〈七つの志〉
ラムセスは美しい藍色の瞳を、真っ直ぐ私に向けた。
「髪は生まれを意味し、瞳は運命を意味する」
「運命?」
「そうだ。」
そう言うラムセスの瞳は、やはり美しい。
美しいものは、怖くなる。
そんなようなことを、どこかで聞いたことがあったけれど、ラムセスの瞳はまさにそれだと思う。
「…だからでしょうか
ラムセスの瞳が一段と綺麗なのは」
今までの七志や大貴の言っていた話の意味が、何となく分かった。
この国…たぶん、この世界において髪や瞳というものは、その色だけでどこの国出身かが分かるもののようだ。
ということは、顔や身長なども似たようなものなのかも知れない。
思い返してみればそうだった。
アドリアナ、大貴、七志は髪や瞳の色はもちろん、それぞれ顔の雰囲気も違う。
私がもといた世界ではあり得ない理屈だけど、実際そうなのだろう。
「当然ながら、王たるお前も同じくらい美しい。」
「…あ、え、っと…」
普段あんまり誉めてはくれない大貴に。
ましてや容姿について誉められたので、私はどう反応したら良いか分からず、目を泳がせてしまった。
「…瞳の話だ!!?!」
「す、すいません!
そんなこと言われたことがなかったもので…」
間を置いて、真っ赤になって否定した大貴に私まで恥ずかしくなってしまった。
…もしかすると、男の人に言われたのは、お父さん以外だと初めてかも知れない。
うん。少なくとも、美しい…とかは……。
「…よくわかった。
主よ、俺は貴方に絶対的な忠誠を誓おう。
俺は貴方を蔑ろになどしない。」
「ないがしろ?」
それを見ていた七志が少し怖い顔で言った。
ないがしろにされてたつもりはないけど…。
むしろ、今の方が楽しい…。
あと、どこに対して忠誠を誓ってるの…?
若干失礼…………?
「貴様…っ」
「お前に恩はない。」
今にも掴みかかる勢いで大貴が七志を睨んだが、七志は冷たく睨み返してた。
何だろう。
二人が何に対して怒ってるのか、皆目検討が…。
困った私は、話を全力でそらすことにした。
「と…、とりあえずご飯食べましょう?!
ね、ね?」
「ああ。“一緒に”食べましょう。」
一緒にというところを強く強調した七志に私は話題をミスったと後悔した。
「で、でも…。」
「二人きりなんて危険だ。」
ああ、またっ!
二人の間に火花が散ってしまった。
「…」
すがるような思いで、チラッとラムセスを見たけど相変わらずの無表情で何を考えてるのか分からない。
悩んでるの?怒ってるの?寝てるの…?!
「七志と一緒に居て、なんで危険なのですか!」
しょうがないので自分で解決することにした。
元々言い出したのは私だし。
それに、七志と二人で居て危険なことなんて何もない!
「はぁ?!
…ナナシ?!」
「そうです!
私がつけたんです!」
大貴は私が名前をつけたことに、更に驚いたみたいだった。
これはさすがに声の色がわからなくても、顔でわかった。
その様子から名前を付けることにも意味があるのかもしれないと思った。
そういえば、漢字は命字って言ってたし。
名前を…命字を与えるっていうのは命をあげるのと同じなのかもしれない。
とは言え、今さら引き下がれない。
何故かって?
段々イジになってきたからだよ!
「残念だったな。」
と、七志は勝ち誇っている。
…………ああっ、あとが怖い!
「…わかった。
貴方の好きなようにすると良い。」
突然降ってきたラムセスの声に、私は驚いて顔をあげた。
寝てなかったよ…。
「藍蛇様?!」
「さすが使い魔様は話が通じる。」
「んの…っ」
大貴もラムセスにはものを言えないらしい。
七志は全然そんな感じじゃないけど…。
あ、瞳の話とかそういうことだった…のかな?
どうやら七志は本当に、“私”に忠誠を誓ってくれたようだ。
何だかくすぐったいけど、素直に、嬉しい。
勘違いかもしれない。
けど、まるで私自身を見てもらえたみたい。
「では、ラムセスも!」
うっかり調子に乗ってきた私は勢いでラムセスも誘った。
「…私か?」
「はい!
私、一度で良いから賑やかな食事をしてみたいかったんです!」
お父さんとお母さんも仕事で忙しくて、そんなに一緒に食べることはなかった。
寂しくはなかった。
それに偽りはないけど、でもやっぱり賑やかなら賑やかな方が好きだった。
それなのに、ここ2年は本当に独りぼっちで。
この世界に来てからも半年近く経ったけど、でもやっぱり独りで。
「お、おい。」
「それはさすがに…」
私の言葉に大貴だけでなく、七志まで戸惑っているようだった。
そんな二人に、私まで不味かったのかと戸惑ったけどラムセスは至って普通に返してくれた。
「そうか。
だが、私はあまり饒舌ではない。」
心なしか優しい気がする声音に、私は勝手に明るくなっていた。
声の音は見えないけど、でも、僅かな表情の違いはわかってきた。
「構いません!
居てくれるだけで十分です」
本当にそうなのだ。
喋らなくったって構わない。
ていうか、ラムセスが急に喋り出したら若干不気味…
じゃなくてビックリしてしまう!
「…そうか。
だが、今日は無理だ」
「そ、そうですか…」
やっぱり調子に乗りすぎたのかもしれない…。
「これからは、日にちを決めて、食事会を開くことにしよう。
その方が、何かと効率も良い。」
良かった。
そうだ。ラムセスはこういう人だった。
事実をそのまま述べる人だった。
そういうところもまた好きなんだけど!
「…!
ありがとう!ラムセス!」
「構わない。」
やっぱり表情が柔らかくなってると思う。
声も少しだけ。
喜んでるのか、…眠いのか。
それはわからないけど、でも、怒ってないから良かった。
「今日は、一人な!」
「わ…わかりました。」
「主が言うなら。」
大貴に言われて恐縮すると、七志も頷いてくれた。
確かに、いきなりみんなでご飯を食べたりしたら、ビックリしてしまうかもしれない。
少しずつ、慣れていこう。
この温度間。
この体。
この国。
この世界に。




