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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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大海原へ

「今日もいい天気ね、アルジェ」


 隣にいる人がそう言って腕を組み、その動きに合わせて彼女の豊満な胸がむにゅりと押しつぶされる。

 いつ見てもとんでもないボリュームだ。重くないんだろうか。


「そうですね、フェルノートさん」


 話しかけられたので同意して、頷いてもおく。

 視線の先、海上に朝日が浮かぶのを眺めつつ、僕は溜め息を吐いた。

 吸い込む空気に含まれる塩気が鼻を刺激して、睡魔をいい感じに払ってくれるけど、やっぱり眠いものは眠い。

 今日も今日とて、お昼寝がしたい。


 異世界に銀髪の吸血鬼少女、アルジェント・ヴァンピールとして、チート能力を盛りに盛られて転生してから、もう数ヶ月。

 ぐうたらな僕の旅は、まだ続いている。

 誰かに三食昼寝付きで養ってもらうという目的は、果たせていないどころか、大食いお嬢様を故郷に連れていくという脇道に逸れてしまった。

 早くやるべき事を終わらせて、本来の目的に戻りたいところだ。


「ふぁぁ……」


 日照耐性によって日を浴びても滅びることのない吸血鬼である僕にとって、朝日はただ少し眩しくて、気持ちがいいだけのもの。軽く欠伸をして、涙をぬぐう。

 ぼうっとしかけたところで、隣の相手から追加で声がかかった。


「で、ここからは海路なわけだけど……大丈夫なのよね、アルジェ?」

「ええ、問題は無いと思いま、ふ……ふぁ……失礼。つい欠伸が」

「相変わらず、いつも通りに眠そうね……」

「日に三十時間という睡眠ノルマを満たしていませんからね。もう眠くて眠くて」

「それ、どうやっても無理だからね?」


 半眼で突っ込まれてしまった。なんでだろう。


「ほら、いいからさっさと出しなさいってば。それを頼りに、港町にも寄らずにまっすぐ海に来たんでしょうが」

「はあ、分かりました」


 言われる言葉はその通りなので、僕は文句を言うことなく一歩を前に踏んだ。

 あと一歩踏み出せば、海へと落ちる位置。崖際に立った僕は、自分の身体の中にあるものを解放する。


「出てきてください」


 ブラッドボックス。僕自身の血の中に存在を溶かし込むことで、物品を収納する技能だ。

 それによって、僕は身体の内側から、大型の商船を取り出した。

 唐突に現れた質量は重力に捕まって落下し、勢いよく着水。叩かれた海が、塩辛い水しぶきを撒き散らす。

 商船の名前はピスケス号。港町アルレシャという町のキノコ……もとい、キノコみたいな頭をした領主さんから譲り受けたものだ。


「はっ……あの女好きも、たまには役に立つのね」

「型落ちらしいですけど、血の契約を結んで強化しているので、荒れた海でも十分に走れるかと思います」


 軽く指を振ればそれを合図として、ピスケス号からタラップ――乗船用の架け橋――が降りてくる。

 血の契約を結んだものは、ある程度僕の自由自在に操ることが出来る。生き物にこれを使うのは意思を奪うようで躊躇(ためら)うけど、船のような無機物なら単純に便利だ。


「それじゃ、ここからは船旅ですね」

「本当に大丈夫なのかしら……こういうのは本来、たくさんの船乗りが動かすものでしょう? 私も乗ったことはあるけど、操船はさすがに専門外よ」

「血の契約で、人がいなくても自由に動かせます。方角さえ分かれば、あとは寝ていても着きますよ」

「……だからって、ずっと寝てるって言うのはなしよ?」

「……じゃ、みんなを呼びましょうか」

「待ちなさいアルジェ! 今ものすごい勢いで目をそらしたでしょう!」


  思いっきり突っ込まれたけど、反論できないので無視して旅の道連れを呼ぶことにした。


「クズハちゃん、準備ができたので、荷物の運び入れをお願いします」

「承知しましたわ!」


 元気よくぴょこんと狐の耳を立てるのは、僕の友達である獣人のクズハちゃんだ。

 先日のシリル大金庫の一件で更に成長した彼女は、尻尾の数を三つから四つに増やしていた。


「尾獣分身、『金糸梅(きんしばい)』!」


 それぞれの尻尾に魔力を与えて切り離すことで、彼女は自分とそっくりの分身を作り出すことができる。一気に数を増やした狐娘が、手早く馬車の荷物を運び出し始めた。


「それじゃ、俺は馬をつなぎますね。ネグセオーのことも任せてください」

「はい、お願いしますね、ゼノくん」


 人懐っこい笑みを浮かべて、言葉通りの仕事を始めるのは、人間の商人。名前はゼノ・コトブキ。

 彼は転生したばかりの頃の僕に食べ物やら服を与えてくれたいわば恩人で、今僕がこうして海を渡ろうとしているのは、その時の恩を返すためだ。

 ゼノくんに連れられて、素直に船へと乗り込んでいく黒毛の馬は、ネグセオー。僕の旅の道連れになってくれている、名前通りに寝癖のようなふわふわのたてがみがトレードマークの馬だ。


「海では俺の出番はなさそうだな。ゆっくりさせて貰うとしよう」

「他の馬とも仲良くしてくださいね、ネグセオー」

「ふっ、任せておけ」


 言語翻訳という技能で会話ができるので、お互いに軽く言葉を交わしておく。

 目的地である魔大陸に到着すれば、そこからはまた馬に頼ることになるので、今はしっかりと休んでいてもらうとしよう。

 フェルノートさんも馬を船に乗せるのを手伝うらしく、自然と僕から離れていく。

 僕の方は準備が整うまで暇なので、ぼうっと作業を眺めることにした。


「船旅、ですか……アルジェ様は、船旅ははじめてですか?」


 もうひとりの暇な人が、話しかけてきた。

 僕の隣に、褐色の肌をしたダークエルフが腰掛ける。

 色素が薄めの金色の髪を潮風に揺らし、長い耳をぴこぴこと揺らして、彼女は僕の方を覗き込むように見た。紫色の瞳は、恐らくは興味によって楽しげに揺れている。

 リシェリオール・アルク・ヴァレリア。魔大陸出身の、貴族のお嬢様らしい。

 彼女を故郷まで送り届けることが、ゼノくんの目的。つまり今の僕の目的だ。

 古代精霊言語というややこしい言葉を使っている彼女は、翻訳技能持ちの僕としか言葉を交わせない。意思疎通ができないから作業の手伝いがしづらいので、暇だったのだろう。


「そうですね。一応、はじめてです」


 聞かれたことに、一応という言葉をつけて答える。

 転生する前なら何度か経験があるけど、この世界でははじめてだ。

 ピスケス号に乗ること自体は二度目だけど、あの時は非常時で、旅と言えるほどの距離でもなかった。本格的な船旅は、この身体に転生してからは初、ということになる。


「リシェルさんの方は?」

「そうですね……船自体は知っていますが、魔大陸の外に出たことは……ああでも、奴隷として運ばれるときにはたぶん、乗ったのだと思います……見えては、いませんでしたが。あ、方角は分かっております。地図はある程度覚えておりますので、現在の位置は分かります」


 微妙な顔をするリシェルさんだけど、それも仕方がないことだろう。

 彼女が魔大陸の外に出た理由は、同胞を助けるためだという。その後、奴隷として売られそうになっていたところを、ゼノくんとフェルノートさんに救われたらしい。

 どう考えてもあまりいい思い出とは言い難いので、思い出して顔をしかめるのも無理はない。


「船旅……ね」


 いずれにせよ、異世界の船旅なんてものははじめてだ。面倒なことが起きなければいいのだけど。

 これからの旅のことを考えながら、少しの間、僕は目を閉じることにした。

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