fragment7
ラムダから伸びる街道を東へ進み、俺達はとうとう目的地の森に辿り着いてしまった。
道中、少し後ろを歩くルカはやたらアゲハに、通っている学校のことやらのどうでも良いことを尋ねては、二人で何やら盛り上がっていたが、俺は全然会話には参加しなかった。それどころじゃねェからだ。
「さあ、着いたよ、二人とも」
入った者は二度と出られないんじゃないかと思わせるような鬱蒼とした木々。それらが風で揺れる不気味な音と共に聞こえて来る奇妙な鳴き声。
ここら一体は虫型のモンスターが多数湧出することを俺は知っている。そいつらしか落とさない素材狙いでもない限り、俺は絶対にここに来ることはない筈だった。なぜなら……
「な、なあ……ここで一体俺達は何すンだ?」
「ええ? ヱイタさん、目的を知らないで私を呼んだんですか?」
「うるせェな、お前も道連れなんだよ!」
「お兄ちゃん、酒場でお話聞いてなかったの? ……あれ、何かお兄ちゃん。顔色悪いよ?」
「う、うるせェ! き、気のせいだ!」
「いいえ、ヱイタさん。少し青ざめてるように見えますよ」
「そ、そそそんな事ねェよ」
「……もしかして、お兄ちゃん……怖いの?」
「はァ?! 怖い訳ねェだろうが! ここは適性レベル20程度の雑魚エリアだろ。俺のレベルなら余裕なんですけどォ?」
「そうですよね。ヱイタさんが何かを怖がるなんて、想像できません」
クスリとアゲハが笑う。何かムカつく。
「それよりルカくん。私たちは何をすればいいんですか?」
アゲハがルカに尋ねた。
「そっか。お姉ちゃんは知らなかったよね。……実はボク、ギルドを作るんだ。それで、お兄ちゃんにはお手伝いをしてもらってるの」
ね~? と俺に同意を求めて来るルカ。それを聞いてアゲハはまるでペンギンが空を飛ぶのを見たような驚きの顔で俺を見る。
「ああ、そうだよ。んで、そのためには3つクエストをこなす必要があってな。……そのうち一つのためにここに来た」
「えぇ?! 本当なんですか? ヱイタさんが、誰かのお手伝い? ビックリです……」
何か改めて言われるとムカつくな。そんなに俺の人助けは意外かよ。
「でも、それなら私もお手伝いしますよ! 何たって、私はお助けギルド《一条の灯》メンバーですから」
「え、お前ギルドなんかに入ってやがったのか?」
「何を言ってるんですか、ヱイタさん。私最初に言ったじゃないですか」
「悪い。最初お前に会った時は、変なヤツとしか思ってなかったから。あんま話聞いてなかった」
俺のぶっちゃけトークに、アゲハはぷんすか怒りだす。そんなマズいこと言ってねェのに面倒くせェな。
と、二人で言い合っていると、傍で何やらルカがニタニタこっちを見てやがることに気付き、俺は議論を切り上げて言う。
「ほら、さっさと済ましちまおうぜ」
「あ、ちょっと待って。ここからは別行動を取った方が良いと思うんだけど」
「別行動、ですか?」
「うん。その方が“こーりつ”が良いと思うよ」
と、ルカは空中から虫取り網のようなアイテムを取り出すと、それを俺達に寄越した。
これは虚数魔法系のスキルで、物理系がアイテムストレージを装備するのに対して、これは別次元にアイテムを格納し、好きな時に取り出したりするという便利なスキルだ。ストレージに対して、重量付加がかからない分キャラのAGIに影響がないが、ストレージに比べてアイテムの出し入れに若干のタイムラグがあり、俺はあまり好きじゃないから全く鍛えてないスキルだ。
ルカも近距離物理系装備の筈だが、一体どういうスキル構成なのか、ますます謎だ。
と、俺が考えている間にもルカの説明は続く。
「目的の《ヘラクレシア》っていうカブトムシは、出現率がとっても低くてね。プレイヤーのLUCK値によるところが大きいんだ。更にほかく難度も結構高くて……それに」
「それに?」
「ボクって虫ギライでしょ? だからボクは二つ目のクエストの情報収集を担当するから、街に引き返そうって――」
「ちょっと待て!」
「何、お兄ちゃん?」
「何が『虫ギライでしょ?』だ! ふざけンじゃねェよ。そんなに出現率低いなら、お前も手伝いやがれ! それになァ、それを言うなら俺だって――」
「俺だって?」
アゲハが俺を見て首を傾げる。危ねェ。もう少しでぶっちゃけトークをかますところだった。
「何でもねェよ。とにかく俺は認めねェ。お前も虫取りやれよ。そもそもこれはお前のギルド作りなんだからな!」
「いやだ! ボクは絶対に虫に触るのは無理だからね。それに、ボク達は2つ目のクエストの情報を何も持ってないんだよ。お兄ちゃんは、早くアイツのじょーほーを教えてほしいんじゃないの?」
「ぐッ……。こいつ」
「ヱイタさん。ここまで苦手って言ってるのに、無理に参加させるのはかわいそうですよ」
「くそッ。分かったよ! そン代わり、俺らがこれを終わらすまでに、二つ目のクエストのヒントでも掴んどけよ!」
「りょーかい!」
ビシっと敬礼をかまし、ルカはさっさとアイテムで街に戻ってしまった。
マジでムカつくが、こうなっては仕方がない。さっさと要件を終えて、あのガキに文句を言ってやる。
ルカが消えたことを確認して、俺達は改めて森の入り口に向き直る。
奥が見えない程深く昏い様子に、一体どれだけ広い森なのかと考えただけで頭痛がする。
「で、その《ヘラクレシア》っつーのは何だ。アゲハ、知ってるか?」
「《ヘラクレシア》は指定ナンバー37のお宝になっているくらい珍しいカブトムシです。赤い光沢のある羽は、まるでお花のように綺麗でピカピカなんですよ」
「お前、詳しいな……」
「はい! 情報収集も《一条の灯》のお仕事の一つですから!」
えへんと胸を張り、アゲハはどこか得意そうにはにかむ。
「私、データも持ってますので、お渡ししておきます」
そう言ってアゲハはメニュー画面を操作し、巻物を取り出した。
それを手渡され広げてみると、確かに木に止まった赤いカブトムシのスクリーンショットが収められていた。成程、これが《ヘラクレシア》って訳か。指定ナンバーになるくらいだから、きっとゲットするのも難しく設定されているに違いない。
「それじゃあ、ヱイタさん。捕まえられたらメッセージくださいね」
そう言ってアゲハは迷いなく森に足を踏み出す。
「ま、待て。ここはパーティーを組んで一緒に行こうじゃないか」
「え? だって、ここは余裕って、さっきヱイタさん言ってたじゃないですか。私も防壁魔法を使いますので、一人でも大丈夫だと思いますし……。二人で別々に探した方が、早く見つかると思いますよ」
「いや、駄目だ。万一の事があったらどうするんだ! ここは一緒に行くのが良いんだ。うん、それが良いよ」
「ヱイタさん……?」
きょとん、と俺を見るアゲハ。怪しまれただろうか。それを勢いで誤魔化すべく、俺は強引にまとめに入る。
「とにかく、油断大敵って言うだろ。それにお前は、俺のサポートをするって前に言ってただろうが。約束は守ってくれよな!」
そう言って半ば強引にアゲハの腕を取り、森へと足を踏み入れた。