〈色欲が国へ〉
「アントニオ、ヴェレーリオ
どうか…驚かないで聞いてくれ。」
いつもは明るく感じるこの一室が、とてもとても暗いのは…。
きっと、灯りが消えているからだけではないのだろう。
「ドンが旅立たれたそうだ。」
男の言葉を、二人は予想はしていた。
していたが……それでも、信じられない…信じたくなどない。
アントニオはその場に崩れ落ちた。
それでも、それが紛れもない事実だと、やけに納得できていたのだ。
「これが…ドンの残した手紙だ」
男は泣き腫らした目で二人を見つめながら、手紙を差し出した。
ヴェレーリオは屈んで、アントニオの肩を抱きながら、手紙に目を通した。
そこには女のとこに行ってくる。とだけ書かれたドンの直筆の手紙があった。
実にドンらしい…。
きっとこの女というのは、ドンの唯一の妻であったユリアさんの事なのだろう…。
「…それともう一つ二つ
ドンは遺言を残していたそうだ。」
男の言葉に、アントニオとヴェレーリオはパッと顔をあげた。
いつまでも悲しみに溺れてはいられない。
すぐにでも海面へ手を伸ばし、またこの船を…みんなが乗っている船を守らねばならないのだ。
その為に二人は、男の言葉を一語一句逃さず聞く。
「ひとつ、オレ…つまりドンの遺言をよく聞くこと。
ひとつ、これからはアントニオとヴェレーリオの二人がここを守ること。他のやつらと協力してな。
そして…」
男は少し言いにくそうに顔を伏せた。
……が、二人を不安にさせぬためにも、やがて意を決して口を開く。
「国を守るため、嫉妬が王を殺すこと」
ゴォォォォォォォオオオオオ
眼前に迫る、いくつもの渦潮を私は船の先端で見つめていた。
渦潮があるのを解っていても、船はそれを避けようと旋回しようとはしない。
何故なら、いくら旋回したところで、この国ごと渦潮に囲まれているから。
このあまりに強い渦潮によって、かなり離れたここでも…そしてその上空でさえ突風が吹いている。
だが慌てることない。
これは攻撃でもなんでもなく…むしろ我が国の鎖国を設立させる壁なのだから。
そう。こんな凄い渦潮も…、私の魔力によって出来ているらしい。
全く自覚ないんだけど…、実感もわかないし…。
「そろそろ始めてくれ」
ラムセスの声に私は前を見たまま頷き、深く息を吐いて…
また深く息を吸った
「―第二の術式 嫉妬が紋章を持つ輝夜の名において命ずる―」
私がそう唱え、15の反転術式を展開すると、周囲からふわりと瞬く光が溢れ…、それらが15の反転術式を形作る。
淡く藍色に瞬く15の反転術式は、幾重にも重なりながら渦潮を囲っていく…。
禍々しくも…、美しい光景だ。
ひとつの渦潮につき、三つの重力魔法を用いている。
そのうち五つを解除するので、3の5通りで15の反転術式だ。
すると、目の前の渦潮だけが穏やかになり…やがて鎮まっていった。
さながら、私はモーセさんだろうか。
もっとも私は船に乗ってるから、海を割る訳じゃないけど。
「流石だ。」
ラムセスに褒められて、ちょっと照れた。
気恥ずかしさ3割、残り7割は嬉しくてスキップしそうになりながら、船の後ろへ移動し始めた。
「主ってホントに王様だったんだなぁ…」
後ろを着いてくる七志の言葉に、私は深く頷いて
「ホントにねぇ」
と、全力で同意した。
確かに執務とかはいつもやってたから、政治的感じではそれなりに実感もあったけど…こういう力と言う部分では殆どなかった。
今、私達は海を越え、色欲が国に向かっている。
色欲が国と言うのはちょっとあれなので、海船商国と呼んだ方が良い。
まあ、色欲が国の方が呼びやすいけど…。
名は体を表すと申しまして、我が嫉妬が国と同じく海に囲まれた島国で、世界一小さい国でありながら…“海”流を利用した“船”の行き交いにより、“商”売で成功を納めている国だ。
色んな人や物が行き交っていて、とても賑やからしい。
さて、とりあえず説明はこんなところだろうか。
船の尻尾についた私は元々渦があったところに向かって、再び呪文を唱えた。
今度は反転ではなく、普通の術式だ。
渦潮が出来たのを確認して、私は踵を返す。
人が多く行き交うマルトゥラとは違い、我が国は鎖国国家だ。
あの渦も、誰も通さぬためのもの…。
そのうち鎖国も解いてしまいたい。っていうのは、もう色んな人に言ってる。
大臣とか、元老院とか、そういう人たちにね。
まあ、まずは外交から。
「かぐや様が王なのは当たり前です。
さぁ、かぐや様
そろそろ船内へ戻りましょう。」
アドリアナはそう言いながら、船内へ続く扉を示した。
いつの間にかちゃんとした人になっちゃったね、アドリアナ。
突っ込みが少なすぎるせいかな?
「ああっ!かぐや様!
お髪が乱れ…、ああっ、潮風のせいで濡れて…!
待ってください、今、炎を出して乾かします!」
ああああ!!!
突っ込みなんて言ったから怒ったの?!
乾く前に私が焦げちゃうよ!!!
「だ、だだ、大丈夫ですから。
さぁ、船内へ戻りましょう。」
すぐ戻ろう。今戻ろう。
船内に入ると嫉妬が国だと珍しい、大柄な男の人が居た。
「御初に御目に掛かります。
私、日凪国騎士団団長、錻 シンゲンです。
此度は、色欲が国までの護衛を仰せつかりました。」
あー、なんか敬語苦手そうだな。この人。と、一発で見て解った。
多分、普段はガッハッハッと笑いタイプの人だ。
着物の盛装も、すごく居心地が悪そう…。
「はい。シンゲンさん。
短い旅ではないと思うので、どうぞ緊急時以外は楽にしていてください。」
苦笑いにならないように堪えながら、私はシンゲンに向かってそういった。
すると、シンゲンさんはあからさまに嬉しそうな顔をして
「本当か?!
あっ…いえ、その様なわけには。」
ちょっと吹き出しそうになった。
なんか大きな犬みたい。柴犬かな。
「私も緊張してしまいますから」
どうか。と微笑み、私は船内の奥へ進んだ。
一番奥が私の部屋らしい。
しばらくはこの船で暮らすことになるんだから、あんまり張り詰めていたら、多分気が滅入る。
語学とか文化の勉強をしながら、何とか過ごそう…。
…船酔いとかしないよね…?
……うぇっぷ




