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純血のかぐや姫  作者: 瑞希
輝夜姫 ~嫉妬が国~
18/29

〈ラティオ〉

天使のようなそれは、眉を愉快そうにあげ、口元は左側だけが僅かでも…不自然に上がっていた。


あれは清廉潔白な天使などではない。

おのが欲に溺れた…哀れなる者だ。


「…初めまして祝福されし王。」

鈴のように心地よく、美しい声で天使は私を呼んだ。

ますます天使のようだが、1度見た本性を忘れるはずもない。


次に天使は、私の後ろに居るセーラに意識を向けた。

「それに……おお、何たる事でしょう…!

 まさか、貴方のような御方をこの目に写す事が叶おうとは…」

天使は明らかに興奮したようだった。

さっきまで清廉潔白の天使と思っていたものでも、少し程度を疑うだろう。


そして、その疑いは確信に変わる。

「本当に何たる事か。」

天使は片目を見開き、笑みを消し去った。


「輝夜!」

セーラの言葉にハッと我に返って、頭の中で術式を詠んだ。

―第二が術式 嫉妬が紋章を持つ 輝夜が名に置いて命ずる…


「壁―!!!!」

瞬間、何もないところから水…海水が湧き出し、私達の前に強固な壁を生み出した。

それとほぼ同時。天使が私達に襲い掛かってきていた。


…今のは、大貴たいきから最初に習った防御魔法。

水を召喚し、重力を操って私の前に壁状にして、それを重力で圧縮し壁にする。

3重術式。

結構複雑……!


かなり固くしたけれど…あともう少しで斬られるところだった。

それにタイミングもギリギリ…!

油断していた訳ではないはずだけど…迂闊だった!!


「防いでしまいましたか…」

口調こそ変わらないが、その顔からは殆ど理性が消え、私と水の壁を忌々しげに見つめている。


「貴方は何者ですか…!」

気付けば天使は、その手に大きな槍…ランスのようなものを構えていた。

元の世界を知っている私にはそこまでの違和感を感じていなかったが…、和風のこの世界では、国ではあまりにアンマッチだ。


「何者ですって…?

 何者………」

天使はスッと目を閉じた。

「…………さぁ、何者だったかしら…」


驚いた。


その言葉にも、もちろんだが…その表情にも…だった。

虚ろで……さっきまでの欲が嘘のようだった。

ああ…だからこそ…だからこそセーラは哀れなる者と言ったのだ。


「セーラ。どうしたら良いか知ってる?」

一応質問しているが、ほぼ100パーセント知っていると期待してセーラに聞いている。

その間も、天使が律儀に待ってくれる筈もなく壁を発動させている。

めいさんの言う通り、私の魔力に底は見えない。

だから長期戦になっても勝てる可能性は十分にある。


…しかし

「ッ…!」

今のは危なかった!

………タイミングが少しでもズレれば…壁を発動させる位置を間違えてしまえば…

私も、セーラも……………死ぬ。


「どうしたら善いのか…その答えを出すことは、妾には到底出来ぬ。」

その言葉に耳を傾けながらも、私は一ミリも驚くことはなかった。


聞きたいのは、その先に続く言葉だから。

「しかし、其方が今一番望むものが何かは、ある程度は測り得る。

 それはあの哀れなる者の腹部にある紋章を、その力を持ってして破壊することじゃ」

御丁寧にその位置まで…また破壊の方法まで教えてくれた。

本当にセーラは甲斐甲斐しいと言うか何と言うか…


「早ようせんか」

………はーい。


さて、攻撃を避けつつ…っていうのは今の私には不可能。

っていうか、相手が速すぎて眼で追いかけるので精一杯。

…それなら壁で防御しつつの攻撃………


最低でも6以上の術式…さすがに頭の中だけじゃ制御しきれないね。

「―第二が術式 嫉妬が紋章を持つ 輝夜の名に置いて命ずる

  壁―!!!!」

攻撃が来ると思っていたらしい天使は一瞬怯んでからニヤッと笑い、突っ込んできた。


…ずっと無防備に。


「―槍―」

小声で私がそっと呟くと水の槍が地から這い出した来た。


「な?!!?!」

気付いたところで時既に遅し。

もはや止まることも出来ない天使は、自分の速さによって槍に貫かれた。


「グッッッ!!!!!」

苦痛に顔を歪めた天使だったが、その貫かれた肉の間から血が出ることもない。

肉も見た訳じゃないから…実際にはないのかもしれない。

なのに痛みに近いものを感じるのは…何故?


すると、天使は苦痛に歪めていたはずの顔を、ふと和らげた。

「…これで………」

貫かれた部分から霧のように消えていった天使は、最後の最後に微笑んだのだ。

あまりに朗らかに。

それは…天使のような清廉潔白なものではなかった。

なかった、が…それでも、理性を持って生きていた、人の表情だったと…そう思う。






「あれは誰だったの……?」

天使が完全に消え、私の魔法を維持する必要もなくなり消えたあとで、私はやっとセーラに振り返った。


セーラは私を迎えるように視線を返した。

「其方が求めるその問の答えは二つあるじゃろう。

 ひとつは簡単じゃ。」


セーラは近くの座りやすそうな木下に座り、私もその反対にある木下へ座った。

それを確認したセーラは、まるで本を読むように穏やかに話を始めた。


「彼女はとある時代のとある国のとある村、その孤児院で育てられた平凡なる少女。


 その時代では戦争が起こっておった。


 故に少女も、そして幼馴染みも孤児であったのじゃ。


 それでも少女達の住む、

 その村は戦火に巻き込まれてはおらず、それなりに暮らしておった。


 …しかし、それはそう長くは続かなかった。


 少女達の住む村が戦火に巻き込まれたその日

 少女は、強く、強く、力を求めた。」


セーラは怒りに目を歪ませた。


「どうして…どうして私達がこんな目に遭わなきゃいけなかったの…?

 他の誰でもなく…あの国の貴族達じゃなくて…どうして私達だったの?!!

 何も悪いことなんてしてない。

 多くの事は望んでない…!

 ただ、あの子と笑い合いたかっただけ!!!!」


声色も表情もすっかり変わって…その少女の思ったことそのまんまなんだと思った。


「許せない…許せない…!!!!

 アイツらも、あの国も…、神も……、世界も…!!!!

 私の瞳に映る…全てが!!!!!!!」


すべてが…黒に包まれていくようだった。

どうしてか、こんな事で泣きそうになった。

此処に来てから見えなかった声の色が、声の感情が、痛いほど伝わってきた。

…本当に痛かった。

彼女が、愛していた家族までも、“あの子”までも恨んでしまったことが。

彼女の感情は、たったひとつの純粋な思いだけに埋め尽くされた。


破壊


ただ純粋にそれだけを願って天使へ昇天した。

そんな美しい彼女に残ったのは、たったそれだけ。

…………それだけ


「そして数百年の時を経て…彼女はたった今、解き放たれた。」

そのたったひとつの思いから。とセーラは至極穏やかに微笑んだ。

セーラは、これが善い。これは悪い。とは言わない。

それでもセーラはこれで良いんだと…思ってるんだろう。


「さぁ…迎えが来たぞ。」

ニヤッとセーラが笑った。


あっ…と思ったときには、もうラムセスがそこにいた。











「下がれ」

右手で庇うように後ろへ押し退けられた。

ラムセスが私の敵と見なしているのは…セーラ


私はガバッとラムセスの右手を掴み、それに体重を乗せて下ろさせようとした。

「違う!違う!!ラムセス!!!!」

が…、ラムセスの手も自身もびくともしない。

私の声に反応もせずにセーラを見ている…いや、睨み付けている…!


「ラムセス!!!」

叫ぶように声を掛けて、再度力を入れてもびくともしない。


瞳孔が開いたのを確認した私は恐ろしいものを感じた。

ラムセスは、セーラに魔法を使うつもりだ。

そしたら…セーラは…!!!


「止めなさいラムセス!!!!」

私は腹からなるべく大きな声で、ハッキリと、声を一切伸ばすことなく言った。

私の声に、ラムセスは我に帰ったように私へ振り返った。

瞳孔の開きが元に戻り、変わりに少し目が大きくなっていた。

これは…驚いてるんだろう。


その様子に安心して、私はラムセスに笑いかけた。

「この子は絶対に敵じゃない。

 多分だけど、貴方の思う“敵”はもう居ないわ。」

ラムセスの右手を握って諭すようにそう言った。

ラムセスの思っている敵は、多分さっきの天使。

それなら安心。もう…、どこにも居ないの。


「…貴方がやったのか………?」

にわかには信じられない、という感じのラムセスの表情に思わず黙ってしまった。


何だろう…。

駄目だったのかな…、でも否定するような感じじゃ…。

ぼ、暴力的と思われた…?

否定できない…!


「いや…、良い。

 儀式は終わりだ。速く降りる。」

私の方が握っていたはずの右手は、気付けば握られていた。

飛ぶな。と思った私は、慌ててもう一方の手でセーラを掴んだ。


「…それも連れていくのか。」

あ、眉が寄った。


「もちろん!!」

思わずニヤッと笑ってしまった。

顔は悪戯心に依るものだけど、連れていくのは本気だよ!

セーラは私の妹だからね!!!!(一方的)


すると、後ろからクスッと可愛らしい笑い声が聞こえた。

「輝夜は妾の姉じゃ。」

驚いて振り向けば、私と同じくニヤッとした笑みを浮かべていた。

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