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◆第三話『契約の準備』

1.


 僕はスーパーに買い物に来ていた。しかし、食料品を買いにきたわけではない。買いに来たのはもちろん、契約に必要なものだった。


「とりあえず手頃な血液って聞いた時は驚いたよ」

「鶏の血ぐらいなら簡単に手に入りそうなものだけど」

「お前それ本気で言ってるのか? そうそう鶏なんて身近に居ないし、思い付くのなんて小学校の時の飼育小屋くらいだぞ」


 少なくともかつて僕の居た小学校では今も飼っているだろう。


「忍び込んで犠牲になってもらう?」

「小屋に鍵かかってるだろ。僕にピッキングの技術は無いし、忍び込むのは無理だ」

「水流魔法でどうにかすれば?」


 おいおい、随分アグレッシブな方法だな、と僕は心の中で突っ込みを入れた。


「そもそも鶏を手に入れたとしてその命をこの手で奪うなんてやっぱり僕には無理だよ」


 リリスは見せつけるように溜め息をついた。


「なんだよ」

「あなた魔法使いの素質無いわね……」

「どういう意味だよ。犯罪的だろ。無くていいよそんなもの」


 当然、スーパーに動物の血液が売ってるわけはないわけで。結論を言ってしまえば、僕が買いに来たのは赤ワインだった。


「千円くらいのものでいいんだよな?」

「安ければそれで済むわね」

「高ければ高いほどいいのか?」

「そういうわけじゃないの。料理によっては三千円のワインよりも千円のワインの方が美味しい時もあるし、ある値段以上になると味よりも希少価値で値段が決まるものもあるしね。よくお酒を飲む人でも、数千円のワインで満足する人は沢山居るわ。まぁもし富豪だったりしたら話は別だけど」

「いや、味じゃなくてどれくらいが契約に最適か訊いてるんだが」

「…………」


 リリスは数秒硬直した。


「……う゛ぅ゛ん゛」


 お、咳払いした。


「混ぜ物が出来るだけ少ないものがいいわね」

「味は関係ないのか?」

「…………」


 殺気を感じ振り向くと、リリスが凄い形相で睨んでいた。


「……何怒ってるんだ?」

「何怒ってるんだ?」


 リリスが笑顔でそう言ったかと思った次の瞬間、彼女の表情は鬼のそれへと変化した。


「じゃないわよこの唐変木!」


 そう吐きながらリリスは僕に回転蹴りをかました。


「ぐあっ!」


 結構痛かった。


「何すんだよ」

「知らないわよこの馬鹿!」


 赤面している様子は無い。いや、正確には頭に血が上りすぎていて判別出来ない。リリスは恥ずかしがっているのだろうか。自分で蒔いた種の癖に。

 ただ僕はなんだか満足感を得たので、リリスに気を使ってやって別の話題を探すことにした。


「と、ところでなんで血の代用品が赤ワインなんだ?」


 努めて笑顔で話し掛ける。


「…………」


 シカトしたのか?


「天界でも諸説あるけど」


 リリスは話し出した。


「酒は魔術と相性がいいのよね。あとオーソドックスなところで言うと最後の晩餐かしら」

「……ああ、なるほど。キリストが最後の晩餐でパンを自分の体、赤ワインを自分の血として弟子たちに与えたんだったな」

「よく知ってるわね。聖書読んだことあるの?」


 機嫌直ったのかな?


「そうじゃないけど、伝記もので読んでキリストの一生は大体知ってる」


 リリスは一応天使だから、神学くらいは学んでいるだろう。少なくとも僕よりは詳しいだろうな。僕の知識は、広く、浅い。


「私が見込んだ憑人なだけあるわね」


 言われて嬉しくなくもないが、それを表に出すとこいつは調子に乗るだろう。そう思い、僕は憎まれ口を口にした。


「調子いい奴だな。さっき魔法使いの素質無いって言ったのはどこのどいつだよ」

「そうだったかしら?最近記憶力がめっきり落ちてねえ……」


 これは、振りなのか?と思い、便乗してみた。


「認知症かな?」

「は?」

「ごめんなさい」


 自分から振っておいてそれはないだろ……。


2.


 その後、無事に混ぜ物の出来るだけ少ないワインを予算内で買い、僕は帰宅した。


「酷い出費だった……」

「命に比べれば安いものよ」

「簡単に言ってくれるな。僕だって色々買いたい年頃なんだぞ」

「命に比べれば安いものよ」

「二回も言わなくていいよ……出来の悪い人工知能かお前は」


 相変わらず僕はリリスに対して横柄な態度を取っているが、リリスが怒る様子はない。どういう場面で怒るのか、まだよく解らない。


「早速赤ワインは手に入れたけど、今夜決行するのか?」

「早ければ早い方がいいわね。でも章の体調にもよるわ」

「……それはひょっとして心配してくれてるのか?」

「勘違いしないで。また倒れられたりなんかしたら困るのは私なんだから」

「はいはいそうですか」


 あまりに平静とした態度で返されたので、本心なのかそうじゃないのかよく解らなかった。

 ……年季だろうか。

 リリスをちらっと見ながら思った。


「……何?」

「いや、なんでもない」


 良かった。テレパシーなんてものは無いらしい。


「それなら今夜でいいよ。体調も特別悪くないし」

「そう。じゃあ今夜三時に決行ね」

「え?三時?」

「そう。三時」

「…………」


 お互いに言葉が途切れ、場が沈黙に包まれる。

え?マジで?


「仮眠は出来るだけ摂っておいた方がいいかもね」

「そうか。じゃあお休み」


 僕はベッドに横になった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 表情から察するに、困惑しているようだった。


「今、昼の十二時よ!?どれだけ寝るつもりなのよあなた!」

「半分本気だが半分冗談だ」

「半分本気だったのね……」


 リリスは顔をひきつらせていた。本気で引いたらしい。


「ま、まぁいいわ。今日決行するつもりなら、今、色々とレクチャーしなくちゃいけないの。仮眠の時間はちゃんと取るから安心しなさい」

「それは面倒だな……」

「あなたさっきの説明訊いてよくそんなこと言えるわね……面倒でも、やるしかないのよ」


 そう言うとリリスは、ボンッと言う音を立てて、何も無い空間から生成したかのように本を取り出した。


「まずはこれに書いてある詠唱から覚えて貰わないとね」


 リリスはそれを勉強机の上に置くと、僕に手招きをした。「来い」ということらしい。

 僕が勉強机の前に座ると、リリスは机そのものに座り、足を組みながらレクチャーを始めた。


「これは天界で決められた、魔法使い全員が使う詠唱なの」

「魔法使い全員……ってことは俺以外にも魔法使いが?」

「居るわよ。生きてるかどうかは、わからないけど」


 リリスは遠くを見つめるようにして言った。


「この詠唱、どういう意味なんだ?」

「それは後で教えるわ」


 リリスは長い髪を触りながら言った。


「何故だ?今教えてくれないのか」

「この話は契約直前に話した方が効果的なのよ。色々とね」


 なんだか、はぐらかされたような気がする。


「ちょっと酷かもしれないけど、丸暗記しなさい。章なら出来るから」


 やれやれ。面倒な奴だ。

 そう思った。

 それから僕は、詠唱を丸暗記させられ、魔方陣の描き方を教わったが、これが意外と大変で、習得するまでに長い時間を要した。

 完全に付け焼き刃だったが、今のところはそれで構わないらしい。魔術回路の覚醒の時みたいに感覚的に覚えられないのかと訊いたが、あれは体の負担が大きく、莫大な情報量を短時間で身に付けさせるためにしか使わない方がいいらしいとのことだった。

 それが一通り終わると、僕は仮眠に入った。

 次の更新は5月29日(金)18時半頃です。

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