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◆第四話『本当の契約』

1.


「章」


 身体を揺らされている。


「章、起きなさい」


 誰かに起こされている。


「んー、朝か?」

「何寝惚けてるのよ、今深夜二時前よ」

「そうか……」


 再び眠りの世界に入ろうとしたところ、おでこにリリスの掌が触れた。驚いて目を開けると、リリスが僕の頭上で手を翳すのが見えた。すると、不思議と眠気が無くなった。リリスは最後にデコピンをした。


「痛っ……何もデコピンしなくても……」


 僕は上半身を起こしながら言った。


「ほら、早く出るわよ」


 そんな僕にリリスは上着を投げて寄越した。


「今のどうやったんだ?」


 僕は上着を着ながら言った。


「何が?」

「一瞬で眠気が吹き飛んだんだけど」

「睡魔を祓っただけよ。天使様なんだから、それくらい出来て当然」

「そんなこと出来るならわざわざ仮眠を取る必要も無かったんじゃないのか?」

「馬鹿ね。身体の疲れはちゃんと寝ないと取れないのよ」


 尤もな話だった。だが気になる点が一点。


「じゃああのデコピンはなんだったんだ?あれ眠気飛んだ後のような気がするんだが」

「あら、よく気付いたわね」

「お前絶対馬鹿にしてるだろ」

「気のせいでしょ。あれは私の手を煩わせた罰よ」

「……そうか」


 リリスに起こさせたという時点で、多少は寝過ごした自分に責任があると思い、僕はそれ以上言い返すのを止めた。

 それから寝る前に用意したリュックサックを背負った。


「準備出来た、出るぞ」


 僕は部屋のドアに手を掛けたが、リリスは部屋の窓を開けた。


「……何やってんの?」

「出るわよ」

「いや、そこ窓だけど」

「玄関のドアから出て家族に見つかったら面倒なことになるでしょう。私が連れて出してあげるからこっち来なさい」

「そ、それもそうか……?」


 ちょっと戸惑ったが、家族の中に一人面倒な人が居るので、リリスの提案に乗ることにした。

 僕が近付くと、リリスは僕をお姫様抱っこのようにして窓から飛び立った。


「ちょっ、お前いきなり何を――」

「これが一番運びやすいんだから我慢しなさい。こうしないと、あなた上着だけ残して落下するわよ」

「だからってお前胸が……胸……が……」


 当たらない……?

 次の瞬間、僕は全てを察した。


「いや、何でもないです」

「そう?」


 静かにしてくれる分にはいいと思ったのか、それ以上リリスは特に何も詮索してこなかった。鈍感で助かった。本音を知ったら、怒って僕のことを空中から放り出しかねない。


「……あれ?お、おい、道に下ろしてくれるんじゃなかったのか?」

「ちゃんと目的地まで連れてくわよ」

「な、なんだって!?」


 例え当たる胸が無かったとしても、この格好は恥ずかしいんだが……。


「お、下ろせ!誰かに見られたらどうするんだよ!」

「今深夜帯だからその心配はしなくていいと思うけど?知人に深夜徘徊が趣味の人でも居るの?」

「そういう問題じゃない!」

「何にしても駄目よ、私が連れてく前提で時間組んだんだから。それとも高所恐怖症?」

「いやそうじゃないけどさ……」

「なら我慢しなさい。苦しいわけじゃないんだから」


 リリスは僕が何を言いたいのか理解出来てないようだった。天使らしいというよりも、人間らしさが欠けているように思えた。

 しかしなるべく気にしないようにしていると、次第にこの状況に慣れてきた。そして僕は、深夜の町に目を向けた。

 ひっそりと静まり返っており、僅かな物音もしない。現実感が感じられず、まるで自分だけが別の世界に入ってしまったかのようだった。


「深夜の町って、なんかいいな。幻想的というか、現実味がないというか」

「そう?でもこの先飽きるほど見ることになるでしょうね」

「また深夜に出掛けなきゃいけないのか?」

「その時になれば分かるわよ」

「そうか……」


 リリスが何を言っているのか問い質したい気持ちもあったが、今はただ深夜の町の雰囲気に飲まれたかった。


2.


 リリスは小さな山の一角、開けた場所で僕を下ろした。


「ここが目的地か?」

「なんか雰囲気あるところだな……」

「あら、怖いの?」

「そんなわけないだろ」


 正直ちょっと怖いけど。


「でも暗くて何も見えないぞ……」

「その点は問題ないわ」


 リリスが頭上を見ながら指を鳴らすと、そこに輝く天使の輪が現れた。


「おお」


 僕は驚嘆の声を上げた。

 それから彼女はそれを人差し指で遠隔的に操り、頭上2mくらいに固定した。


「天使の輪ってこんな使い方も出来るのか。なんか凄くそれらしいな」

「それらしいというか、本物そのものなんだから、これくらいは出来るわよ」

「なんで普段天使の輪を出していないんだ?」

「死人と間違えられそうで嫌だからよ」

「出してた方がそれらしくていいと思うが」

「…………」


 リリスは腕を組みながら左上を見た。そして数秒間目を閉じると、目を開けたと同時に手を鳴らした。


「さぁ準備を始めるわよ」


 今の動作が何を示していたのかは解りかねるが、確かに急いで準備を始めなければいけない。


「了解」


 僕はバッグから赤ワインを取り出し、その蓋を外すと、今度はそれを地面に置いた。そしてバッグを探り、カッターナイフを手にした。

 一呼吸して心の準備をすると、躊躇いながらも人差し指の腹にそれを押し当てた。


「思っていたより、痛いな……」


 そして人差し指から滴る血を、赤ワインの中に垂らすと、すぐに絆創膏を貼った。

 それから血の入った赤ワインを軽く混ぜた後、出来るだけ綺麗に魔方陣を描いた。

 準備は調った。


「さて、今の時間は……」


 僕は腕時計を見た。

 二時三十分。まだ時間はある。


「リリスの計画には休憩の時間も含まれていたのか?」


 僕は、腕を組みながら傍観していたリリスに話し掛けた。


「私はそんな甘いことしないわよ。これは必要な時間だったの」

「でも準備終わっちゃったぞ?」

「これから、あなたが巻き込まれている状況について一から説明するわ」


 やっと来たか、と僕は思い、分かった、と頷いた。


「まずこの世界には、二つの種族が存在する。それは、あなたたち人間と、ノガルドティアンと呼ばれる種族」

「ノガルドティアン?」


 僕がそう言うと、リリスは黙ったまま頷いた。


「恐竜の竜に、人と書いて、通称、竜人。彼らは恐竜が突然変異を経て進化し、知的生命体となったもの」

「でもそんなの見たこと無いぞ」

「それは最後まで話をすれば解るわ」


 彼女は腕を組んでいた体勢から、左手の腹を上に向けて前方に出すポーズをした。

 そしてその手を頬の下に置くと、話を進めた。


「彼らは文明を築いたけど、同時に自然を愛し、尊んだ。それが、神様の教えだったから」

「神様って本当に居たのか?」

「竜人たちにとっては、結構身近な存在だったのよ。感覚が掴めないでしょうけどね」

「ふーん……」


 僕の淡白な反応を受けて彼女は苦笑いした。


「続けるわね」


 彼女はすぐに元の神妙な顔つきに戻った。


「彼らは、最初は信心深い種族だった。でもやがて『通貨』というものが出来てから、竜人たちは豹変した。欲に目が眩むようになり、自然破壊なんて厭わなくなった。それから文明は飛躍的に進歩したけど、もう彼らには神様の声が聞こえなくなっていた」

「通貨が登場しただけで文明が飛躍的に進歩した?おかしくないか、それ?」

「尤もな質問ね」


 リリスは手首を動かして僕を指差した。


「竜人という種族は第六感が発達していた。だから預言を聞くことが出来た。けれど同時に、彼等は悪いものの声も聞くことが出来た」

「悪いもの?」

「私達はその存在を、悪魔と呼ぶわ」

「なるほど……」


 天使が居るなら、そりゃ悪魔も居るよな。


「竜人は悪魔の誘惑に、負けてしまったの。収拾がつかなくなった神様は、世界を破壊した」


 彼女はより神妙な顔つきで言った。


「それで竜人が絶滅したのか……」

「いえ、神様は救済措置として、フォトンベルトが地球を通過するタイミングで世界を破壊したの」

「フォ、フォトンベルト……?」


 知らない単語が出てきて、僕は戸惑った。すると彼女は微笑みながら言った。


「端的に言えば、光子を帯びた空間のことよ。それを通過すると、急激な進化が起こるの」

「で、竜人はどう進化したんだ?」

「竜人のほとんどは虚無になり、選ばれたものだけが気体生命体へと進化した」

「選ばれた者っていうのは、なんだ?」

「神様の教えを最後まで守った者たちのこと。彼等は何千年もの間地球を彷徨い、最近通ったフォトンベルトの通過と共に力を得た」

「まさか戦う相手っていうのは……」


 ここまで来ると、大体察しがつく。


「竜人のことよ」


 リリスは頷いてからそう言った。

 しかし今の話を聞くに、一つ疑問が残った。


「何でそんな善良そうな奴等と戦うことになるんだ?」

「彼等は悪魔の声が聞こえない筈の人間がかつての竜人と同じような道を辿っていることに怒りと悲しみを覚えた」


 リリスの顔が険しくなる。


「やがてそれを爆発させた彼等は、天界と掛け合い、舞台を調えた上で、正々堂々と人間サイドに宣戦布告した。そして、戦争は始まった。その正式名称は幻想戦争(ブレッシングカタストロフィ)――通称、聖戦」


 眉間にシワが寄っている。


「その為の戦士の一人が、僕ってことか……」

「理解が早くて助かるわ。さて、もうそろそろ時間ね」


 リリスは一仕事終わったとばかりに安堵の息を漏らした。

 時計を見る。二時五十五分。時間はあと僅かだ。

 リリスは何も言わなかったが、僕は何度も練習して覚えた詠唱の台詞を繰り返し復習した。今の話を聞いた後だと、その意味が理解できた。しばらくすると、リリスが声をかけた。


「時間よ」


 僕は魔方陣の中心に移動した。

 三時丁度になると、さっき苦労して描いた魔方陣が明るく輝きを帯び始めた。

 僕は感動して思わず放心しかけた。


「長くは続かないわ。魔方陣が発光しているうちに早く!」


 返事をする余裕もなく、僕はすぐに呪文を唱え始めた。


「天に召します我らが神よ!貴方が裁くは我等か彼等か。沈黙の戒律は、抑えきれぬ感情(パトス)によって破られた。我が躯に宿りし力を天界へ接続(リンク)させたまえ。今ここに(まこと)の契約を交わし、我が魂が加護されんことを。我を裁き、我を罰し、我を許せ。限界を突破する。接続解放(キルブ・ティミル)!」


 魔方陣の光がより強くなり、辺りごと僕を包み込んだ。

 何か心に優しいものが流れ込んでくる。同時に僕からも何かが流れ出す。そしてそれが一体となる。とても心地がいい。体全身がみなぎる。しかししばらくすると、その感覚は胡蝶の夢であったかのように消え去り、気が付くと辺りは真っ暗になっていた。


「成功ね」


 リリスは口元を緩ませた。


「成功だな」


 僕も思わず笑い返した。


「じゃあ、もうやることも無いし、帰りましょうか」


 よいしょ、と僕を持ち上げようとしたところで、僕はストップをかけた。


「歩きながら帰ってもいいか?」

「構わないけど、別に私は疲れないわよ?」

「こっちが疲れるんだよ」


 リリスは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「それに、深夜の町を徘徊するのって、なんだか心地良いからな」


 僕が歩き出すと、待ちなさいよ、とリリスが後ろから付いてきた。

 朝になったら頭の整理をしよう。今は何も考えたくない。そう思いながら、僕は歩みを進めた。

 次の更新は6月11日(金)18時半頃です。

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