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◆第五話『第一の刺客』

1.


 深夜の街というものの雰囲気は酔うに値するものだ。静けさの中を一人で歩くのはとても心地が良い。その静けさを破ること無く無言で街を歩いていると、妙な一体感がある。


「まるで別の世界にでも入り込んだみたいだ」


 僕はぽつりと言った。


「意外とその通りかもよ」


 僕の独り言を拾い、リリスが応える。


「どういうことだ?」


 彼女の意味不明な発言を受けて、僕はごく当たり前のことを問うた。


「だから、別の世界に入り込んでるって言ってるのよ」


 何を根拠にそんなことを?

 それとも詩的な表現か何かをしているのだろうか。


「何言われてるか解らないでしょうね。そうね、だって人一人通らないんだもの」

「何が言いたいんだよ」


 堪えきれず僕は思ったままのことを口にした。


「あえて人通りの少ない道を歩いてるんでしょうけど、大通りに出てみない?」


 僕は渋々了承した。

 大通りに着くと、そのあまりの物寂しさに驚いた。そこは車が一台も通っておらず、街灯を除き、完全に闇に包まれていた。

 車が通っていないのは、深夜だから解らなくもない。僕は恒常的に深夜に町に繰り出しているわけではないので、こんなものなのかもしれないと思ってしまう。でもそれ以上に、この風景は何かおかしい……。


「あっ……」

「気付いた?」


 信号が……一台も点いていない。点滅さえもしていない。流石にこの状況は異常だ。

 驚きが過ぎ去ると、次に恐怖の感情がじわじわと湧き出てきた。リリスが居なければ、発狂していたかもしれない。


「こ、これはどういうことなんだよリリス!何か知ってるんだろ……?」


 僕はリリスの肩を掴んで揺らし、すがり付くような気持ちでそう言った。


「落ち着いて章」


 冷静な顔をしながら諭すような口調でそう言って、彼女は僕の手を少しずつ解いた。


「大丈夫。出る方法はあるわ」


 リリスは僕の手を強く握り締めながら言った。

僕の心は段々と落ち着きを取り戻した。


「取り乱して悪かった。どうすれば出れる?」


 リリスは少しの間微笑すると、今度は真剣な顔つきになった。


「竜人を倒すの」


 僕の頭に疑問符が浮かぶ。

 繋がりが見えてこない。


「ここは、バトルフィールド……私たちはこの世界を『時に取り残された世界』と呼ぶわ。あなたは竜人によってその世界に引き込まれてしまった」

「時に取り残された世界……?」

「説明すると長くなるわ。だから説明は後でゆっくり、いいわね?」

「分かった。よく分からないが、これが僕のデビュー戦ってわけか」


 僕は冗談めかして言った。


「ふふっ、そうね」


 リリスも僕の発言を受けて安心したようだった。


「話は済んだか?」


 和気藹々とした空気を引き裂く聞き覚えのない低い声。それがした方向を向くとすぐに目が合った。


「お前が……竜人なのか?」


 ただ一目見ただけでは、人間との違いがわからなかった。

 しかし、よく見ると、病的に白い肌、白い髪、高過ぎる身長――2mはある――そして尖った耳が、人間と呼べる範囲から逸脱している。

 服装はと言えば、動きやすそうな軽鎧を着ており、剣と盾を持っている。

 リリスからは外見的特徴は訊かされていなかったが、恐らくこいつは竜人だろう。


「ノガルドティアンと呼んでくれないか。新世代の子よ」


 新世代の子?僕のことだろうか?


「もうその天使から話は聞かされているだろう。新世代の子とノガルドティアン、出会ったからには戦うのが宿命だ。では、始めようか」


 竜人は鞘から剣を出そうとして、止めた。


「おっと、そちらには準備があった筈だ。少しだけ待ってやる」


 彼はそう告げた。


「一度魔導書の形態になるわよ」


 リリスはそう言うとすぐに魔導書の形態に変化した。宙に浮かんでいた魔導書を、手に取る。


「まずはオーラを表出させるのよ」

「オーラを表出?」

「モンスターを倒した時と同じ手順よ」

「ああ、分かった」


 僕は魔導書を開く。


霊気覚醒(トゥサーブ・アルオ)!」


 体が霊気に覆われる。

 これで戦闘体勢は万全だ。

 改めて竜人に向かい合う。


「本当に待つのか」

「ふん」


 竜人は鼻で笑った。


「生憎、不意打ちなんてことをする程落ちぶれてはいない。だが……」


 竜人は剣の柄を握った。


「この剣が抜かれてから少しでも余所見したら、その瞬間から首から上が無いものと思え」


 その言葉を皮切りに、竜人は剣を抜いて突進してきた。

 占めた、この距離なら遠隔攻撃が出来るこちらの方が有利だ。

 僕は手のひらを竜人に向けた。


水撃放射(エキルトゥス・アトゥア)!」


 竜人は透かさず盾で受け止めた。


「なるほど。水流魔法か……っ……」


 膠着状態が続く。こちらは水流魔法を出すので精一杯、あちらは盾でそれを防ぐのに精一杯で、お互いに一歩も譲らない代わりに、このままでは何の進展もない。


「我が内面に秘めたるは無限の自己。我が外面に表したるは有限の自己。魂の盟約に従い我が風姿を複写せよ。視覚分身(レグナルレポッド・ティアス)!」


 相手もそう考えたようで、ここぞとばかりに詠唱を唱えてきた。

 ……何が起こるんだ?

 僕は身構えた。

 すると竜人の姿がぶれ始めた。

 目がおかしくなったのかと思ったが、そんなことは無かった。

 やがてそのブレは広がり、竜人が三つに分身した。

 三体のうち一体が水撃を受け、残りの二体がこちらに接近してくる。

 徐々に距離が縮まっていく。

 このままではまずい。

 どうすれば……一体どうすれば……!

 分身なんてアリかよ!?

 悩んでいる間にも、分身はどんどん近付いてくる。

 もういい!とりあえず一体だけでも仕留める!


「照準を変えるぞリリス!」

「待ち――」


 僕は返事も待たずに分身のうち一番接近しているものに照準を合わせた。

 何故か分身のうち残りの一体が歩みを止めた。

 何故かは分からないが好都合だ。

 でも攻撃を受けている筈の分身はものともせずこちらに突っ込んでくる。

 何故……?

 盾で防御さえしていない。

 まるで全く効いてないかのような……。


「それはブラフよ章!」

「貫通しているのか!じゃあ本体を叩けば……」


 残りの竜人は二体居る。

 どちらが本体なのかは見る余裕が無かったので分からない。

 でもリリスに訊けばわかる筈だ。


「リリス、どっちが本体なんだ!?」

「分からない……」

「おいおいまさか見てなかったのか!?」

「見てたけど分からないのよ!」


 何を言っているんだこいつは……?

 訳が分からない。


「だから言った筈だ……余所見をするなと」


 竜人が目と鼻の先まで迫ってきている。

 まずい、斬られ――

 肌に剣先が触れ、死を覚悟した次の瞬間、突然視界が明るくなり、気が付くと僕は宙に浮いていた。


「危ないところだったわね」


 どうやらリリスが助け出してくれたようだ。僕の首根っこを掴んで飛んでいる。


「悪いなリリス……」

「言葉としては『ありがとう』の方が嬉しいわね。恥ずかしくて言えないかしら?」


 リリスは小気味良さそうに笑う。僕はばつが悪い顔をしていたと思う。


「で、どうするんだよ。逃げてるだけじゃ勝てないぞ」

「作戦を立てるわよ」


 リリスは近所にある中学校の、校庭のど真ん中に着地した。


「おいおい、こんなところじゃすぐ見つかっちゃうぞ。もっと隠れられるところはある筈だろ」

「馬鹿ね。見通しが良いからここにしたのよ」

「どういうことだ?」

「周りが壁や障害物に囲まれてたら、逃げ場が無くなるでしょ。相手は分身出来るのよ」


 確かに分身して周りを囲まれたら、勝利は絶望的だ。というか、必敗だろう。


「それに、相手は遠距離からの攻撃手段が無い。仮に現れたとしてこちらの方が有利に立ち回れるでしょう?」

「頭では分かっても、落ち着かないだろ、こんなところ……」

「慣れなさい」

「無理言うな」


 リリスはこめかみを押さえながら溜め息をついた。


「じゃあ屋上に行くわよ。それならいいでしょ?」

「まぁ、それなら……」


2.


 僕は屋上の中心であぐらをかき、リリスは腕組みをしながら僕を見下ろしていた。


「それじゃあ作戦を――」

「待ってくれ。その前に説明して貰えるか?さっきのことを」

「いいわよ」


 リリスは一瞬余所見をすると、再び僕を見て話し始めた。


「まずさっきの竜人が使った魔法、あれは幻影魔法ね。レグナルレポッド・ティアス、訳して視覚による分身」

「リリスは呪文の意味が解るのか?」

「天使なら大体は解るわ」

「そうなのか……」


 少しの間、リリスは鼻の下に人差し指を置いた。


「要するに、分身を見分けて本体を叩けばいいわけ」

「そこだよ。何故さっき本体が判らなかったんだよ。本当に余所見してたのか?」

「それを章が偉そうに言えるかどうかは置いといて、私はちゃんと見てたわよ」

「じゃあ何で判らなかったんだ?」

「奴は一度分身と完全に重なりあった後に、同時に二手に分かれて接近してきたの」

「なるほど……」


 さっき分身の一つが立ち止まったのは、本体が追い付くのを待っていたのか……。

 奴は言った。余所見をするな、と。

 しっかり見てても同じことじゃないか……。


「分身を見分ける方法はあるのか?」

「章はどう思う?」


 いや、突然訊かれても……。


「とりあえず水撃が貫通すれば偽者だよな」

「でもそれだとロスが大きいわ」

「知ってるなら勿体ぶらずに教えてくれよ」


 彼女は肩を竦めた。


「まぁいいわ。じゃあ見分ける方法を教えてあげる」

「ああ……で、どんなのなんだ?」


 リリスは咳払いをした。


「まず、一つ目。影を見る」

「影?」

「もし相手の魔法が光の屈折を利用したものだったら、影はつかない筈よ」

「なるほど……」

「でもこの方法は駄目ね」

「良い方法じゃないか?光の屈折で影は作れないだろ」

「いえ、そもそも影が見えるような場所では仕掛けてこないでしょうね」

「じゃあ明るい場所を作れば安全なのか?」


 リリスは両手を持ち上げて首を振り、やれやれ、といったアクションをした。


「安全な場所が作れて、それからどうするのよ」

「そのまま待ってれば、相手が痺れを切らして突っ込んできたりするんじゃ……ないか?」


 リリスはこめかみを押さえた。


「章はまだ知らないかもしれないけどね、竜人の体力は無限に近いのよ」


 なんだと?


「それじゃ不公平じゃないか!」

「まぁ、持久戦は厳しいわね。でも釣り合いは取れてるのよ。人間サイドは魔力が無限みたいなもんなんだから」

「ああ、そうか!」


 そういえばそんな契約だった気がする。


「閑話休題。対策の話に戻るわよ」


 僕は頷いた。


「第二の手段。それは、『足音』」

「なるほど!それなら確実だな!ん?いや、待てよ……」

「どうかした?」


 リリスは指でくるくると髪先を弄っている。


「足音なんて聞き取れるのか?」

「聞き取れるわよ」


 彼女は平然とした態度で答えた。


「今の章は多少身体能力が高まってるからね」

「え?なんでだよ」

「霊気を開放したからよ」


 そんな恩恵が得られるとは……。


「分かった。やってみるよ」


 あとは竜人の前に行けば、自然と戦闘が再開されるだろう。

 無事に反撃出来るだろうか……。

 次回、第六話の更新は6月26日(金)18時半頃です。

 いよいよ本格的に戦闘が始まります。

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