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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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はじめまして

 降り注ぐゴーレムの破片を避けるのは、この身体なら簡単だ。

 僕が転生する際に設定したパラメーターは、『素早さ極振り』。

 この素早さは単純な足の早さだけでなく、動体視力や反射神経も含めた、速度に関する事柄すべてのこと。


 破砕の波が収まらずに未だ空中で砕けていくゴーレムも、重力に捕まった破片も、硬質な床めがけて落ちていくイグジスタも。集中した僕の視界では、ゆっくりに見えている。

 全力の速度が、景色を置き去りにした。


「イグジスタ……!」

「あ……」


 伸ばした手の先で、シリルと動いた口は、しかし言葉を作らなかった。

 それが答えだ。だから、僕はもう遠慮しなかった。

 シリルではなく、アルジェントとして。

 彼女を救うために、行った。


「アルジェさん……!」

「アルジェ様……!」


 ふたりが僕の名前を呼ぶ。その声が、僕が僕だと教えてくれる。

 なぜ生きるのかなんて分からなくても、ここにいるのはアルジェント・ヴァンピールだと言ってくれる。


「失わせません……!!」


 僕のことも、イグジスタのことも。彼女の中にあるシリルさんという存在も。

 失わせないために、僕は彼女をすくいあげるようにして抱いた。


 人ひとりの荷重を支えてなお駆け抜けられるのも、やはり吸血鬼の肉体ゆえだ。

 落ちていく瓦礫をなんでもない地面のように足場にして、僕は作り物の空を滑り降りる。


 迷うことなく、地面へと着地した。


「よいしょっと……!」


 追加で降ってくる瓦礫を回避して、クズハちゃんとリシェルさんの元へと戻る。

 もうゴーレムたちは動きを止めているので、遠慮することはない。


 腕の中で、銀色の瞳が揺れる。

 紡がれる言葉は、僕が知らない誰かの名前ではなかった。


「……君は」

「アルジェントです。アルジェント・ヴァンピール」

「……アルジェント」

「ええ。はじめまして。イグジスタ」

「シリルでは……ないんだね」

「ええ。シリルさんが生きているのかどうかも、僕は知りません。僕が生まれた理由はシリルさんかもしれません。それでも僕は、シリルさんではなく、アルジェントです」


 はっきりとした否定をして、彼女を地面へと降ろす。

 イグジスタはしっかりと、僕の方を見た。その向こうにいるシリルさんの面影ではなく、間違いなく僕を見て、言葉を聞いてくれた。

 ようやく、僕たちは出会えたのだ。


「……うん。そうか。そうだったのか」

「分かってもらえました?」

「ああ。理解したとも。……すまなかったね。アルジェント」


 こちらの髪を撫でてくる動きは、甘えるようなものではなく、すがるようなものでもない。

 手つきは優しくて、謝罪の気持ちのせいか、遠慮がちでもある。

 髪に通される指を心地いいと感じながら、僕は口を開いた。


「……吸血鬼は、魔力によって産まれるものです」

「……うん」

「アンタレス、という地名に心当たりはありますか?」

「……シリルから最後に届いた手紙が、そこから」


 アンタレスというのは、僕が転生した町の名前だ。

 転生してすぐにいた場所。あそこは何年も前に廃墟になっていて、大規模な戦闘のせいでそうなったのだと、あとから聞いた。

 どういった理由でそうなったのかまでは分からない。それでも、僕がこうして産まれたのはきっと、シリルさんが理由なのだろう。


「シリルさんが遺した魔力の残滓が、僕を産んだんだとは思います。でも……それだけです」

「……それだけ、なんだね」

「ええ。似ているのはそのせいで、あなたがずっと探していた人じゃない」

「君は君なんだね。シリルではなく、アルジェントという名前で、彼女とは違った考えで、こうして、生きている」


 お互いの認識を確かめるように、言葉を交わしていく。

 彼女がシリルさんのことを今でも大切に想って、待ち続けていることは知っている。


 何年も待って、泣くこともたくさんあって、それでもなお、いつか会えることを考え続けていたのだろう。

 愛しい人がいつ帰ってきてもいいように、この大金庫を、帰る場所を守り続けていたのだろう。


 きっと救われたっていいはずだ。もう長い時間、ずっとそうしていたのだから。

 それでも、その救いは僕じゃない。僕では救いになれないし、なってはいけない。


 言葉を紡いだイグジスタが、一度だけ俯いた。

 銅貨の髪に隠れて、顔が見えなくなる。見ようとすれば見えるのだろうけど、僕はそうしなかった。

 時間が必要なこともある。だから、待つことにした。

 少しの時間を置いて再び顔を上げた彼女は、金色の杖を置き、腰をかがめた。対等であると言うように、目線を合わせてきたのだ。


「……ありがとう、アルジェント」

「お礼を言われるようなことは、ありません。あなたの救いになれなくて、ごめんなさい」

「いいや。あるとも。大切なものをまた、失うところだったのだから」

「大切なもの、ですか。確かに、あのままだと本当のシリルさんのことを忘れてしまうところでしたからね」


 その言い方なら、お礼を言う理由も分かる。想い出の更新の話だろう。

 あのまま僕が受け入れてしまったら、イグジスタがシリルさんと積み上げた想い出を、偽物の想い出で埋めてしまうところだった。

 そういう意図でのお礼の言葉なら、素直に受け取って置こうと思った。


「それもあるけど、そうじゃなくてね」

「ふにゅ?」

「……ああもう、我慢できない!!」

「ふぎゅ!?」


 感極まったような表情で、イグジスタに抱きつかれた。

 いままでのように甘えるように来るのではなく、明確にこちらを抱きに来たのだ。


 ぎゅうううっと顔全体に胸が押し付けられて、苦しいというか息ができない。フェルノートさん並に豊かなおっぱいが、口も鼻も塞いできた。


「ふっ、ぐっ、ううう!?」

「あああああ、かわいい! シリルそっくりの妹!」

「ふもうもっ!?」

「だってシリルの魔力から産まれたのなら、人工精霊である私だってそうさ! つまり君は私の妹! はあああかわいい!」


 ……そういう結論になりましたか!?


 さすがに、ここまでの飛躍は予想できなかった。

 確かにそういう解釈もできなくはないかと思ったけど、ちょっといきなり過ぎた。というかさっき考えるような素振りをしていたのは、そんな理由だったのだろうか。

 むにゅむにゅと押し付けられてくる柔らかいものに溺れながら、なんとかそれを押し返そうともがく。

 けれど身長差があるし、なにより吸血鬼の膂力で思いっきり押したらそれはそれで危険な気がするので思い切れない。


「む、ぐぅ……」


 どうしたものかと思っているうちに気が遠くなってきた。

 せっかく転生して死因がこれはちょっと、さすがに転生担当してくれたロリジジイさんに申し訳が……あ、意識が……。


「いい加減にしてくださいですの!」

「ぷはっ!?」


 小狐が四人がかりで、僕をイグジスタから引き剥がした。

 久しぶりの空気が美味しい。イグジスタの残り香が、嗅覚に甘く触れて、抜けていく。


「アルジェさんが死んでしまったらどうする気ですの! 胸部の大きさを考えてくださいですの!」

「す、すまない……かわいくてつい」


 耳と尻尾の毛を逆立てて、クズハちゃんがイグジスタを威嚇する。

 抱きしめられるような形なので今度はクズハちゃんの胸が押し付けられるけど、こっちは慎ましいものだ。


「まったく、アルジェさんがかわいいのは分かりますけど、むしろ分かりますけど、もう少しこう……あるでしょう!?」

「クズハちゃん、ちょっと落ち着きませんか?」


 ちょっと興奮しすぎて語彙力が失われている。あと、四人がかりで引っ付かれるとちょっと暑い。

 軽く押せば、四人のクズハちゃんが離れた。はあ、苦しかった。


 乱暴にされて乱れた髪をかきあげて、気分を整える。もう戦闘は終わりで、説得も済んだ。慌てるようなことはない。


「とりあえず、いろいろと話しましょう。今度こそ、お互いを知りあうために」

「……うん。そうだね」

「ええ。よろしくお願いしますね、イグジスタ」

「こちらこそ、アルジェント」


 差し出した手に触れる感触は、優しくて柔らかい。

 ようやく本当に、お互いを知る時間ができた。

 もしもこの人が姉だというのなら、手間のかかることだ。

 玖音の人間とは違って、ひとりで全然完結していない、寂しがり屋の精霊。


「……? どうかしたのかい?」

「いいえ、なんでもありません」


 けれど、嫌いではない。

 少なくとも僕は、そう思う。

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