〈忘却の結果をもたらす魔法〉
「…うーん………」
私は山積みの書類を枕にしてうなだれた。
「あれ、どうしたんですか?王サマ」
魔術の先生である糀 命。
命さんがいつの間にか執務室に入っていた。
ああ、そっか次は魔術の授業…
「…うーん……」
鉛のように重たい頭をあげながら、私は命さんに返事?をした。
すると命さんは何かを考えるように黙って
「…王サマ!何か嫌なことがあったときは酒です!
酒は百薬の長!ですよ!」
元気一杯、熱弁した。
えー、なにそのコトワザ…。
あと私まだ未成年だよね…ん?いや、この体だとどうなんだろう。
「あ、そうだ。王サマ。
知っていますか?
我が国特産の日凪酒は魔力の多さによって分解できるか変わるものもあるんです。
まあ、世界では誰もが飲める“砂の酒”の方が圧倒的に人気ですけどね
あ、あと“海の酒”や…“氷柱の酒”も人気ですね。」
…命さんが魔術の話をする時と同じくらいのテンションになってる。
本当に好きなんだなぁ…
あんまり飲むと健康に良くないと思うけど…
とは言え、
「本当に好きなんですね」
好きなものがあるのは素晴らしいことだと思う。
私には、そんなに語れるほど好きなものって有ったかな…
「もちろんです!
ですから、王サマも是非…!」
…ん?!
命さん、その瓶どっから出したの?!
「え、えええっと…
私まだ飲める年じゃないんじゃ…!」
解んないけど!
…そういえば、この“輝夜”は何処で何時、誰から生まれたんだろう…?
神夜とじゃ、身長も、髪の色も、目の色も違う。
単に姿が変わった…っていう可能性もこんな世界なんだからあるんだろうけど…
でも、一番想像が容易なのは所謂異世界転生。
だけどそれなら、どうして“輝夜”の今までの記憶がないの……?
“王様”だから?
それとも単に忘れてるだけ?忘れさせられた?
そもそも無い?
「ねぇ、命さん。
忘却の魔法…とかって有ったりします?」
試しに聴いてみたら、命さんの雰囲気がピリッとした。
「…王サマ?」
え…、な、なに?
まさか命さんが何か関わって…?
「貴方の質問に答えるとするなら
それは、はい。になります。」
あ…、有るんだ。忘却の魔法。
「幾つかの方法で結果として“忘却”をもたらす魔法は有ります。
有ります…が、聞いたのが貴方でなければ私は、いいえ。と答えたでしょう。」
………ん?どゆこと?
すんごい思わせ振りだけど。
有るのに嘘つくってこと?
「どちらも本当のことです。」
…………新手の謎なぞか。
思わず眉間にシワが寄ってしまうと、命さんはクスッと笑った。
「忘却をもたらす魔法を使うことは禁忌とされているんです。
当然ですよね?」
あ、それはごもっともだ。
人の記憶を勝手忘れさせるなんて、子供にでも解る悪いこと。
大切な思い出も、仮にそれが悪いことであったとしても他人が勝手に忘れさせて良いものではない。
本人が望めば良いのかと聞かれたらちょっと困るけど…
「けれど貴方は王ですから…
如何なる魔法であろうと、貴方に聞かれれば私は答えるでしょう。」
王様ってずるーい。
悪いことし放題じゃん。
でも私が王様でラッキー?かな。
「じゃあ、聞いても良いですか?」
「もちろん」
仮に私が忘却の魔法を使われて、“輝夜”今までの記憶を忘れさせられているのなら…
「ありがとうございます。
その、忘却の魔法はどんな人なら使えますか?」
禁忌なら使える人は限られているはず…、いや、禁忌なんだから正確に言えばその存在を知っている人…。
「それは…実力で言うにも、知識の問題で言うにも、限られてくるでしょう。
私はその存在も、使う術…陣も知っています。
ですが、私の実力では記憶だけを正確に消すのは至難の技でしょう…。」
驚いた。
命さんの魔法は魔術を教えてもらう過程で何度か見せてもらったことがった。
何か明確に炎を出したとか、水を出したとか、という訳ではない。
けど、それ以上に美しいものを見せてもらったのだ。
それは、命さんの魔力そのもの。
部屋中に広がった命さんの魔力は光を反射するのでなく、自ら瞬いていた。
プラネタリウムのようで、でも様々な色を放ち、触れれば仄かに暖かかった。
それは、とても幻想的で魅力的なものだった…
それを見た後すぐ、真似するように言われた…んだけど、全く出来なかった。
魔力の扱いが、あまりに難しいのだ。
あんな一粒一粒を操ることなんて出来なかった。
魔力を可視化させるだけでも難しいのに…
そんなことを大貴にぼやいたら
「はぁぁあ?!
メイ教授ってそんなの教えてんのかよ?!」
あ…命教授って呼んでるんだ…教授……。へぇ…。
まあ、それはそうと、大貴いわく、あれはめちゃくちゃ難しい、魔法にすら分類されない術らしい。
魔法を使うにも、魔術を使うにも、必要なはずの“陣”すら通用しない物。
何で命さんは、そんなのやらせようとしたんだろ…。
やりようによっては攻撃も回復も出来るらしいけど…あんまりやる人はいないんだって。
コントロールがめちゃくちゃ難しいから。
それを結構軽いノリでそれをやった命さんのコントロール能力はかなりのものだと確信していた。
のに…そんな命さんにすら至難の技なのだ。
「…むしろ、誰なら扱えるんですか……?」
まあ、人の記憶をいじるものなんだから、誰も扱えないに越したことはないんだけど…
「そうですね…、今すぐは無理でしょうけれど
それこそ王サマとか。」
「えっ…………わ、私ですか…」
でもそっか…王様、なんだよね、一応…
この世界か国にとっての王様っていうのは、元の世界とは少しイメージが違う。
政治する人って言う意味もちゃんもあるけど…
でも、今の私は、自分の魔力だけで国の魔力すべてを補っているらしい。
いわば私は…電気を作るためのダムとか燃料のようなもの。
私にそんな自覚は丸でないんだけど…
「あとは…、それこそ藍蛇様ですかね」
あ…そう、なんだ………?
嫉妬の国の使い魔である彼は、王とは全く違う次元で敬われている。
畏れられている、とも言えるのかもしれない。
私が見てきた限りだとそんな感じだった。
多分、それだけ強いんだろう。
なら私にも使えるかもしれない忘却の魔法を使えても、何ら不思議はない。
………むしろ、私の身近にいる人じゃ、彼しかいない。
もし彼が使ったのなら、ここでの最初の記憶が彼なのも頷ける。
「…いや、ないね。」
彼は私と初めてあったときに、逃げることもできる…と私に言った。
忘れさせる目的といえば、逃がさないためだろう。
過去の記憶もなければ目の前の人にすがるしかない。
けれど、彼は逃げることを勧め…あまつさえ手助けしようとした。
犯人とは到底考えられない。
…もし輝夜の記憶を消した犯人がいるとするなら……
私は自分の左側の首に触れてみた。
ザラッとした感覚は相変わらず。
私の首に刻まれた蛇の紋章。
これを付けた奴か、その協力者が犯人と考えて間違いない。
「教えてくれてありがとう、命さん。」
とりあえず、私の周りには居ない。
何を忘れているのかすらわからない以上、今の私にはどうしようもない。
それに私には野望がある。
それをやりながら考えても遅くはないだろう。




