約束の行き先
「……ご馳走様でした。大変美味しゅうございました」
目の前にあるのは、ここ数日ですっかり見慣れた景色。
リシェルさんが大量の食事を片付けて、優雅にお辞儀をする様子だ。
全員で一晩眠り、朝食も頂いた。あとは昨日予定したとおり、イグジスタを説得して出ていくだけとなった。
もはや恒例となった景色に、フェルノートさんがげんなりした声をこぼす。
「旅を再開するのが怖くなるわね……食事量的に」
「食材調達、頑張らないといけませんわね……」
「ありがとうクズハちゃん。海に出れば釣りもできるから、少しは楽になると思うよ」
「……それ、全く釣れない日はどうするんですか?」
「アルジェさん、恐ろしいことを言うのは止めましょう!?」
一応最悪も想定しておいたほうがいいと思ったのだけど、クズハちゃんに怒られてしまった。彼女もリシェルさんほどではないにしろよく食べるので、食糧事情は深刻だ。
海に出る前に、一度どこかで食料を確保できるといいのだけど。
とはいえ、今はやるべきことに集中しよう。
イグジスタに、僕がシリルさんではないと分かってもらう。今までまったく話を聞いてくれなかったので簡単ではないだろう。
フェルノートさんが懸念するように、相手が僕を無理やりに拘束してくるようなら戦闘もあり得る。
でも、だからといってシリルさんの代わりになる気はない。
僕は、アルジェント・ヴァンピールだ。それを否定したくはない。
そしてシリルさんのことも、イグジスタのことも、捨てていこうとは思えない。
勘違いとはいえあれだけ慕われたし、僕とシリルさんは違う人だけど、完全に無関係でもない。シリルノートさんとも約束してしまった。
「では、行きましょうか」
料理が片付いた食器を眺めながら、僕はみんなにそう声をかけた。
全員が僕の言葉に頷いて、それぞれが準備を整える。
フェルノートさんはいつでも抜けるように剣を吊る位置を確かめているし、ゼノくんも服装を正した。
クズハちゃんは自分の毛並みを確認するように尻尾を撫でて、リシェルさんはというと――
「――あ、ご飯粒が残っていました」
「まだ食べてるんですか」
「問題ありません。腹八分目、というところです」
「……あの、あれなんて言ってるんですの?」
「腹八分目、じゃないかしら」
今度は正解だったので、なにも言わなかった。
若干脱力しつつもドアに手をかけ、扉を開く。
廊下に出た瞬間に目に入ってきたのは、ゴーレムたち。
まるで道を塞ぐかのように、機械の体を横に並べて、彼らはそこにいた。
「……これは、どういうことですの?」
「お迎え、ということじゃないですか?」
「迎えにしては物々しいわね」
フェルノートさんが呟いた瞬間に、ゴーレムたちが動いた。
二本指のアームを、僕へと伸ばしてきたのだ。それも、明らかに捕縛を目的とした動きで。
「っ……!?」
反射的な動きで伸びてきた腕を回避する。見た目以上にあの腕は伸びるらしい。
「アルジェ!」
「鎌鼬!!」
更に僕へと迫った大量のアームが、斬撃と風によって引き裂かれる。
クズハちゃんとフェルノートさんが、守ってくれたのだ。
「思ったより早く気付いたわね……!?」
「どこかで話を聞いてたのかもしれませんね」
僕の血の契約のように、離れていてもゴーレムに命令できる能力があるようだし、そもそもここはイグジスタの管理する領域だ。盗聴じみたことができても、不思議ではない。
できれば昨日のようにイグジスタのところまですんなり行きたかったのだけど……。
「あのう、ここで素直に捕まれば、イグジスタさんと会えるのではありませんの?」
「それだと、安全が保証されるのはアルジェだけよ」
フェルノートさんの言うとおり、イグジスタにとって大切なのは僕だ。正確には、シリル・アーケディアという、彼女の大切な人。
そしてフェルノートさんの言葉を肯定するかのように、ゴーレムの群れが動いた。
切り落とされた腕の変わりというように、別の腕が現れる。どうやらボディに格納されている腕は二本だけではようだ。
伸びるというよりは生えるように現れた腕の先には、二本指のマジックハンドではなく、武器が装着されていた。
剣、槍、斧。鎌や槌を備えたものもいる。
まるで見本市のように並んだ武器の群れ。獰猛な輝きが通路を照らした。
「防衛用の装備か……!!」
「話も通じそうにないし、やっぱり素直に捕まるってのは無理そうね」
「っ……アルジェさん! 行きましょう!」
「ええ、分かりました。リシェルさん、迎撃しながら上へ行きます。大丈夫ですか?」
「お任せください、アルジェ様」
「クズハ、アルジェとリシェルのこと、任せたわよ」
「ええ、きちんとお守りいたしますわ!!」
全員が戦闘態勢に入り、なだれ込んできた攻撃に対処する。
クズハちゃんは即座に分身をすませ、魔法を放ち始めた。
フェルノートさんはゼノくんを連れて、ゴーレムたちを突破するために前へ出た。
僕の方も、ブラッドボックスから武器を取り出す。
先日契約した刀の魔具、『夢の睡憐』。実態のないものを切断できるという能力もあるけど、普通の刀としても、十分な業物だ。
「ふっ……!」
ゴーレムは生物ではなく機械だ。なので、遠慮はしなかった。
僕にだけは気を使っているらしく、こちらには武器が向けられてこない。来るのは生け捕りにしようとするアームだけ。
それらの攻撃を速度任せに回避して、手近なものから切り刻んでいく。全体を見るために、とりあえずは前には出なかった。
「それでは、皆様の援護をさせていただきます」
フェルノートさんたちが前に出る中で、リシェルさんだけは一歩を引いた。
おそらくそこが、彼女にとって一番いい位置なのだろう。
そしてリシェルさんがゆっくりと手を広げた。天上ではなく、天井へと手のひらを突き出す。
リシェルさんがなにをしようとしているのかは分かる。それはもう、先日に見たことだからだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! ここで喚ぶ気ですの!?」
リシェルさんの動きに気づいたクズハちゃんが慌てて静止する声が通路に響くけれど、その言葉は通じなかった。使っている言語が違うから、届かなかった。
そして、凛とした声が響いた。
「流れ落ちませ、天の華。『落華流彗』」
紡がれた言葉に応えるように、蒼い流星が落ちてきた。
大丈夫なのかと心配したのはほんの一瞬。天井を乱暴にぶち抜いて、リシェルさんの弓はその姿を表した。
瓦礫が星屑のように舞い落ちる中で、彼女はゆっくりと敵を見据える。既に弓弦は引き絞られて、魔力の矢はその姿を現していた。
「願いませ」
謳い上げるような言葉とともに、光が駆けた。
放たれた弓矢は正確にゴーレムを射抜き、止まらない。貫通撃が後続の機械人形を巻き込んで、行く。
「……あら? これでは効果が薄いようですね」
リシェルさんが耳を動かして、きょとんとした顔をした。
ゴーレムたちは確かに身体に風穴とも言うべき損傷を負わされた。しかし、それがどうしたというように殺到を止めなかった。
それは無茶苦茶な動きではあるけれど、確かに、彼女の攻撃はゴーレムにとって痛手になったとは言い難かった。
……機械だからですね。
致命的な損傷ではないのだ。だからゴーレムたちが止まらない。
戦闘前提のものだから頑丈だし、少しの損傷であれば問題ないように造られているのだろう。
「っ……リシェルさん!」
呆けたような顔をしているリシェルさんを、クズハちゃんの分身が掻っ攫う。一拍遅れて、武器の群れが叩き込まれた。
本体のクズハちゃんと僕も、攻撃に押されて下がる。
物量任せに押し込められるように、部屋の前まで戻された。
「……後がなくなりましたか」
「もうフェルノートさんとゼノさんは行きましたわ! 私の全力で、まとめて破壊しますの!」
確かにクズハちゃんとブシハちゃんが行う魔法の同時展開なら、効果はあるだろう。
貫通という点の攻撃ではなく、風か炎による完全な破壊であれば、ゴーレムを止められるはずだ。
援護のための魔法を放とうとしたところで、動く気配があった。
隣りにいるリシェルさんが、もう一度弓を引いていたのだ。
「ただ射るだけでは不足であれば、更に願いましょう」
「っ……!?」
再び持ち主の魔力を喰って現れた光の矢は、金ではなく紫だった。
ばちばちと爆ぜるような音を立てて、光が揺らめく。
光と同じ色の瞳を細めて、リシェルさんが微笑む。
「運びませ」
祝詞のようにどこか荘厳な言葉が響き、光が開放された。
放たれた弓矢は真っ直ぐに飛ぶのではなく、拡散した。空中で光がしぶくように広がった矢は、それぞれが揺らめくような動きでゴーレムたちを襲った。
無数の光に貫かれ、ゴーレムたちに穴が開く。穿たれた穴からばちりと火花が散り、やがて決壊した。
内部から爆発して、粉々に砕け散ったのだ。
「あら……もしかして、電気には弱いのでしょうか?」
「雷の魔法ですの……!?」
リシェルさんの気軽な言葉とは対照的に、クズハちゃんが驚きの声を上げた。
なるほど、雷系の魔法なら、今の現象は理解できる。
単純に威力で貫いただけでなく、内部から電気で焼いたのだろう。
どういった技術が使われているのか正確には分からないけれど、ゴーレムたちに使われているのは明らかに精密な機械技術だ。高圧力の電気に晒されれば、破損するのは当然だ。
「リシェルさん、その弓、魔法を撃ち出すこともできるんですか?」
「はい。所有者の魔法の威力と射程を上昇させるのが、二つ目の権能になります。……まだ来るようですが、どういたしましょう?」
「リシェルさんは今のを続けてください。クズハちゃん、撃つなら火の魔法でお願いします」
「承りました、アルジェ様」
「承知いたしましたわ!」
効果的な雷の魔法。それと同じように機械の弱点となるのは熱だ。そう判断して、ふたりに指示を出す。
焦げ臭さを突っ切るように、僕は駆け出した。
あのわからず屋のもとに行って、約束を果たすために。




