吸血鬼さんと残念な女王様
「……とりあえず、あなたがこの町を統治しているのは分かりました」
いろいろとグダグダだけど、それくらいは理解できる。
目の前にいる少女の残念っぷりは見ての通りだけど、声と口調は間違いなくさっき聞いたものだ。
なにより、こうして正面に捉えて見ると、明確に魔力と、血の匂いが感じられる。
見た目こそただの少女のようだけど、血の香りによってブラッドリーディングで読み取れる相手の能力はかなり高めだ。
肌に刺さる魔力も、明確に彼女が強者だと伝えてくる。
……あまり、機嫌は損ねない方が良さそうですね。
そもそも今、僕たちがこうして深海で呼吸ができるのも彼女の魔法によるものだ。
ノリは軽そうだけど、あまり油断しても良くない相手かもしれない。
恐らくはフェルノートさんたちも、似たようなことを考えているのだろう。誰ひとりとして、迂闊には動かないでいる。
逆に言えば会話はほぼ僕に丸投げ状態なので、しぶしぶ言葉を交わしているというわけだ。
面倒くさく感じているこちらの気持ちを知ってか知らずか、相手は態度を崩すことなく、こちらへと言葉を投げてきた。
「うむ。ここはわらわが統治する、海魔族の領域よ。いくらかは水生系の魔物もおるがな」
「水生系というと……でっかいイカとか?」
「む、アビスコールのことか? あれはデカすぎでな。受け入れるには少し工夫が必要じゃろう。ま、そのうちとは考えているが……まずは地盤を固める、というのが大事であろ」
口ぶりからすると、彼女の統治をいうのは始まってそう時間が立っていないのかもしれない。
ただ、そんなことははっきり言ってどうでもいいことだった。
僕たちはまだ旅の途中で、しかも行くべきところまでは、もうかなり近づいているのだという。
イレギュラーなイベントはなるべく避けたいし、こうして踏んでしまった以上はさっさと片付けたいというのが本音だ。
「それではその海底都市の女王様が――」
「――クティーラちゃんでよいぞ。気軽に呼ぶがいい」
「……クティーラちゃんは、僕たちになにか御用でしょうか。見たところ、僕たちを住人にするのはこの町の環境を考えると、厳しすぎると思いますが」
「簡単なことよ。わらわはお前たちに興味があった。なぜならば、この海が荒れた時期に我が領域を渡るものはおらぬからな。なにか理由があると見た」
「……そこにいるダークエルフさんを、故郷まで送り届けると約束したので、そのためです」
「ほうほう。なるほど、確かにダークエルフは魔大陸の奥地に生息しておる。無論、わらわは見たことがないがな! なるほど、こやつがダークエルフか!」
僕の言葉を聞いて、ぱっと顔を明るくした相手が、リシェルさんへと気軽なステップで近寄る。
クティーラちゃんはリシェルさんの薄い金髪を眺めたり、褐色の長耳を触ったり、あちこちを確かめるような動きをしはじめた。らんらんと輝く金の瞳が、彼女の興味津々っぷりを物語っている。
当然、好き勝手されているリシェルさんは困った様子で、
「あ、あの……アルジェ様、この方はなにを……ひゃ、そこは引っ張らないでくださいっ……!」
「おお、面白い服だのう! もっとよく見せてみよ!」
「ええと……リシェルさん、というかダークエルフが珍しいらしいですね。ちょっと我慢しておいてください」
「おおう、お主は狐か! ほれもっと近う寄れ!」
「矛先がこっちに来ましたわ……!」
きらりと金の目を光らせた相手に、今度はクズハちゃんが襲われた。
四叉の尻尾を掴まれ、耳を引っ張られ、ミニスカ巫女服のような服を散々に観察されている。クズハちゃんはぱんつを履かない主義なので、いろいろ危ない。あ、ゼノくんがまた目をそらす振りしてみてる。
抵抗はありつつも、ふたりの観察に満足したのか、今度は人間ふたりの方を向いて、
「ほうほう、そう言えば生きている人間というのも初めてだのう……ほれ、そこの、胸。もっとよく顔を見せてみよ」
「一言で現すの止めてくれる!?」
胸の一言で誰を呼んでいるか本人が理解しているあたり、慣れているのだろう。
「ほう、これは凄いのう……なんというか……でかいウミウシくらい重いぞ!」
「もうちょっとマシな表現できないの、このロリ海魔……!」
上から無遠慮に胸を持ち上げられているフェルノートさんは相当頭にきているらしく、ちょっとぷるぷるしていた。それはそうか。さすがにいくらなんでも失礼すぎる。むしろここまでされて我慢しているのだから、相当に大人な対応だ。
相手は更にゼノくんの様子も上から下まで眺め、それからこちらの方を見た。
好奇心旺盛な瞳がいっぱいに広がって、けだるげな僕の顔を映す。クズハちゃんやリシェルさんとはまた違ったタイプの、例えるならば本当に小さな子供のように、きらきらとした邪気のない瞳だ。
「して、お客人は? 人間でもないが、ただの亜人族でもなかろう。見たところこの船と、魔力的に繋がっているようだが?」
「……僕は吸血鬼ですよ」
「吸血鬼! ほうほう、どれ!」
他の人たちにもそうしたように、彼女はひどく嬉しそうに僕の顔を覗き込んできた。
「ひぇっ……!?」
銀色の髪に指を通され、耳を遠慮なく触られる。
この相手がいきなり来ると言うのはここまでで分かりきっていたことだけど、それでも驚いて声が出てしまう。
女の子の身体になってから妙に敏感になっているらしく、ちょっと触れられるだけでも声が出てしまうことがある。
声を出させられたことに羞恥心を感じて慌てて口を閉じると、相手はころころと喉を転がして、
「おお、可愛い声を出すのだのう! 愛らしい! 実によいぞ!!」
「……どうも」
褒められているのだろうけど、恥ずかしい声を褒められるというのも気分的には微妙だ。納得できないというか、素直に喜べない。
相手は続いて、僕の顔をぺたぺたと触ってきた。かなり無遠慮な触り方で、牙が気になったのか口元を引っ張ったりもしてくる。
「ふぁの……いい加減目的を教えてふれへ……教えてくれてもいいのではないでしょうか」
「うん? だから言っているではないか。興味があったとな!」
からからと笑いながらこちらに触れてくる相手の瞳は純粋なものだ。
困ったな、物凄く自分勝手な上に迷惑なんだけど。
穏便に帰してもらわないと困るので、気持ちを素直に言葉にするのはさすがにやめておいた。
どうしたものかな、この状況。




