〈知りたい〉
「それよりも問題なのは…」
彼をどう呼んだら良いのか解らない!のと、
「ぐ…ぐぅぅうう」
目の前に頃合いの頭があると言うのに、そこに自分の頭を乗せられないことだ!
ああ…!
セーラと巡り会いさえしなければ、きっとこんな苦しい思いはしなかった…!
セーラと出会いさえしなければぁぁぁあ
「姉さん、どれだけその行為に依存しておるのじゃ」
まるで、どこかの薬の禁断症状のようになっている自覚はあります!
「ダメって言われると余計にぃぃいい」
と、言いつつ溜め息をつけば禁断症状も何処かへ行ってしまうんだけど。
でも、どこか淋しい。
やっぱり人間、触れ合うことが大事だよ。
肉体的にも、精神的にもさ…誰かとギューッて抱き合いたい気分だよ。
王様だって人間だよ。
当たり前じゃん。
「…ふん。
あやつの言い付けなど守らなければ良いのじゃ。
ヘナチョコ愚鈍め。」
…うどん?…饂飩。
うどんはやっぱコシが命だよね…うん。
そんな禁断症状に耐えられなくなってきた、ある朝。
私は今日の予定を淡々と教えてくれている彼の腕をガッと掴んで
「貴方のことを何て呼んだら良いか解りません!」
と、叫んだ。
頭に顎のせをやって良いか聞こうにも、まず目の前にいる貴方をなんと呼んだら良いか解らないのだ。
名前がないって本当に不便だよ~?!
彼はあからさまに目を見開き、驚いた様子だったけど、直ぐに元に戻り、
「…何度も言うが、貴方の好きに呼べば良い。」
そう言った。
言ったね?!言質取ったよ!
「じゃあ、ラムセス!
もう、誰が何と言おうとラムセスと呼びますからね!」
もうこんな面倒くさいのは二度と御免だ!
ラムセスったら、ラムセス!はい、決定!
すると、ラムセスはやっぱり驚いた顔をした。
「…今更やっぱりヤダとかなしですよ?」
…ま、まあ……そんなに嫌だって言うのなら、別の名前を考えない訳じゃないけど…。
でも、藍蛇だけは絶対ヤダからね!
「い…、いや……。
……貴方は、何故ラムセスと付けたんだ?」
おお。
ラムセスから質問されるなんて初めてじゃないだろか?!
違ったかな!?
でも、早々ないことだ。
「昔読んだ本の、登場人物の名前です!
とても優しい人なんですよ。」
そう微笑むと、僅かにラムセスの表情が曇った気がした。
「昔読んだ本…?
…そうか。そうか。
登場人物…、なるほどな。
その登場人物と俺とではかけ離れているだろうな。何もかも。」
「ラムセス…?」
様子のおかしいラムセスに、思わず声をかけると、ギロッと睨まれた気がした。
何…?
どうして…、何でそんな恐い顔をするの…?
後ろへ後退ると、トンと壁…ではなく誰かにぶつかった。
顔だけ振り替えると、そこにはセーラが居た。
「姉さんが恐がっておる。
さっさとその顔を引っ込めんか。」
セーラは私の顔は見ずに、ラムセスだけをジッと睨むように見ていた。
「それを見越してここに来たんだろう。
本当に恐いのはどっちだ。
本当に酷いのはどっちだ。
なぁ、“セーラ”」
ラムセスは、私に向けたものなんかよりもっと強く、セーラを睨み付けた。
まるで…、そう、最初に二人が出会ったときのよう…。
思わずセーラを庇おうとしたけど、それより先にセーラが叫んだ。
「お主に何が解る!!!!
自分の気持ちもろくに知ろうともしない愚か者が!
妾の、妾のこの想いは妾だけのものじゃ!!
姉さんは妾の姉さんじゃ!!!
だから姉さんを陥れたお前が大嫌いじゃ
姉さんを傷つけるお前が大嫌いじゃ!
姉さんを泣かせるお前が嫌いじゃ!!!
……姉さんを笑わせるお前が嫌いじゃ…………」
「セーラ………?」
セーラの瞳には、いつの間にかいっぱいの涙が溜まっていた。
今にも溢れそうな涙を、溢さないよう、目を見開いて叫んでいた。
「そんなことにも気づかずに、知ろうともせずに、いつまでも過去にすがり付いて子供のように喚いておるのは何処のどいつじゃ!
妾でも姉さんでも…ましてや“彼”でもない。
お前自身じゃ。
お前はいつまで、何を迷っておる。
そんなものを考える暇があるのなら、其方の想いを知れ!!!
さもなくば妾が許さん。
妾はお前のこと大嫌いじゃ!!!!」
セーラはそう吐き捨てて、何処かへ行ってしまった。
追い掛けようかとも思ったけど、私はラムセスに向き直った。
「ラムセス。
…………もしも貴方の心に触れられたなら…」
前の私…神夜のように、貴方の声の色が見えていたなら
「貴方の気持ちを解ってあげられる。
…けど」
今の私…輝夜じゃ、貴方の声の色は見えない。
貴方の心に触れることは
「出来ないから……。
だから、言葉で伝えて欲しいです。
貴方が、何を、どう思っているのか…。
私もなるべく伝えるようにします。
貴方の目を見て、ちゃんと言葉で伝えます。
上手ではなくても、綺麗じゃなくても…、私は、貴方を理解したいと思うから」
それが輝夜としての答えだ。
誰からも畏れられる貴方を、いつも護ってくれる貴方を、いつも側には居てくれない貴方を、私のワガママを聞いてくれようとする貴方を、理解したいと思うのです。
「俺も、貴方を知りたい。」




