◆第一話『仮初の契約』
しばらく走り、僕は後ろを確認して何も居ないことを確認すると、自転車を止めて廃ビルに入り、一息ついた。
「おい、一体どういうことなんだあれは?」
「あなたが私を手にした時点で既に戦いは始まってたってことね」
「はあ?意味が分かんないぞ!」
「いい?あのモンスターはあなたが倒さない限りどこまでも追いかけてくるの」
「くそっ!色々訊きたいことはあるが、今はもういい。とりあえず今はこの場を切り抜けるのが最優先だ」
「賢明な判断ね」
「……どうすればいい?僕はあんなの相手に出来るほど強くはないぞ」
「私と魔法使いとしての仮契約を交わすことね。そしたらあなたは、あのモンスターを簡単に倒すことが出来る」
「……お前僕をとんでもないことに巻き込むつもりじゃないだろうな?」
リリスの笑い声が聞こえる。
「もう巻き込まれてるんじゃなくて?」
「…………」
確かに、とは言いたくなかった。
「さて、もうそろそろタイムリミットよ。下を見てみなさい」
リリスの言う通りに下を見てみると、もう異形が追い付いてきていた。
「あいつら鼻が利くのか!?」
「ほら、入ってきたわよ」
「くそっ……もう逃げ場はないぞ……」
「で、契約するの?しないの?」
「する……するよ。だってそれしかないだろ!」
「いいでしょう」
急に手にしていた本が光り出し、それは僕の手を離れて人の形に変形した。光に目が慣れてくると、そこに居たのは季節外れの服装をした赤い目の少女だった。背中の端から小さな翼が覗いている。
「驚いた?これが本当の私の姿」
僕が唖然としていると、リリスは僕の手を取り、目を閉じると、何かを口ずさみ始めた。
「Retharf ruo, chif tra noi neveah, dewollah ebb eman ieth……」
何て言っているのかは解らない。だが、日本語ではないことは解る。
リリスの詠唱を聞いているうちに、体に力がみなぎってきた。
気が付くと、僕の身体も光り始めている。
「ここからは私の言ったことを復唱して」
「分かった」
「「我が胸中に封印されし人智を超えた力よ。狂宴の緞帳は上がった。我が祈りを承認し、その真価を見せつけよ。今ここに仮初めの契約を交わし、禁じられし次元の円環を解放する。魔術回路覚醒!」」
詠唱し終えると、身体が熱くなり、頭がぼーっとしてきた。
夢を見ているような感覚になり、その中で不思議なイメージが脳内に次々と流れ込んできた。
とても抽象的で、言葉に出来ない、体感でしか感じることの出来ない、そんな体験をした。
ただ一つ言えるとしたら、とても懐かしい感じがした、ということだけ。
しばらくして、意識がはっきりしてくると、自分の中にある何かが解き放たれたのが体感で解った。
「後は魔導書に書いてあることを読み上げるだけ。いいわね?」
「え、お前そんないきなり――」
僕の返答を待たずにリリスは魔導書の形態に戻ってしまった。
仕方なく僕は魔導書を開くと、書いてある通りに詠唱を始めた。
「我が奥底に秘めたる霊気を完全に解放する。霊気覚醒!」
すると身体にゆらゆらする何かが纏わりついた。これが霊気なのだろうか。
そんなことを考えていた矢先、さっきの異形が階段をかけ上がりこちらに飛び掛かってきた!
「うわっ!」
僕は咄嗟に腕で防御すると、異形は何かに弾き飛ばされた。
「な、なんだ……?」
「説明は後よ、章、次の詠唱を」
「わかった!」
僕は魔導書に記述された詠唱を唱えた。
「我が躯に眠りしは失われし海神の力。初陣を飾るは沸き出でる泉の氾濫」
「章、手を対象に翳しながら!」
「我が祈りに応じ脅威を弾き飛ばせ。水撃放射!」
構えた僕の手から怒り狂った龍のように水流が発射されると、正面からそれを食らった異形は衝撃で壁に激突した。そして弱った犬のように鳴くと、跡形もなく消滅した。
「やっ……やった……」
異形を倒したことを確認すると、僕は緊張の糸が切れてその場に崩れ落ちた。
「戦闘終了」
リリスがそう呟くと、身体全体に纏わりついていたものが消えた。
「お疲れ様」
リリスは真の姿に戻ると、一言、そう言った。
「今日はもう疲れたでしょうから、早く家に帰って休んだ方がいいわよ」
「………待て……まだ訊きたいこと…が……」
たくさんある、と言いかけて、僕は意識が朦朧となった。
「魔力を使いすぎたわね……このままじゃ……」
薄れ行く意識の中で、その台詞は途切れた。
第二話は5/1(金)18時半頃に更新予定です。
第零話、第一話、よりも文章量が多くなりますが、さっと読める程度なので、もし良ければ御覧になって下さい。




