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純血のかぐや姫  作者: 瑞希
色欲が国 ~マルトゥラ~
28/29

〈ロッソ・カルディナーレ〉

部屋のなかへ入ると……、そこには目も眩むほど美しい美女が…!


「……。」


と言う程ではなく、普通に、美人だなと思う女性が居た。…こう言っては失礼なのだろうけど、魅了されるとは思えない。


けれど私はすぐ、理解することになった。その美しさとは、見た目を現して居たのではなかった。


「─初めまして嫉妬が王よ。

 私は、このオリエントのボス…ロッソ・カルディナーレ。─

 貴方の名を、お訊きしても?」


美しいさとは…、その声だった。まるでカナリアのような。いやカナリアの鳴き声を聴いたことはないのだけれど。

…けれど、きっとこういうことを言うのだ。か細く、それでいて凛と張った、澄んだ、歌のような声。


…これは魅了されるわけだわ。容姿でないのだからこそ、余計に。男女、権力、武力、関係なく。

その美しい声だけで、微笑む姿さえ何よりも尊いものに見える。


「…」


落ち着け。私が魅了されてどうする。


さぁ、笑っておこう。笑うことは最大の自己防衛だわ。


「初めまして、カルディナーレさん。

 私は皇凪かんなぎ カグヤ。カグヤと呼んでください。」


頭は下げぬよう気を付け、笑みだけ浮かべた。王なのだから、礼は尽くせど卑下はしない。


「ええ、カグヤ様。

 ようこそ我が国においでくださいました。心より歓迎申し上げますわ。」


…なんとなーく、弥扇の親戚の人と同じ感じがした。それってまあ要するに含みのある言い方ってこと。


「嫉妬が国では、回復魔法を不要とする医療が発達しているそうですね。他にも食や文化…、とても興味深いです。

 カグヤ様のお好きな料理は?

 私は魚料理が好きで、よく御出しするのですが…」


よく下調べしている。私が魚料理が好きと見越して、親近感を沸かせるために言ってる感じ。

それそのものに嫌悪感はない。正しく適切な礼儀。


「ええ、魚料理は私も好きです。特に白身が好きで…、焼いても煮ても美味しいですね。」


何だか最近、声の色を見ずとも人の考えが解るようになってきた。昔ほどではないし曖昧だけれど。


「良かった。」


でも変ね。


私が色欲が国に来ることは知ってたとしても、私がここへ来ると決めたのは数時間前。その時間だけで鎖国している我が国を調べるのは不可能。

それなら


「ええ、本当に。理解のある方で私も驚きました。」


私がここへ来る可能性を知っていたのでしょう?

即ち

彼女はオヴェストの事を知っているのでしょう。


「では、今晩は白身魚の御料理を。

 嫉妬が国では高貴な方は一人で食事をされるのですよね?

 その様に御用意しておきます。」


カルディナーレさんの言葉に、私の目は一瞬迷った。でもすぐ笑みを浮かべる。

一人で食べるのって、文化だったのね。まあいいや。


「…何か不都合でも?」


あら、カルディナーレさんも聡い。それだけ気遣ってくれてるのは間違いないのね。


聞いてくれるというのなら、言うだけ言ってみよう。


「出来ることなら、皆さんで食べたいです。一緒に食べた方が美味しいでしょう?」


信用出来るとか出来ないは無関係に、全部喋っていたい。


「え…。そ、れは…」


やってしまった。カルディナーレさんの戸惑う顔を見て、わりと簡単に後悔した。


喋ると、相手を困らせることもあることを忘れていた。嘘は決して悪ではないことを忘れていた。


「すみません。忘れてください。」


けれどカルディナーレさんは一つの瞬きで、また笑みを浮かべる。


「ご心配無用です。

 ところで、貴方付きの護衛を用意しました。入りなさい。」


その声の通り開いた声に、反射的に魔方陣を頭で描いた。けど発動は止めておいた。


さっきジゼラさんと一緒に居た…、オメロさんだ。


「オメロ。挨拶はどうしたのです。」


カルディナーレさんが冷たくオメロさんを睨み付ける。


「オメロ。」


主であるはずの彼女にそうされても尚、かつて誰にも示されたことのない眼で、彼は私を見つめる。

というか、睨む。無遠慮に。

…ああ、いや全然初めてではなかったけど。そうひとしが…。ええ、こういう眼だった。


良かった。まだちゃんとすぐに思い出せた。


「始めまして、オメロさん。

 私は皇凪かんなぎカグヤです。カグヤと呼んでください。」


そうやっぱりお辞儀は出来ず微笑みかけた。

私のお辞儀ひとつで、私を見送ってくれたあの民達の、その何倍の人も不利になる。そんな風に脅されては、さすがにこの背もシャンとしてしまう。


…とオメロさんは途端に驚いた顔をする。そして私から視線を外し、カルディナーレさんを見た。

どうしたのかと思ってカルディナーレさんを振り向くと、彼女も同様に驚いた顔をしていた。


「…オメロ。」


そう驚いた顔のまま、その凛とした声をあげる。

するとオメロさんは崩れ落ちるように素早く膝を折り、頭を下へ向けた。


「えっ…?」


私がその行動に驚いている間に、カルディナーレさんがこちらへ歩いてくる。


「部下の無礼、命を持って詫びさせます。」


その手には剣が握られていて…?何処から出したんです?

そんなこと考えている場合か…。いや、そう。それほどまでに、身の危険を感じない…。だから、つまり、それは私に向けたものではなく…!


「な…にが無礼だと?」


慌てて、本当に慌てて、オメロさんの前に庇うように立った。大した距離ではなかったから、そこまで不格好ではなかったと思うけれど。

王として僅かな威厳くらいは…。ああっ、動かずとも、魔法で弾けば良かったのかもだけど…。頭が回らなかった!


「…何故、あいだに?」


なぜ?!なんでとな?!


「当たり前でしょう?

 速く仕舞ってください。」


コンマ数秒でも速く!私知ってますよ!それ真刀よね!あっ、ちが、真剣!

勘違いでも何でもなく、オメロさんの首を落とそうしてるよね?!むしろオメロさんが落とされようとしてる?!!


「…かしこまりました……」


あ…、良かった。別に気が狂ったわけではないのね…。


「ああ、なるほど。」


待って何がなるほど??私はまだてんで理解できていないのだけど?


「この者は後で処分しておきますわ。

 申し訳ございません。危うく御身の眼を汚してしまうところでした。

 この無礼、腕一本ほどでお許し願えませんでしょうか。」


そう、カルディナーレさんは剣を持っていた方の腕を差し出した。

腕一本…?許す…?切り落とすということ…?


「何を言っているのですか…?」


待て、待って欲しい。どういうこと理解できない。

怒鳴ってしまわなかった私を褒めてほしい!

その文化、なの?何なの?理解できるわけがない!その腕一本というのは比喩でもなんでもないのでしょう?!


「…重ねて申し訳ございません。では両腕」


「…っ!」


思わず息を呑む。今度は驚きなどではなく、確信めいた怒りで。


「かしこまりました。では足も。」


「黙りなさい。」


私は制するように、手のひらをカルディナーレさんへあげる。

自分でもちょっと驚くような冷静な声が出たものだ。お陰で、脳も少し冷静になれた。


僅かに冷静になった脳が、私のたった一言で静まり返る状況を認識する。

…とはいえ動くなとは言っていないからか、2つの気配がする。


「止めなさい、七志。落ち着いて。

 貴方も、オメロさん。

 私も少し落ち着きたい…」


オメロさんは私へ殺意を向けたし、当然、七志もそんなオメロさんへ殺意を向ける。


いーや!もう!殺伐としすぎ!

出来たら…、緑茶と和菓子をゆっくり嗜んで、この状況を吟味したい……。3日くらい…。


まあとても落ち着けないのだけど…。とりあえず、刃を仕舞ってくれた七志に聞こう。


「七志、これが普通なのですか?」


姿を消して入っていたことについては、何も言わないから。


「貴方の質問の意味が解らない程度には」


「ああ…、よく解りました…」


これ以上ない答え。百点満点あげましょう。


つまり、マフィアとかこの国とかの特有の文化でなく、常識な訳ね。色欲でも強欲でも嫉妬でも変わらない。

どの国も、これほどまで人の命を軽んじているわけ…。


「カルディナーレさん、もう話して良いですよ。」


私とちゃんと、会話をしましょう。肉体言語などでなく。


微笑み、カルディナーレさんの前に立つ。


「さっきのが無礼と言うのなら、私と一つお約束をしましょう。」


「…。」


何だか、的外れな予想を立てられている気がする。この失点をネタに脅すつもりか…みたいなそういう。


本当に的外れなので、とっとと言ってしおう。


「人の命をみだりに奪わぬこと。少なくとも、私の知る範囲では」


マフィアだと言うのなら、まあ、全くしないと言うのはきっと不可能。

私が言うのはそういうことではないし、そこをとやかくは言わない。私の国ではないのだし。


「……命令と言わずよろしいのですか。」


声も表情も、困惑しきっていた。私はそれがとても腹立たしくて、そして哀しくて。


「ええ、約束です。破ったところで別に何もありません。ただ約束してください。」


そう小指を出した。カルディナーレさんも少し眼を泳がせてから、同じ様に出してくれる。


「指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます。指切った。

 はい、これで大丈夫。何もありませんでした。」


そう約束した。

これで貴方は指を切りました。ええ、未だ何が無礼だったか解りませんが、何もありませんでした。


「主、めちゃくちゃ物騒なこと言うじゃん…」


後ろから七志の声が聞こえる。いや、オメロさんのこと殺そうとした人に言われたくない…けど……


「…たぁしかにぃ……」


ゆびきりげんまんって…結構物騒だったわ。忘れてた。


「貴方は血を嫌うのですね…」


カルディナーレさんはそう不思議そうな、呆然とした声で良いながら、とても自然な流れで私の手を包んだ。


「血を嫌うと言うと語弊があるかと…」


弥扇にも、血を穢れという謂れがあったり、嫉妬が国でも近しいようなものがあった。

これら二つと私のものは、多分本質は同じだったけど、上澄みは解離している気がする。


「単純に、永遠にさよならするなんて哀しいですから。」


また会えるのなら、肉体的な死なんて怖くない。本当に魂があってそれと話せるって言うのなら、死なんて大したことないんだ。

けど、それが出来ないから、死は何より哀しい。父と母とのことで、それを体感した。


だから血というより、死というより、そういう永遠が哀しいだけ。それほどまでに重いことを、忘れてはならないと確信してるだけ。


「…悲しい……?」


その声は変わらず美しいままだったけど、さっきまでのように張ったものではなかった。…そう。だから、変わらず…ではなくて。


「そうか…。私は、悲しかったのかもしれない。」


絹のように柔らかな声で、カルディナーレさんは誰ともなく苦笑した。

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