〈嫉妬と色欲の会合〉
わっ!!!!!
と、頭に響くほどの煩い喧騒…
ではなく、嬉しい歓声が、船を出た瞬間に聞こえた。
何日振りの陸地だろう…、陸をこんなに愛しく思うことがあろうとは…!
ああ…船の中は酷かった……。
いや、設備が悪いとかってことは絶対にないんだけど…船酔いが酷い!!!
横になってはダメと言われたけど、なろうがなるまいが酔う!!
ウェップ…まだ頭がガンガンする…
「王サマ」
命さんに促され、私はパッと顔をあげ笑みを浮かべた。
とはいえ、そんな地獄のような航海も終わり、ここは既に陸。
色欲が国…海船商国。
しかも、どうしてか迎えの国民が大勢居る。
多分、物珍しくて見に来たんだろうけど…にたって数が多いよ…。
えええぇ…私本当に王様なの……?
するといきなり歓声が止み、サッと人が二つに別れた。
中央に一本の道が出来…美しい女性と、騎士らしき人達がやってきた。
そして、その騎士っぽい人達が次々と出来た道を整備していき…気付くとレッドカーペットまで完成していた。
私は船の階段をゆっくりと降りる。
品とかそういう話もあるけど、和服?フリソデって言うらしい。
五つ紋っていう蛇のマークがついてる。
王様様に結構豪華にしてるらしく、かなり思い。
ハカマが愛しい……
「ようこそ、嫉妬が国の王。」
よく響く声で、美しい女性は私たちへ声をかけた。
「私はスコルピオーネ。
色欲が国が王の使い魔です。」
!
色欲の使い魔…?!
ラムセスと同じ使い魔って初めてみた…。
王の使い魔って、世界に七人しか居ないんだよね…。
ラムセスはどう思うんだろう。
チラッとラムセスを見てみたけど、表情に変化は見えない。
「さぁ、長旅でお疲れでしょう?
城まで案内致します。」
確か、色欲が国の王様って私と同じ女性なんだよね…
それで双子の弟も居るんだっけ…。
どんな人なんだろう……。
くっ…また船か!!!
お城は、いっそ海かと思うくらいの湖の中にあった。
そこまではゴンドラというほっそーい船で行くそうだ。
あと小さいから、全員一気に乗ったら沈むって。
最初にうちの団長さんや、ラムセス達。
そして次に私とスコルピオーネさんだ。
スコルピオーネさんが船の操縦をしてくれるらしく、私と二人きりだ。
2回目の船で、ちょっとげんなりしてたけど、前が見えるし、船も小さいから全然酔わなかった。
むしろ風が心地よかった。
「時に王よ。
鎖国を解除するつもりというの本当ですか?」
スコルピオーネさんの言葉に、私は軽く目を見張ってから、微笑んだ。
「ええ。
それについても、お話しするつもりです。」
臨さんからは、他にたいして敬語を使うべきでない。って言われたけど、私は考えた末に敬語を使うことにした。
臨さんも、態となら構いませんよって言ってもらえたので。
「…そうですか。
私の言葉は不要のようですね」
スコルピオーネさんは微笑むと、それからは美味しいパスタ屋さんとか、ワインのお店を永遠と教えてくれた。
「………え?」
船の別れ道のなか…私たちの船だけが違う道へ…。
…ああ、いや、でも慌てることはない。
ここは海…水の上だ。
嫉妬が王である私が負けるはずが……
私はジッとスコルピオーネさんを見つめた。
あ、負けるなこれ。
使い魔にはさすがに負けるわ。
ラムセース!!!
「あら、意外と慌てないのね」
いや、結構慌ててますよ。
でもまぁ…
「ここで私を殺すのは、色欲が国にとってマイナスになる部分が多いでしょう…。」
色欲が国は、この七つの国のなかで唯一平和を大々的に謳っている。
海流の関係上、色欲が国が許してくれなければ、国々の貿易は成り立たない。
それを利用して、色欲が国は世界平和を実現させてくれている。
だが、それは一時なのだ。
私はそれをもう少し長らえさせるために…
その為に、私は、最初にこの国を選んだ。
「それは現状の国では…、つまり先王の政策よ」
スコルピオーネさんは、そう低く言い……ニッコリ…と笑った。
確かに、この平和政策は先代の王様…ルチアーノ王からのものだ。
「現王が王になってから、時は経っているでしょう。
今さら…」
「それが、そうも行かないのよ」
船の上…陸地の方から降ってきた声に、私はハッと顔をあげた。
…これは聴かなくても解る。
少しラフなワンピースのような服に、冠を載せる女性。
溢れる気品というのだろうか…
私は船が止まったのを確認して、スコルピオーネさんの手は借りずに陸へ上がった。
「始めまして、色欲が王。
私は嫉妬が王、皇凪 カグヤです。」
私がそう挨拶すると、色欲が王は深くお辞儀をした。
本来ならば王が王に頭を下げるなどしてはならないことだが…
「ご機嫌麗しゅう、嫉妬が王。
私は色欲が王、アンナ=ヴァニア・レ・サヴァトーレ・レイエス。
アンナとお呼びください。
…手荒い真似、大変失礼しました。
事は急を要したため…御許し願えますか」
まあ、今回は誘拐紛いの事をされたので、仕方がない。
ラムセス達が来ないのは、恐らくこの国特有の幻覚魔法の作用だろう。
全く偽物のものは作りにくいが、空の船を流しておけば、そこに人が居る…くらいのものは見せられるらしい。
「はい。許します。
それで、その事というのは?」
恐らく、本当に急を要する…内密の事なのだろう。
何と言っても、王が二人も居るのに護衛役の一人も居ないのだから。
「冷静なのね…。
けれど有り難いわ。
実は―」
「実は、君が狙われてるんだ。
めんどくせぇ事にな。」
現れた姿に、私はさすがに驚いた。
護衛役が?!とか、命が狙われてる?!
とか、そんなことでは全然なく
「そっくりですね……」
アンナさんと、現れた男の人がそっくりだったのだ。
顔はもちろん、声も体型も…。
本当にアンナさんを男性にしたみたい。
まさか…いや、そんな事ってあるの?
それが王様になる確率なんて…。
この二人は、多分、異性一卵性双生児だ。
「ふふっ。ありがとう。」
アンナさんはそう、嬉しそうに笑った。
男の人もすごいどや顔してる。
「ルイス=ヴァニア・レ・サヴァトーレ・レイエス。
ルイスと呼んでくれ。
俺もカグヤと呼ぶ。」
ルイスさんの言葉に頷き、私は次の言葉を待った。
「さて、カグヤ。
君が狙われる理由は、嫉妬が国の鎖国を解こうとして居るからだ。」
「…まあ、話の流れからそうでしょうね」
でも、アンナさんとルイスさんにそれを否定するような様子は見られない。
つまり王位が以外の勢力が…それを否定している。
すると、ルイスさんは近くの石のテーブルに、地図と青と赤の宝石を乗せた。
二つ宝石は地図…色欲が国の南の方。
青は西の方に、赤は東の方に置かれた。
「この国には大きく二つのマフィアがある。
君の国で言うところの極道か。」
まあ、要するに暴力団ということだね。
それとも反政府組織?テロリスト?
ルイスさんは、その青い方を手に取った。
「大きく赤は革命派、青は抵抗派。
抵抗派であるオヴェストは、この国が貿易を商売にして居るのが気に入らないんだ。
むしろ鎖国したいんだけど…
その見本である君がそれをやめようとして居るからね。」
…なるほどね。
確かに、他国と関わらなければ自国は安全。
自国が自給自足を出来るのなら、他国と関わる理由などほぼ皆無。
あるとすれば、大きな災害とか疫病とか干ばつとか。そのくらい。
それさえも心配がないのなら、本当に他国と関わることは害にしかならない。
そう感じても仕方ないだろう。
「……そのマフィアは、お二人の力を持ってしても抑制はできないのでしょうか。」
私の言葉に、二人は苦そうな顔をした。
思い描いた通りの答えが期待できそうだ。
「ごめんなさいカグヤ。
…二つのマフィアは建国の時から、ずっとこの国と共にしてきたの……。
私達も多大な恩があるし…役割もある。
国民からの信頼も…政府などよりずっとあるわ……。」
アンナさんの心底困った顔に、心の中で私は
満面の笑みを浮かべた。
もしも現実でこの顔を見せてしまったら、さぞ恐ろしく思えることだろう。
場違いにもほどがある。
しかし、王としては間違っていないだろう。きっとね?
そうして私はアンナさんのように困ったような、それでいて心配するよう顔を浮かべる。
「よろしければ…私もお手伝いしましょうか?」
「…正気か?
君は命を狙われてるんだぞ」
ルイスさんの訝しげな顔に、私は気丈な笑みを浮かべる。
「だからこそです。
内部から解決の糸口を見つけられるかもしれません…!」
目的はそれではないけれどね。
恩を売って、こちらの要望を叶えてもらうのだ。
すぐには叶えて貰えなくても、こちらに対して恩義を感じていれば…円滑に行えるだろう。
「…それはとてもありがたいわ。
マフィアを潰すことは避けたいから……」
アンナさんは少し考える仕草を見せてから、堂々とした笑みを浮かべた。
「では、この件が解決できた暁には、貴方の外交の内容を了承しましょう!」
「まだ話してもいないのに…良いのですか?」
あまりにも円滑に運びすぎて…逆に不安になる。
「それほどまでに重要で、尚且つ急を要するの。
革命派の方…オリエントはこちらに友好的な筈。
そちらと行動を共にし、オヴェストの現状を探ってください」
おっと……いきなり話が進みすぎだね。
…これは、こちらの方が手の上で転がされていたかな?
私はスッ…と包み隠さぬ笑みを浮かべた。
「はい。
お互いに頑張りましょう…」




