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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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失い者の最先端

「だいたい、あなたはなにを見てるんですか!」

「なにを……!?」

「あなたが話してくれたシリルさんは、多少の身内びいきが混ざっていたとしても、僕よりもずっといい人です!」

「は……!?」

「シリルさんは明らかに僕より賢いし、おしとやかだし、他人に気遣いができるし、朝早く起きれるし、お昼寝もあんまりしないでしょう! 僕はそういう人じゃないっていうか、少なくとも毎日三十時間は寝たいと思ってます!」


 途中から若干違う話になってきた気がするけど、とにかくそういうことだ。

 シリル・アーケディアとアルジェント・ヴァンピールが同一人物だなんてとんでもない。それどころか似通っているところなんて殆どない。

 顔の作りは似ているかもしれない。同じようにつるぺたかもしれない。けれど、その程度だ。

 僕は機械に明るくないし、肖像画に描いてあったように誰かに優しく微笑みかけるなんて気が向かないとやらないし、泣きぼくろも無ければ手記を書くような趣味もない。


「ここまで違う人を顔が似ていると言うだけで同一だと考えるなんて、おかしいでしょう……!?」

「で、でも、私は……」

「シリルさんが大切なら、どうして嘘のもので埋め尽くして、なくそうとしてしまうんですか……!」

「っ……!」


 イグジスタの顔が、明らかに歪んだ。

 苦いものを噛んだような、どこかを痛めたような、辛そうな表情だ。


 ……やっぱり、分かっているんじゃないですか。


 本当は、彼女だってどこかで理解しているのだ。

 彼女はシリルさんがどういう人なのか誰よりも分かっている。だってシリルさんに造られて、育てられて、共に生きてきたのだから。

 本当は誰よりも、僕とシリルさんの違いが分かるはず。それなのに、目を背けて、僕が大切な人だと信じようとしている。


「そうして嘘で塗り固めたって、きっとどこかで限界が来ます」

「いいや! そんなことはない! シリルはここに、私の目の前にいるんだ!」

「そうやって本当のシリルさんのことを忘れたら、どこにも彼女がいなくなってしまうんですよ……!」


 想い出は更新されていくものだ。


 古い想い出は大切にはなっても、新しい想い出によって少しずつ遠くなっていく。

 僕が昔のことを夢で見るのと同じだ。懐かしいと感じても今ではないし、アルジェント・ヴァンピールと名乗っているうちに、たまに玖音 銀士という名前を忘れてしまいそうになっている。

 その想い出の更新を、嘘だけで行ってしまったら。

 いつか、本当のシリルさんと紡いだ大切な想い出は、風化して、忘れられてしまう。


 必要とか不必要ではない。そんな意識すらしなくなるのだ。


 それは不要だという烙印よりも、きっと、ずっと重たくて。

 彼女がシリルさんを大切に想っていることが分かるからこそ、やってはいけないことだと思った。


 たとえ目の前の人が嫌がって、子供のように首を振って、聞かないようにしようとしていたとしても。


「わ、私は……シリルを……!」

「イグジスタ、いい加減に――」

「――いい加減に! しなさあああい!!」


 言おうとしたことを、僕よりも先に叫ぶ声があった。

 戦闘の音をかき消すほどの声量で放たれた一喝は、クズハちゃんのもの。

 あまりにも声が大きくてイグジスタの気が逸れたせいか、ゴーレムたちさえも動きを止めた。


 彼女は狐の耳と尻尾を逆立ててゴーレムを見上げ、イグジスタを指差す。

 そういえばクズハちゃんはイグジスタに言いたいことがあると言うので連れてきたのだった。おそらくは今がそのときなのだろう。


「さっきからシリルシリルと、いい加減に耳にタコができますわ! お話の幅が狭すぎます!」

「な、なんだ、いきなり!?」

「いきなり、ではありません! 私の名前はクズハですの!」

「いやそういう意味では……!?」

「そしてあなたはイグジスタさんで、そちらにいるのはアルジェントさんですの!」

「う……!?」

「いい加減に、分かったらどうですの! シリルさんがどんな人だったかは知りませんし、今生きているかも知りません! でも、でもっ……!」


 クズハちゃんは真っ直ぐに、イグジスタを見た。

 違うものではなく、きっとそのままのものだと言うように。

 その真っ直ぐさは、彼女の視線に怯んだような顔をするイグジスタの方が、ずっと子供のように見えるようなものだった。


「アルジェさんを、他人にしないでください……!!」

「う……うるさい! うるさい、うるさい、うるさい……!!」


 赤毛を振り、イグジスタは喚く。金色の杖を振り回して、クズハちゃんを睨みつけた。


「私とシリルの、邪魔をするなぁ!! 潰せ、ゴーレム!!」


 単純な言葉で、機械がそれに従った。

 イグジスタが乗る巨体が、多脚を動かして一気に踏み込んでくる。5メートルを超えるゴーレムの身体は、クズハちゃんへ一瞬で接近した。

 武器ではなく、なにも持っていないままのアーム。潰せという言葉に従って、単純な押し付けが小狐へと落ちた。


「クズハちゃん……!」

「っ……分身!!」


 クズハちゃんの声に応えて、ブシハちゃんが集まってきた。

 回避不能だと判断したらしく、クズハちゃんは三人分の力でゴーレムの腕を受け止める。


「「「ぐ……あっ……!?」」」


 子供とはいえ、獣人の膂力。それを三人分使ってようやく拮抗するほどの質量だ。クズハちゃんたちが明らかに苦しそうに呻いた。


「……クズハちゃん!」

「クズハ様!」

「動くなぁ!!」


 助けに行こうと動いたところを、狙い撃ちのように妨害が来る。リシェルさんの方にもだ。

 クズハちゃんの元に行きたくても、援護をしたくても不可能な流れの中で、僕は彼女の名前を呼んだ。


「くっ……イグジスタ! 止めてください……!」

「だったら、シリル! 君の方こそいい加減に、認めてよ……!! 惑わすのも、惑わされるのも、もううんざりだ!」


 涙のように言葉が落ちて、はじけていく。

 銀色の瞳をうるませて、イグジスタは叫んだ。それは親の帰りを待ち続ける子供のようで、実際にそうだ。

 シリルという親を、大切な人を、彼女はずっと待ち続けていたのだから。


「私はずっとここで待っていた! 守り続けて、探しにも行けずに! 帰ってくると約束して、もう何年も、何年も……!」

「イグジスタ、あなたは……」


 言葉に詰まる。なにを言っていいのか、分からなくなる。

 この大金庫でひとり、ずっと待ち続けた彼女の気持ちが、少しでも分かるから。この大金庫のあちこちに溢れていて、それを見てしまったから。

 今ここで更に否定を重ねることを、僕はためらった。


 自分のことも分からない僕にそこまでする権利があるのかと、思ってしまったのだ。


「いい加減に、帰ってきてくれたって……救われたって、いいだろう!? だって私は――」

「――ふざけるんじゃ、ありませんわよ……!」


 イグジスタが叫ぶ声をかき消して、確かに声が聞こえた。

 それは今にも潰れそうな、クズハちゃんの声だった。

 彼女は今、分身とともにゴーレムの腕を必死に押し返そうとしている。会話なんてする余裕はないだろう。

 それでも彼女はしっかりと上を見上げ、天幕となったゴーレムの手の向こう側にいるイグジスタへと、言葉を紡いだ。


「どれだけ望んでもっ……帰ってこない人、だって、いるんですのよ……!!」


 クズハちゃんが辛そうな声で話すのは、攻撃を防いでいるせいだけではないだろう。

 彼女だって、イグジスタと同じなのだ。母親の帰りを待って、ただひたすらに言いつけを守っていた。

 年月の差はあるだろう。生い立ちだって違う。種族だって違う。

 それでも、クズハちゃんはイグジスタの中に、自分に近いものを感じたのだろう。だからこうして僕たちについてきて、今、一歩も退くことなく言葉を紡いでいる。


「しつこいぞ、少女! 君の力じゃ、私とシリルのゴーレムには届かない! もう諦めて……潰れてしまえ!!」

「だったら……どうしたっていうんですの!」

「な……!?」

「届かないっ、から……諦めるんですの!? そんなのは……そんなの、はっ……もう、嫌なんですの……!!」

「君は……どうして、そこまで……!?」

「あなたと同じ、でぇ……諦めたことを、後悔しているからっ……ですわ!!」


 ぎりり、と歯噛みする音がここまで聞こえる。狐の牙を隠すことなく晒して、クズハちゃんが吠えた。


「ぐ、ぅぅ……あ、あそこで諦めなければ、もっと、ぐっ……考えて、いればって……あのとき、止めていたらって……! たくさん、たく、さんっ……考えますわっ……! あなただって、そう、でしょうっ……!?」

「そ、れは……」

「それでもっ……いなくなった人は、戻ってこないんですのっ……!」

「あ、ううっ……!」

「寂しさを、誰かと寄り添って、埋めることはできますっ……けれど!! 誰かが誰かの代わりになることは……ぜったいに……ぜったい、にぃ……できないんですの!!!」


 きっとこれは、クズハちゃんだから言えるのだろう。


 子供で、真っ直ぐで、けれど悲しいことをきちんと乗り越えた彼女だから。


 母親の死というつらさで、今も傷んで、それでも笑っている彼女だからこそ。


 だから、僕はもうなにも言わなかった。口を挟む権利すら無いと思った。

 僕とイグジスタの話よりも先に、きっと今のイグジスタに必要な言葉を、クズハちゃんが持っているはずだから。


「アルジェさんは、誰かの代わりじゃないっ……あなたにとっての、シリル、さんっ……それと、同じで……私にとって……たい、せつな……お友達、なんですのっ……!!」

「それは……だって……!」

「いい加減に、甘えるのは……止めなさい!!」

「っ、これは……!?」


 リシェルさんの驚く声が響く。僕の方も、おそらく同じことで驚いていた。

 分身を使えば、彼女の尾の数は減っていく。そして彼女は三叉で、分身を出せる数はふたつ。

 それが今、分身をふたつ使っているクズハちゃんの尻尾が、増えている。


 いつの間にか、ではない。クズハちゃんの気持ちに応えるように、生えてきたのだ。


「足りないなら、これでどうですの……!? 尾獣分身、『金糸梅(きんしばい)』!!」


 言葉が響き、四人目のクズハちゃんが現れた。

 当然、分身が増えれば押し返す力が増す。ギリギリのところで保たれていたパワーバランスが、クズハちゃんに傾いた。


「くっ……おおっ……!?」

「もう、私の大切な人は……奪わせません!!」


 四人分の拒絶が、巨体を押し返す。

 距離が離れた瞬間に、クズハちゃんたちが更に動いた。空中に手をかざし、それぞれが魔力を集中させていくのだ。


 四匹の獣が行う一糸乱れぬ動き。分身だからこそできる完璧に統制の取れた動きは、ゴーレムたちにも負けていないほど秩序だっていた。


「「「「その歪みを、断ちなさい! 『四重禍鼬(しじゅうまがいたち)』!!!」」」」


 そして、言葉と魔法が開放された。

 かつて僕に向けられたものを超える威力の風魔法が、四連射ではなく四重で飛んだ。

 同時展開された風による斬撃が、巨大な鋼を引き裂いていく。

 おそらくは計算に入れていたのだろう。イグジスタには一切傷をつけることなく、クズハちゃんはゴーレムを完全に破壊した。


「これが私の……今の! 全力ですの!」

「……イグジスタが落ちるのを計算に入れていれば完璧でしたね」

「……あ」


 さすがにそこまでは考えていなかったらしいので、助けるために全力の速度を使った。

 イグジスタの戦意が無くなったのか、ゴーレムたちはすべて、その動きを止めていた。


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