吸血姫は諦めない
「ああ、損害ね。損害だわ」
我ながら、手ひどくやられた。
肉体や魔力の損失は大したことはない。むしろ身体の方は、傷のひとつもないくらいだ。
深刻な被害を受けたのは、各地で『素材』を集めて造った私のお手製の魔物たち。
どれも比較的理性が残っていて、私の言うことをよく聞いてくれる子たちだったので重宝していたのだけど、今回の件でほとんど失ってしまった。
「あなたが残っていただけでも、よしとするべきかしら。バンダースナッチ」
名前を呼ぶと、バンダースナッチは犬のようなふたつの頭を振って嬉しそうにする。ふふ、可愛い子ね。
ふかふかの毛並みを撫でることを慰めにして、私はバンダースナッチに腰掛ける。
そろそろ日が登ってしまうから、適当な日陰で休むとしましょう。
「ふふふ、楽しかったわぁ」
切り裂かれた衣服を撫でる。お気に入りのドレスを破かれ、目的のものを手に入れることはできなかったけど、お互いの認知と、吸血はできた。
もちろん、本当を言うと抵抗を許さずに私のものにしたかったのだけれど、予想外の出来事が重なってしまったのだから、仕方ない。
予想外の強さ、予想外の救援、予想外の隠し玉。そして――
「――予想外に、成長したかしら」
あまりにも無垢な心を持っていたせいか、ついつい構いすぎてしまったかもしれない。
そうした予想外が重なって、目論見を完全に果たすことはできなかった。それは本当に残念。でも、面白くもなった。
「無垢な女の子も素敵だけど、自分の魅力を自覚した女の子もとってもとっても素敵だものね」
唇の端を舐めれば、まだうっすらと血液の甘さを感じられる。
ほんの少し血液を舐めただけでも、今までに感じたことがないほど密度の濃い魔力の味が口の中を満たす。ますます欲しくなってしまった。
アルジェント・ヴァンピール。あの銀色は、必ず私が手に入れる。
「私という理不尽を見てなお、抗おうとするなんて、とても美しいものね」
世の中は理不尽にまみれている。
どれだけ尽くしても、望んでも、手を伸ばしても、それが叶わないときはある。そして弱いものは、理不尽に押しつぶされる。
それはひどくひどく、当たり前のこと。異を唱えるのは、弱者の遠吠えにすぎない。
けれど、その理不尽に抗うだけの強さを持っているものもいる。
理不尽に遭遇してなお、立ち向かって、噛み付いて、たとえ勝てなくてもなにかを得るものが。
そういうものが、私は好きだ。
「……私も、あのとき……いえ、いいえ。今更ね」
過ぎ去った時間が戻らないのもまた、当たり前のこと。
言葉にしたところで意味がないものを飲み込んで、私はバンダースナッチに身体を預けた。
双の頭と尻尾を嬉しそうに振るって、バンダースナッチが大地を蹴る。
清々しく冷たい夜風は段々とぬくもりを持ち、忌々しく温かい朝の訪れの前触れを感じさせた。
「まずはしっかりと魔力を回復させて、服を着替えて……それから、また準備のやり直しね」
すぐに再開を望むほど、自分の力に自惚れてはいない。
完璧であるためには、相応の努力や準備が必要なのだ。
厄介な魔具のこともある。今度はもっと入念に、破られないようにしなければ。
「ああ……」
口元に手を添えれてみれば、唾液で濡れた唇の形は、笑みだった。
……笑っているのね、私。
声を出すのではなく、ただ、笑っている。
その事実に満足して、私はバンダースナッチの毛皮に埋もれた。
「少し眠るわ。バンダースナッチ、日陰までよろしくね」
睡眠は魔力の回復にいい。
どうせ日が出ている間はろくに動けないのだから、お昼寝にするとしましょう。
獣の匂いと浅い揺れを感じながら、瞳を閉じる。
夢を見ないよう、深く意識を沈めるつもりで、私は眠りに入っていった。




