06おまわりさんこの人です
私達は森林破壊の現場へと舞い戻った。
そこには瓦礫の山となった樹木の他、小動物の死骸が多数あったはずだが、死体だけが綺麗に無くなっていた。
更に地面には何か大きな足跡が残っている。
恐らくハインラッドの連れを襲った獣の仕業だろう。
剣士を殉職させた不幸を呼ぶ男は、鋭い爪で削られた土を見つめている。
「そういや昨晩から猛獣は出てないな。大人数で来たのは正解だったか」
「魔女が魂を抜いた人間のおこぼれでも狙っているのではないですか。人食いの獣が人間如きに恐怖するとは思えませんね」
小馬鹿にした様子でラズァイトが肩をすくめる。彼の推理が正しければ猛獣は辺りに潜み、我々が魔女の餌食となるのを待っている事になる。
茂みには近付かずライシャさんから離れない方が良さそうだ。
前回と同じように、ハインラッドが人口の人魂を辺りに作り出した。
ラズァイトはそれを興味深げに眺めていたが、ぽつりと一言。
「陳腐な仕掛けですね」
一瞬でハインラッドと周囲の空気が冷たくなった。少女の目にも殺気が見えたような気がする。
「こんなものに騙される者の気が知れないですね。随分低級の魔女のようだ」
平然と言い放った男は天然の冷房を発生させた。
わざと煽っているのか。
スピカさんはまたまたー、と笑っている。笑っているが目が笑っていない。
「お喋りは終わらせて周囲に注意しませんか。またどこから襲ってくるか分かりませんよ」
ピリピリした空気を打ち破るべく、常識人代表のクロノ君が声をかけた。確かに今は喧嘩をしている場合ではない。気配無く忍び寄る石人形を相手にするのだ。
幸い今回はライシャさんの破壊活動のおかげで、難なく周囲が見渡せる。
これなら空から降ってこない限り私でも気付く事ができる。後は魔女が活動するのを待つだけだ。
「敵が出たら俺達は正面突破して魔女を追跡する。陽動の二人は適当に暴れてくれ。くれぐれも無理はするなよ」
「はい、頑張ります!」
少女との会話が微妙に成り立っていないような気がする。まぁ今に始まった訳ではないので気にしないようにしよう。私も奴らがいつ来てもいいように心の準備をしておかなくては。
そういえば最初に石人形が現れた時、ライシャさんはなぜ敵の接近を許したのだろう。
盗賊だか山賊だか分からない人間には、容赦無い攻撃をしていたというのに。
私は疑問に思い、小声で彼女に声をかけた。
「ライシャさん、敵は来ていませんよね」
「まだここまでは遠いな」
見えてるじゃないですか!まだって事はもうすぐって意味ですよね?
「もしかして、前の石人形も来る前に分かってました?」
「まあな」
あっさり認めやがりましたよこの人は。全く悪びれていないのがむしろ清々しい。
「だってお前、護衛以外手ぇ出すなって言ってただろ」
そうでした、確かに私が言いました。でも少しくらい気を利かせて、危険が迫る前に教えてくれてもいいじゃないですか。口は出すなとは言っていませんから。
「次からは何かあったら私に言って下さい。なるべく早めに」
自分が命令しただけに彼女を責める訳にもいかず、余計に腹立たしい。
しかしここまで彼女が命令に忠実だとは思わなかった。プロは違うという事か。次に仕事を頼む機会があれば、前もって色々話し合っておく必要がありそうだ。
5分が経過した頃だろうか。
「スドウ、もうすぐ来るぞ」
早速私の要求に答えてくれた女傭兵様。飲み込みが早くて大変よろしいのですが。
「ええ、解ってます」
言われなくても何か見えてます。沈もうとする夕日の向こうから、三本の影が伸びている。遮蔽物が少ないため、影の動きでだんだんとこちらに向かっているのが嫌でも分かる。
「えーとスドウさん、すごく大きいんですけど。見間違いじゃないですよね」
「気のせいです」
「どう見たってでっかいですよ?」
「目の錯覚です」
「あんなのと戦ったら潰されちゃいますよ!」
「大丈夫、足は無いですから」
「そういう問題じゃないと思いますよ、スドウさん」
取り乱すスピカさんとは反対に、クロノ君は冷静だ。諦めているだけかもしれない。
空中を浮遊しているのは、まさしく先日と同じ石人形だった。ちょっと大きさが規格外な気がするけれども、きっと若い二人なら乗り越えてくれるだろう。
「大丈夫か?無理そうなら手伝うぞ」
見かねたハインラッドが声をかけると、それまで泣き言を言っていたスピカさんの表情は一変した。シャキーン、と効果音が響いたような気もする。
「大丈夫です、ここは任せて下さい!」
一瞬で戦士の顔になった少女は、勇ましく巨大石人形の前に立ち塞がった。背中のロングハンマーを引き抜き、大きく振りかぶる。
「アイアン・ボックス!」
唱えた魔法は先刻の戦いで使用したものだったが、今度は三個同時に鉄の塊が出現した。相手が巨大なので大きさも1・5平方メートル程と特大だ。
ハインラッドの魔法を陳腐だと馬鹿にしていた帽子男も、これには感嘆の声を漏らした。
大きな鉄の立方体を、少女にはそぐわない力で三つまとめて薙ぎ払うと、箱からは槍ではなく大きな鎖が勢いよく飛び出した。鎖は石人形の腕や胴体に纏わりついてゆき、奴らの動きを見事に封印した。
さすがハインラッド効果は違う。だがスピカさん、実は最初からできたのではなかろうか。まさか愛しの君の声援が欲しいために、わざと演技をしていたとか。あどけない少女の顔が、急に計算高い悪女に見えてきた。
「何やってんだ、行くぞ」
一人思考に浸っていると、いつの間にかハインラッドは先を走り、ライシャさんと私は完全に遅れをとっていた。見失わないよう慌てて走り出す。
足には結構自信がある。私の俊足をもってすれば、この程度の距離ならすぐに追いつける。危険からいつでも逃げられるよう、私の靴は常にスニーカーだ。
10秒程で先を行くハインラッドに追いついた。魔法使いだからか、単にこの男に体力が無いのか、短い距離を走るだけで彼はもう消耗しているようだ。
「走るより箒に乗って飛べばいいじゃないですか」
息を切らしながら走るハインラッドの様子に、余計なお節介だと知りながら声をかけた。案の定彼はやや不機嫌な様子でこちらを振り返った。
「魔女じゃあるまいし、そんな真似するかよ」
やはり魔女は箒に乗るのか。いや、それはそれとして、足止め役の二人を活かすためにも魔女の追跡は急がなくてはならない。
「じゃあ足に魔法かければいいじゃねぇか」
併走していたライシャさんも会話に加わってきた。超人的な彼女から見れば、私もハインラッドも大して変わらないのかもしれないと思ったが、口を出してきたという事はやはり彼の足が遅いのを感じていたという訳だ。
「んな器用な魔法あるかよ。下手したら足が千切れるか吹っ飛ぶぜ」
残念、彼女にしては割といいアイディアだったのに。
「それに魔女とやり合おうって時に、無駄に魔力を消費する馬鹿がどこにいる」
彼を見ていると、無駄に体力を消費している馬鹿に思える。
こうしている間にも時間は経過しているというのに。
ライシャさんを見る。目が合うと私はハインラッドを見、もう一度彼女を見た。アイコンタクトを理解した傭兵様は、命令を実行すべくふらふら走る貧弱魔法使いに音も無く近付いた。
「おら」
「うぉ!」
彼女はまるでぬいぐるみを担ぐように、軽々とハインラッドを片手で持ち上げ肩に乗せる。勿論走るスピードは全く落ちていない。いきなり持ち上げられた彼は間抜けな声を上げた。
「こっちでいいんだよな」
「おいこら、いきなり何しやがる!」
片手で荷物のように扱われたハインラッドは、前を向けない体勢のため後ろを走る私に抗議した。
「急いでいるからに決まってるじゃないですか。嫌なら魔女みたいに飛んで下さい」
やりたくないだけで出来るんですよね?
私の言いたい事を察した彼は、不機嫌な顔のまま黙り込んだ。やはり魔女でなくとも箒で飛ぶ事は可能らしい。鉄の塊を出す魔法があるのだから、木の箒くらい作り出すのは造作もないのだろう。
魔法使いが箒で飛ぶのに何か不都合でもあるのか、単に魔女と同じ魔法を使いたくないのか。
議論している暇も無いので、黙ってライシャさんの後をついていく。
私なら女性に担がれる方がよっぽど恥ずかしい。
観念したハインラッドは、ライシャさんの背中越しに方向を指示している。基本的に目的地までは一本道のようだ。
「魔力の反応が大きくなってきたな」
担がれたまま真面目な表情をしているハインラッドは、こちらから見ると非常に滑稽だ。彼を見ていた私はふと、先日宿で話していた内容を思い出した。
「ハインラッドさん、ちょっとお聞きしてもいいですか」
「何だ?」
「魔女がどうして逃げないと分かったんですか」
彼が自信ありげに話していた通り、なぜか魔女は逃げずにじっとしている。
昨晩私達を取り逃がした事で、追っ手が来るのは分かり切っていたはず。しかもインレーザーという強力な切り札が破られたにも関わらず、だ。
「魔女が不死身じゃないからだ。ついでに言うとこの町は奴にとって都合がいい」
「不死身ではないから逃げないという意味が分かりませんが」
「インレーザーは術者の命を食らうと言われている。並の人間なら一発撃っただけで生命力を吸われて死ぬ」
恐ろしくふざけた魔法だ。こんなものを作った者の気がしれない。
使う方も使う方だ。まさかその勇者とやらは、魔法を使うたびに一々死んでいたとでもいうのか。
まあ、勇者様は特権で免除されていたのだろう。勇者なら人様の家に不法侵入しようが、器物損壊しようがきっとお咎め無しだ。
税金も国が払ってくれるのだろう。勇者様万歳。
「勇者じゃなけりゃ契約だけでも常に魂を吸われる。人間の魂を集めているのは身代わりにするためだ」
魔女が人間を襲う理由は分かった。いくら強力な魔法を手に入れても、死んでしまっては元も子もない。
「都合がいいというのは?人間を襲う悪事を重ねていれば、いつ討伐隊がやってきてもおかしくないじゃないですか」
「いや、町が討伐隊を国に要請する事は無い」
「なぜですか」
「何せ魔女が襲っているのは、裏で取引されている人体実験用の輸送馬車だからな」
ハインラッドの話ではなんと、この町は有名な人身販売の拠点の一つで、他所から集めてきた人間を地下設備に隠し、週に一度某国へ送っているのだという。
外部の人間が入れないよう森には猛獣を放し飼いするという念の入れようだ。
町への道が危険地帯なのも、酒場に犯罪者と見紛う集団が多いのも納得した。魔女の事を国に知らせれば、人身販売の事実が明るみになってしまう。
それを知っている魔女は追っ手を恐れる事も無く、楽に人間の魂を手に入れられたという訳だ。
他の場所へ移るより、ここに居続ける方が魔女にとっては安全なのだ。
「なるほど。しかし魔女はなぜすぐばれるような盗みを犯したんですかね。実際ラズァイトとかいう追っ手が来てしまったじゃないですか」
私の言葉に、ハインラッドはちょっとばつの悪そうな表情でこう言った。
「あー、あれは魔女にとって想定外だろうな」
一体どういう事だ。
思えばあの男が盗まれた物の紙を出した時、彼の反応が少しおかしかった。ここまで町の事情に詳しいのも怪しい。私の疑惑の眼差しに気付いた彼は、あっさり白状した。
「実はあれを盗んだのは俺なんだ」
「何ですとー!」
彼の告白に心の中だけでとどめていたツッコミを口に出してしまった。そりゃあ魔女も自分が泥棒扱いされ、追われているなどとは夢にも思うまい。
「ついでに言うと、人体実験やってる某国から派遣されたのが俺って訳だ」
まさかスピカさんも、憧れの人が人身売買組織の手先だとは思いもしないだろう。もし今この場にいたら、錯乱した彼女の手によって血の雨が降っていたかもしれない。
伝説の男がこの有様なら、きっと勇者ともなれば口にする事も恐ろしい極悪非道の行いをしているに違いない。
「いつかばれるとは思ってたが、まさか魔女のせいにされるとはなぁ」
今の話を魔女が聞いたなら、きっとハインラッドは伝説の魔法によって確実に脳天をぶち抜かれるだろう。
幸いリアクションが無いので、向こうに音声までは感知されていないようだ。こちらの様子が見られているのを分かっているのだから、余計な言動は控えてもらいたい。