吸血鬼さんは働かないといけない現実に目を背けつつ眠りたい
「――アルジェ! 貴女ちょっと寝過ぎよ!?」
「ふにゃんっ」
幸せな惰眠を貪っていたのに、無理やり起こされた。
ふわふわのベッドで意識をふわふわさせていたのに、いきなり床に叩き落とされたのだ。お陰でまた可愛い悲鳴をあげる羽目になった。
しぶしぶ目を開けると、フェルノートさんが掛けシーツを抱えて肩で息をしながら、僕を見下ろしているのが見えた。
なんだか怒ってるみたいにも見えるけど、どうかしたのかな?
「あいたた……もう、何するんですかぁ」
「あ、貴女ね……!」
「むぅ、まだ日が明るいじゃないですか……もう少し寝かせてくださいよ」
「そりゃあね! 貴女が寝てからもう丸一日になるものね! 明るくもなるわよ! 一回暗くなってから、ねぇ!?」
「まだ丸一日じゃないですか」
「真顔でおかしなこと言わないでくれる!?」
え、なに、僕がおかしい流れ?
納得いかないけど、起こされた以上は仕方がない。起き上がって伸びをすると、幾分か眠気も取れた。
「ご飯もお風呂もなしに眠り続けるなんて、不健康よ」
「三日くらいなら食べなくても平気ですし、身体は……はい、綺麗になーれ」
汚れを落とす回復魔法でささっと身体を綺麗にする。うーん、やっぱりこれ、すっごく便利。服の汚れまで落ちるし。身体の汚れを落とすので、肌に触れている服の汚れも落としてしまえるのだろう。
僕が回復魔法で身綺麗にする様子を見たフェルノートさんは、心底呆れたようにため息を吐いて、
「こんなに規模の小さな出鱈目を見たのは始めてよ……」
「へ?」
「その身体を綺麗にする魔法って、本来なら特別な儀式をする前なんかに汚れを落とすために使う、かなり高位の魔法なのよ? 相当な魔力を使うそれを、そんな気軽に……お風呂に入る方がよほど労力少ないでしょうに」
「大したことありませんよ。魔力強化もレベル10ですから」
「……本当に出鱈目なのね」
「ところで、なにかご用ですか?」
「ご用って……いい加減起きて、食事でもどうかと思って。起こすのは悪いと思ったけど、あまりにも眠り続けるものだから幾らなんでも心配になってきたし」
どうやら気を遣ってくれたらしい。申し訳ないことをしてしまった。
「ちゃんと事前に、三日くらい寝るんで放っておいてくださいって言えば良かったですね」
「それはそれで止めるわよ!?」
急にツッコミキャラになったようにも見えるけど、たぶんフェルノートさんの本来の性格はこういう感じなのだろう。真面目なのだ。
真面目だから、「血を飲ませてほしい」なんて突飛なお願いにも真面目に応えてくれた。
最初は躊躇いなく手首を切ることにドン引きしたけど、今こうして話していると、それはおかしなことではなかったのだと解る。
少なくとも彼女にとっては、恩人の頼みをただ叶えたというだけだったのだ。背景とか、理由とか、そういうことを一切考えず、ただ求められたから応じたというだけのことだったのだろう。
……この人、底抜けの良い人です。
おちょくって……もとい、話していると結構楽しい。こういう人が養ってくれたら退屈しないのに。
「……あ、そうだ。宿代お支払いしますね」
「いえ、そんなの良いのだけど……というか今、どこからお金を出したの?」
「吸血鬼の特技みたいなものです」
ゼノくんに貰ったお金は、袋ごとブラッドボックスに収納してある。
血液の箱というと何やら物騒な響きだけど、ようはただの収納系技能だ。自分の血液に物品の存在を溶かし込んで、後で引っ張り出してこれるというだけ。
収納力には限界があるのだけど、技能レベルが最大になると無制限に収納できる。で、僕は技能レベルは最大だ。
常に両手が空くし荷物の重みに悩まされないので、これもかなり便利。他人からは、今フェルノートさんが驚いたように、突然手のひらに物品が現れたように見えるのだろうけど。
「でも、ご飯も貰うわけですし……持ってる間に払っておかないと、いつ無くなるか解りませんから」
「……どういう意味よ、それ?」
「恥ずかしながら無職なもので」
今持ってるお金も、「払わなきゃ」なんて偉そうなことを言ってはいるけれど自分で汗水垂らして稼いだものではない。このお金はゼノくんの厚意で、彼が汗水垂らして稼いだものだ。
……お金は必要ですよねぇ。
僕の人生の目標は「誰かに養ってもらい、働くことなく三食昼寝おやつ付きで自堕落に生活する」ことだけど、今のところ僕のことを養ってくれる相手は見つかっていない。
寄生対象が見付かるまでは、食事もベッドも自分で用意しないといけないのだ。そのためには当然だけど、お金がいる。
異世界に転生した今でもお金の重要性は変わらない。ご飯食べたときにきっちり取られた。
しいて前世との違いを言えば、円ではなく「シリル」という単位であることと、種類が硬貨のみのことくらいか。
「……貴女くらいの腕なら、回復魔法を売りに商売すればお金には困らないわよ」
「あー……お医者さんみたいな?」
「ええ。なんなら暫くこの町で商売してみたらどうかしら。見たところ、行くあては無いんでしょう?」
「あてが無いというか、完全になにも考えてませんね。この町にも、ただご飯が美味しくてお昼寝にちょうど良さそうな土地を求めて来ただけなので」
「貴女、相当フリーダムね……」
「えへへぇ」
「褒めてないわよ。少しもね。というかなんで無表情のままで、照れたっぽい声が出せるのよ……」
「これも吸血鬼の特技です」
「幾らなんでも、それは嘘だってわかるわよ」
結局この日、フェルノートさんはお金を受け取ってくれなかったけど、明日以降は払うということになった。
こうして僕は暫くの間、「流れの回復魔法達人」として、アルレシャにて当面の生活費を稼ぐことにしたのだった。
嗚呼、早く誰かに養ってもらうだけの生活がしたい。




