待ってあげることにした。
クティーラちゃんは自分の姿を改めて確かめて、咳払いをひとつ。
恐らくは威厳を出したいのだろう。ふんぞり返るような動作を挟んでから、言葉を作った。
「よく来たな客人! わらわの屋敷にようも来た! ここは海底都市の中心、つまり女王であるわらわの住むところ! わらわの足を煩わせずそちらから足を運んだこと、褒めてつかわす!」
「はあ、ええと、ありがとうございます」
ノッてあげる方が良さそうなので、礼を言っておくことにした。
クティーラちゃんはこちらの反応に満足したのか、うんうんと満足気に何度も頷いている。
そこがいいタイミングだと思ったのか、ゼノくんが話を切り出した。
「女王様。数日この町にいさせてもらいましたが、いいところだと思います」
「ほう! それは本当かえ!?」
「はい。この町は住民が住まうために十分な整備がされていて、周辺に対する備えもできています。育てている作物も美味しいですし、海産物の多さも素晴らしいと思います」
「ほっほう……そうじゃろそうじゃろ。もう少し発展させれば、魚をこの町で育てる……ええと……」
「養殖ですか?」
「うむ、それじゃな! それで生産率……というのか? それを上げれば、今のように兵たちに危険を伴う狩りに行かせる頻度も減るからのう!」
詰まったところをフォローするように言葉を放り投げてみると、クティーラちゃんはぱっと微笑んで肯定した。
……本当にきちんと考えているんですね。
実際の年齢は分からないけど見たところ年若く、背伸びをしているような印象もある。
けれど、彼女は確かにこの都市を治めるものとして、きちんと政策を考えているし、実行もしているようだ。
町を歩けば笑顔が絶えないのも、整備された町並みも、きっと彼女が望んでそうしたからそこにある。
それはきっと彼女の誇りで、大切なものなのだろう。でなければ、こんな風に心底から楽しそうに町のことを話したりはしない。
「……クティーラちゃん。ひとつ聞かせてください」
「いいや。わらわが先に聞かせて欲しい」
「え?」
なぜ、僕たちを招いたのか。それを聞く前に、彼女からの待ったがかかった。
クティーラちゃんは先程までとは違い、真剣な表情をしている。
先程の少女としての邪気のない顔は消えて、しっかりとこちらを見据えてくるその顔は、間違いなく女王のもの。ゆるくなっていた雰囲気が一気に引き締まる。
「わらわが客人たちを招いた理由。知りたかったのであろ? わらわはただ、お主たちに聞きたかったのだ」
「聞きたいこと、ですか?」
「うむ。わらわの造った町は、どうだ?」
「ゼノくんが言っていたのと同意見ですね。個人的にはもう少し時間感覚がわかると嬉しいのですが、お昼寝しやすくていいところだと思います」
「ふふ、昼寝か。銀の客人は寝るのが好きだと聞いていたが、本当のようじゃな」
「ええ。僕にとって最重要事項なので」
転生した僕の目的は、『三食昼寝付きで養ってもらう』ということ。つまりお昼寝の快適さは何よりも大切なことだ。
そこに当てはめるなら、いつでもウォーターベッドのような寝心地のこの町はいいところと評価していい。
クティーラちゃんは僕の評価を聞いて、満足げに頷いた。
「では、客人よ。質問しよう。……この都市は、人間が造ったもののようか?」
予想外の言葉が、やってきた。




