想い出とこれから
「……こんな場所があるとは、知らなかったな」
大金庫の精霊としてここを管理してもう長いが、隠し通路があるなんてことは知らなかった。
図書施設の片隅に設けられた私の知らない場所を、ゆったりと歩く。
あちこちにトラップによる破壊の痕跡があるのは、それだけシリルがここを隠しておきたかったということだろう。
家族の秘密を暴くのは気が引けるけれど、ここに来たことがそもそも家族の頼みでもある。
アルジェント・ヴァンピール。シリルの魔力から産まれた、私の妹。
彼女にここへ足を運ぶように言われたからこそ、私は今、ここを歩いている。
踏み抜かれたトラップの痕跡を辿るようにして、下層への階段を降る。
思ったよりも早く階段は終わり、鉄の扉が私を歓迎した。
「……入るよ、シリル」
いない相手に、それでも言葉をかけて、扉を開く。
足を踏み入れた場所でまず感じたのは、安心。
調度品の色合い、本の並べ方。そういったところから見える性格が、間違いなくシリルのものだと分かったからだ。
書斎のような落ち着いた部屋の真ん中にある机には、手記らしきものがたくさん積まれていた。
これを読むようにと、アルジェントからは言われている。
「しかしこれは、古代精霊言語じゃないのかな?」
表紙に書かれている文字は丁寧で几帳面なシリルの字。それは分かるけれど、私は古代精霊言語を読むことはできない。
古代精霊言語を使うのは、今はほとんど滅びた、かなり古い年代の者たちだ。古い竜族や、一部の精霊、ダークエルフくらいしか使う者はいない。
人工精霊の私はより使いやすい共和国語をシリルから習ったので、この言語は専門外なのだ。
それでも開けと言われたので、椅子に腰掛け、ゆっくりと開いてみる。
紙の感触は手に心地よく、めくる音が部屋に響くのは小気味よい。
ふわりと香ってきた紙の香りに少しだけ目を閉じて、開く。
「よっ、バカヤロウ」
「……!?」
視界に突然現れた知っている顔に、息を飲んだ。
軽い調子で片手を上げるのは、間違いなく私が見知った顔。
「シリル……!?」
「ハイ減点!!」
「あいだっ!?」
呼んだ瞬間、手刀が飛んできた。しかも思いっきりだった。
「い、痛いよシリル!?」
「シリルじゃないっての」
「またそっくりさんかい!?」
「そうだよ。なにせ世の中、似た人間が三人はいるらしいからね」
雑な感じで言われるが、とりあえず彼女もシリルではないらしい。
一瞬間違えそうになったけれど、それは少し前にやったミスなので、きちんと受け止める。
本人がそう言うのだから、彼女もまた、シリルではないのだろう。
そしてアルジェントがここに来るように言ったのは、目の前の彼女が理由か。
「はじめましてかな、イグジスタ。私はシリルノート。ここにある記憶を守れと言われた、人工精霊だよ」
「……ああ。つまり君は、私と同じで」
「うん。まあ造られた時期的には、私の方が妹ということになるか」
語る声はシリルに似ていて、けれど、やはりよく聞けば違うと分かる。
アルジェントと同じ。シリルと似ているけれど、別のものだ。
「さて、それじゃあゆっくりと話そう。シリルがここに残していった、君への言葉と、想い出を」
「いいのかい?」
「自分が帰ってこなかったときに君に伝えるために、私はここに置かれていたんだよ? いいも悪いもないさ」
「……そうか。それじゃあ、それが終わったら、ここから出ないかい?」
「……どうして?」
「せっかく出会えたのだから、一緒にいるのは自然だろう?」
彼女がここにいる経緯も、私がここにいる理由も、どちらも明確なものだ。
そして彼女の役目が今終わるなら、そこから先は自由のはず。
「ごめんね、シリルノート」
「どうして、謝るの?」
「君もきっと、寂しかったんだろうと思うからさ」
もっと早くこの場所に気付いていれば、違っていたのかもしれない。
私がシリルを待っていたように、彼女もまた、私を待っていてくれたのだろう。
随分と待たせてしまったと思う。手刀くらい落ちても仕方ない。
「私は、シリルじゃないけど?」
「それでも、私の妹のようなものだろう」
「……そうかな?」
不思議そうにこちらを見る瞳は、いつか私もしていた目だ。
シリルになにかを言われて、どうしてそう言われたのかが分からなかったときと、同じ瞳。
……今度は私が、そうする番なんだね。
かつてシリルが大切なことを教えてくれたように。
きっと今度は、私が彼女に教えるべきなのだろう。
役割の中でずっと生きてきて、そうすることしか知らない、この新しい妹に。
「とりあえず、シリルノートという名前はやめないかい? それは名前というより、役割のようなものだろう」
「……では、なんと名乗ればいいのかな?」
「それもこれから、考えればいいさ 」
なにもかもがこれからでいいのだと思う。
シリルがいつか帰ってくることを、諦めたわけじゃない。きっと生きてくれていると、私はまだ信じている。
ただ、待つだけは終わりにしようと、そう思う。
帰ってくると言ってくれる人がいる。大切なことを教えてあげたいと思う人もいる。
もう私は、ひとりぼっちではない。
「時間はたくさんあるんだ。だから、話そう。想い出のことだけではなく、これからのことも。シリルのことだけでなく、君と私のことも」
「……うん、分かった」
握った手は驚くほど頼りなくて、やはり彼女が「シリルのように振る舞おうとしていた」のだと分かる。
きっと、違うものだと言っていながら、模倣するしかないと思っているのだろう。
君がここにいるのだと、いていいのだと認めるように。
私はしっかりと、妹の手を握った。
これにてシリル大金庫編はエピローグとなります。
アルジェ、クズハ、イグジスタ。未熟なれども進もうとしていこうという感じでしたね。。
誰も誰かの代わりになることは出来ない、という感じで一つ。
替えがたいなにかを大切にできますように。
それでは、次回のお話もよろしくお願いいたします。




