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09幼女の尋問も楽じゃない


「さて、アネッサとかいったか。お前に聞きたい事がある」


「ふん、人間に話す事なんて無いニャ」


 ウサ耳魔女は自分が窮地に立たされているにも関わらず、強気な姿勢だ。魔女の態度を気にした様子も無く、ハインラッドは話を続ける。


「インレーザーの契約に必要な勇者の血、一体どこで手に入れた?あれは賊によって根こそぎ奪われたはずだ」


 自分が盗人のくせに白々しい。


 彼が言っているのはラズァイトが探していた瓶の中身の事だろう。

 伝説の魔法を使うには相応の物が必要という訳か。しかも契約とやらに血液を必要とするとは、勇者の魔法らしからぬ物騒な話だ。


 アネッサはハインラッドの問いかけには答えず、そっぽを向いている。見た目が子供なだけに、傍から見るとこちらが犯罪者のようだ。実際尋問しているのが某国の窃盗犯なので、あながち間違いではない。


「素直に話した方が身のためだ。死ぬまで拷問器具の実験体、なんて御免だろ?」


 こいつは間違いなく犯罪国家の回し者です。誰ですか、こんな人を伝説にした馬鹿は。


 しかし脅迫されているというのに、魔女は顔色一つ変えていない。むしろ馬鹿にしたような表情のまま笑っている。


「馬鹿な人間ニャ。こんな物でアネッサを捕まえたと本気で思ってるのかニャ?」


「思ってるさ。獣人属なら簡単に引きちぎれる鎖で、お前を拘束できているのが何よりの証拠だ」


 彼の言うようにアネッサの足に絡みついた鎖はとても細く、ひどく頼りない印象だ。魔属でなくとも、力自慢なら地面から鎖を引き抜いて簡単に脱出できそうだ。

 うちの傭兵様なら1秒もかからないだろう。


「確かに今は動けないニャ。でも魔法を使ってるお前が死ねば話は違うニャ」


 魔女は魔法陣の中でハインラッドを指差した。


 負け惜しみを言っているようには見えない。アネッサの目に宿る危険な光に気付いた私は、反射的に半歩身を引いた。


「脅しのつもりか?無駄だ、お前を逃がす気はないし俺は」

「インレーザー」


 アネッサが台詞を遮った瞬間、魔女の指先からあの光線が飛び出し、ハインラッドの眉間を貫通した。


 反動で彼の体は10メートル程吹っ飛び、樹木に叩きつけられ地面に転がる。


 顔が見えない角度で本当に良かった。

 頭部には血溜まりができ、ぴくりとも動かない。どう見ても即死だ。


 魔女の足元の魔法陣は消え、鎖は粉々に砕け散った。


「だから人間は馬鹿ニャ。インレーザーが魔法だと思ったら大間違いニャ」


 放たれたインレーザーは開放されたアネッサの元へと戻った。

 光の帯は速度を落とし、初めてその姿を認識できる。


 インレーザーと呼ばれたものは赤い瞳と触覚、6本の細長い翼を持つ生物だった。魔物と言った方がしっくりくるかもしれない。

 スピカさんが言っていた通りだ。さすがハインラッドマニア。愛しの君は既に物言わぬ屍だが。


 ああそうだ。彼が死んでしまっては恩を売って金儲けに協力させるという計画が台無しではないか。

 状況を把握して恐怖よりも怒りが込み上げてきた。


 いや、ここで冷静さを欠いては駄目だ。迂闊な行動を起こして危険に晒されては割に合わない。

 目的の物は手に入れたのだから、今は安全にこの場から立ち去る方がいい。


 アネッサと敵対していたのはハインラッド一人。私達はとばっちりを食わないように対処していただけ。無関係を装って逃げてしまおう。


「さあ、次はお前達ニャ」


 ですよねー。

 ちょっと自分でも無理だと思ってました。


「アネッサのお人形を、たぁーっぷり可愛がってくれたお礼をしなきゃいけないニャ」


「いやいや、お礼なんてとんでもない」


 苦笑いしている私の前で、ライシャさんは振り返らずにこう言った。


「なあ、もう生け捕りにしなくてもいいよな」


 そうだ、彼女がいたではないか。逃げる必要など無い。わざわざ断りを入れてくるとは、殺る気満々だ。

 ハインラッドがいなくなった以上、魔女を生かしておく必要は全く無い。


 だが魔女の魔法と、あのインレーザーを同時に相手するのは危険だ。主に私が。


 ライシャさんにインレーザーが通用しないと判明している今、狙われるのは私に違いない。

 いっそ転移装置を使って逃げてしまおうか。そうすればライシャさんは思う存分、魔女退治に専念できる。


 一つ問題があるとすれば、スピカさん達が合流してしまうと私が彼を見捨てて逃げたように思われる事。


 ライシャさん一人で状況説明をうまくできるとは限らないし、あのラズァイトが余計な事を言って話をややこしくするのが目に見えている。

 下手をすれば私の信用はガタ落ちだ。


「なあ、やっちまっていいよな?」


 私が返事をしないので、ライシャさんはこちらを振り返った。どこか楽しげにも見える。人の気も知らないで。


「いや、ちょっと待て」


 ほら、彼も言ってるじゃないですか。もう少し考えて。


「何ですとーーー!」

「ニャーーーーー!」


 私と魔女は同時に叫んだ。こんな奴とシンクロしたくはなかったが仕方が無い。


 立っていたのは、先程頭を打ち抜かれて死んだはずのハインラッドだ。

 服は多少汚れているものの、頭部に傷らしい傷は見当たらなく血の跡も残っていない。


「な、何で生きてるニャ!アネッサがインレーザーで息の根を止めたはずニャ」


 確かにあれは死んだふりなどとは思えない。魔法の幻覚だったとしても、死に真似の小細工で魔女を騙せるわけがない。


「お前魔属だったのかニャ、アネッサを騙したニャ!」


「いいや、騙してなんかないさ。俺は人間だ」


 憤慨するウサ耳魔女に、彼は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。


「ただし、不死身のな」


 馬鹿な。不死身の人間などいるはずがない。それはもう人とは呼べない化物だ。

 伝説の人物だからといって自然の摂理を覆さないで頂きたい。きっとこれは魔女を動揺させるための嘘だろう。


「そうそう、あんたちょっと足元見た方がいいぜ」


 私の予想を裏付けるかのように、魔女の足元には先程と同じ黒い魔法陣が完成していた。

 恐らくアネッサが私達に視線を移している間に、呪文を準備していたのだろう。

 

 魔女が行動を起こす前に、ハインラッドは次の魔法を放った。


「アイアン・ボックス」


 唱えたのは前と同じ魔法。

 一つ違うのは鉄の箱が現れたのがハインラッドの手の中ではなく、アネッサの両の手の位置という事。

 頭の大きさの二倍はあろうかという鉄塊が、握り込んだ小さな手にすっぽりと収まった。


「ニャ!」


 当然腕力の低下したアネッサでは支えきれず、両手は鉄塊と一緒に地面にめり込んだ。


 これではまたインレーザーを撃たれるのでは?


 私の心配をよそに、ハインラッドは躊躇せず魔女に歩み寄った。丁度跪く形となった魔女の顔には、先程のような余裕の表情は無く、近付いた彼を睨みつけている。


「どうした、反撃しないのか」


 アネッサはしばらく地面から腕を引き抜く努力をしていたが、無駄だと悟ったのか早々に諦めたようだ。

 私は遠くから彼らの様子を眺めていた。当然マイボディーガードこと、超人傭兵ライシャさんも側に置いている。


「インレーザーは指差した方向にしか飛ばせない。だから撃つ姿を見られないよう、隠れて様子を探ってたんだろ?」


 言いながらは地面に腰を降ろした。手にはペンと手帳がある。


「さて、話を聞かせてもらおうか」


「ひどいニャ!こんないたいけな子供に尋問するなんて、鬼!悪魔!」


 魔属はあんただろ。私は虚空に突っ込みを入れた。


 目を潤ませて同情を引こうとするウサ耳にハインラッドは冷たい表情だ。


「お前がガキだろうが年寄りだろうが関係ない。話をするのか、しないのか?」


 さすがに自分を殺そうとした者にお情けをかけようとはしない。子供用ファンタジーの主人公じゃあるまいし、現実はこういうものだ。


 ついに観念した魔女は、ハインラッドの尋問に素直に答え始めた。

 自身の切り札を封印され、魔法も石人形も通用しない傭兵様の存在があれば、この結果は当然だろう。


 私は陽動班に連絡を取り、作戦成功を伝えた。

 現在の大まかな位置を伝え、後は彼らの到着を待つばかりとなった。向こうも無事終わったらしい。



「さあ全部話したニャ、もうアネッサに用は無いはずニャ」


 アネッサは早く解放しろと足をばたつかせている。こうして見ると本当にただの子供のようだ。


「は?いつ誰がお前を逃がすなんて言った。俺はお前を始末しに来たんだぜ」


「ニャ?」


 ハインラッドの言葉を聞いた魔女は、きょとんとした顔で間抜けな声を出した。

 何を言っているのか分からない、といった感じだ。コドモ魔女の様子を気にする事なく、ハインラッドはマントからナイフを一本取り出した。


 そしてアネッサの手を拘束する鉄塊の端に突き刺し、ゼリーのように綺麗に切り取った。

 見事な切れ味を見せ付けると、今度はナイフを魔女の目の前に突きつける。


「こいつで刺されるか、魔法で凍らせてあそこの姉ちゃんに粉々にされるか、好きな方を選びな。言っておくが俺は剣の素人だ。一撃で止めを刺す自信は無いから、前者はお勧めしない」


 話を振られたライシャさんは何か用か?とハインラッド達を見る。

 超人傭兵の視線に魔女は震え上がった。


 彼女なら相手を冷凍しなくとも、素手でバラバラの肉片を製造できるだろう。子供魔女に何の感情も抱かず、黙々と解体するライシャさんの姿が安易に想像された。


「ちょ、ちょっと待つニャ!」


 ウサ耳をピンと立てた魔女はたまらず声を上げた。


「アネッサは全部喋ったニャ。正直に話したら助けてくれるんじゃなかったのかニャ!」


「拷問はしないとは言ったが、見逃すなんて一言も言ってないぜ。大体お前を放っておけば、また商品を横取りされる可能性だってある」


「しないニャ!もうお前の所の馬車には手は出さないニャ」


「そんな話信用出来るかよ。この手の命乞いをする奴は、どうせ同じ事を繰り返すに決まっている」


 完全に脅迫だ。

 魔女はD・Bナイフの特性を知らない。彼はアネッサが二度と歯向かわぬよう釘を刺す気なのだろう。


 ただウサ耳幼女を脅して楽しんでいるだけかもしれないが。


「もう絶対人間は襲わないニャ!」


「それじゃあインレーザーに命を吸われて死ぬだろ。だったら今のうちに楽になっておいた方がいいんじゃないのか」


「嫌ニャ!アネッサはムチムチのボインボインになって、美形で金持ちの男を囲って優雅な一生を送るニャ」


 ウサ耳魔女は意外と余裕があるようだ。もし彼女が言うような容姿だったならウサ耳や野球帽も歓迎できただろうに。


「そうニャ!見逃がしてくれるなら、アネッサの愛人にしてやるニャ。魔女が人間を相手にするなんて、滅多に無いニャ」


「悪いが幼児体型に興味無い」


 ハッキリ言いましたよ、この人。いくら相手がちびっ子魔女でも、女性相手に言うべきではないだろう。

 ここにスピカさんがいなくて本当に良かった。


 別に深い意味は無い。


「じゃあどうしろっていうニャ!アネッサはまだ死にたくないニャ」


 自身を否定されたためか、アネッサは涙目だ。

 反対に淡々と話していたハインラッドはニヤリと笑った。


「どうしてもっていうなら見逃してやってもいい。いくつか条件があるがな」


 待ってましたと言わんばかりに、彼はあらかじめ用意していただろう台詞をスラスラと口にした。


「まずインレーザーの契約を俺に譲渡する事。こいつが無ければお前も人間を襲う理由が無いだろう」


「うぅー、仕方ないニャ。正直アネッサも普通の魔法より使いずらいし、このまま追っ手が増えても困るニャ」


 実は冤罪による追っ手が既に増えている事を魔女は知らない。

 原因の張本人はそこのハインラッドだが、素知らぬ顔で話を続けている。


「次にお前の住処を頂く。どうせここには居られないだろうし、魔女を退治した証拠にもなるからな」


「別に構わないニャ。荷物をまとめてさっさと出て行くニャ」


「交渉成立だな」


 ハインラッドが指を鳴らすと、アネッサの足元の魔法陣と鉄塊は一瞬で掻き消えた。

 解放された魔女はもう怒る気力も無いようだ。大きなため息をつくと、自宅へ戻ろうと歩き出した。


「待て、契約の譲渡が先だ。抜け道から逃げられても困るからな」


 呼び止められた瞬間、魔女の舌打ちが聞こえた。どうやら本当に逃げる気だったようだ。さすが魔女、油断も隙も無い。

 渋々ハインラッドに向き直り、不機嫌な顔を上げる。


「おかしな事は考えない方がいいぜ、命が惜しければな」


 ハインラッドの視線の先には傭兵様がいた。素晴らしい説得力に魔女もようやく諦めたようだ。



「今度会ったら覚えてろニャー!」 


 契約とやらを終え荷作りした魔女は、お約束の捨て台詞を吐きながら闇夜の空へと飛び去った。


 10分程経ち、連絡を受けた三人がこの場へと到着した。

 彼らが辿り着く前にハインラッドは家捜しを終え、証拠隠滅を完了している。何とも手際のいい事だ。



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