05作戦通りにいくわけない
荒くれバーで話をするのは精神を磨耗しそうなため、ハインラッドが泊まっている部屋に移動する事にした。
私が手配した寂れた宿とは違い、やけに広く豪華な部屋だ。仕事の依頼主が国となると、金払いもいいようだ。
魔女を一度撃退したため、町への道の危険度も低下していた。マップの表示も危険な赤から注意の黄色へと変わり、普通の通行には問題無いレベルになっている。
この場にライシャさん一人を残していくのは色々不安なので、スピカさんをクロノ君の迎えに行かせた。
ハインラッドが自分も行こうかと提案したが、浮かれた彼女が下手な事を喋ってしまう危険があるので却下した。
念のため予備の転移装置を持たせておく。私の脱出用なのだが、優秀な女傭兵様がいるので今は必要無い。魔女も先程の戦闘で手駒を多く失っただろうし、いきなり町を襲うような事は無いはずだ。
予想通りスピカさんとクロノ君は、何事も無くここまで辿り着いた。戻ってきた彼らを加え、ハインラッドによる対魔女の作戦会議が始まった。
「当初の目的は魔女の討伐だったが、事情が変わった。相手がインレーザーを使うと分かった以上、相応の対応が必要になる」
広い部屋の中心に置かれたテーブルを囲み、私達は彼の話を聞いていた。ライシャさんは万が一の襲撃に備え、入り口の扉の前で待機している。
「そのインレーザーというのは一体どういった物ですか」
ハインラッドマニアのスピカさんなら知っているかもしれないが、一応雇い主としての立場もある。
私が彼に直接問いただした。
「まあ、今時の人間はあまり知らないかもな。初代勇者ジークが使った光の魔法って言えば分かるか」
駄目だ、ちっとも理解できない。
端末の情報でこの世界の知識はある程度理解しているつもりだったが、民間レベルの伝承までは調べていない。こういったものは現地の人間でなければ分からないだろう。
私はスピカさんのお喋りを解禁した。余計な事は言わないよう注意して。
魔属ですから、という理由でいけるような気がしてきたため、そのまま話させた。
「もちろん知ってますよ。地を裂き海を裂き闇を裂き、光さえも貫くという伝説の魔法ですよね!」
輝く瞳光線の迫力にハインラッドもやや引いている。彼女の純真な瞳を直視出来ない彼を見て、この人も自分が善人じゃないと判っているんだなぁ、と何となく親近感を覚えた。
「ああ、光の魔王に対抗出来る唯一の古代魔法で、不死身である勇者にしか使えなかったって話だ。もっとも、古い話だから実際はどうだか分からないがな」
確かに伝説なんて本当か嘘か分からないし、存在自体が怪しい。
目の前にいる伝説の魔剣士を見ながら、しみじみ思った。クロノ君も同じ物を感じたのか、ハインラッドを凝視している。当人はそんな視線には気付かず、話を続けた。
「魔女が不死身かどうかはさておき、あれは間違いなくインレーザーだ。D・Bソード。俺の作った剣の事だが、あれで斬れなかったのが何よりの証拠だ」
あの時、魔法を防ごうと振り下ろされた剣は粉々に砕け散った。彼の言い方からすると、普通の魔法なら斬る事が可能だったのだろう。
「一説ではインレーザーは、精霊か魔物の類だって言われてるんですよ」
ハインラッドには聞こえないよう、こっそりとスピカさんが補足した。
彼がクロノ君に剣を渡す際、魂の無い物しか斬れないと言っていた。魔法ではなく生き物であったために、魔法剣は効果を発揮できなかったという訳だ。
「長年謎に包まれていた勇者の魔法、インレーザー。こいつをどこで手に入れたかを知る必要がある。だから魔女は生け捕りにして方法を聞き出す」
「そう簡単に答えてくれますかね」
伝説になるような大魔法の入手先など絶対に知られたくないだろう。ましてや自分を討伐しようとしている相手だ。
「もう逃げちゃったかもしれないですよ」
スピカさんの言う事も一理ある。伝説級の魔法を、あろうことか素手で吹っ飛ばした化物がいるのだ。
私なら追っ手が来ないうちにとっとと退散する。
「大丈夫だ、奴は逃げない」
彼はやけに自信たっぷりだ。確証でもあるのか、胡散臭げな私の視線を受けてもハインラッドは余裕の表情を崩さなかった。
「逃げられないさ、奴が魂を集めている理由も分かったからな。またすぐに人間を襲うために動くはずだ」
そんな物騒な事が起こるなら魔女より私の方が逃げ出したい。
まあ、多少の不安はあっても、優秀な傭兵様なら魔法相手でも何とかなるだろう。
話し合いの結果、作戦決行は明日の日没前となった。
魔女が使役していた石人形は古い闇の魔法を使っているため、夜にしか使えない代物らしい。被害も日中には出ていないそうなので、魔女が動くのは日が落ちてからに違いない、というのがハインラッドの話だ。
作戦内容は石人形をクロノ君とスピカさんとで蹴散らし、残りの人数で魔女を追い詰めるというもの。
ちなみに戦力として私は含まれていなかったのだが、ライシャさんが心配ですので、という心にも無い台詞とスピカさんの十八番、スドウさんだけ仲間外れは酷いです!という純真オーラと輝き光線の後方支援により、魔女を追い詰める側へ就く事になった。
自分でやっておいて何だが、思い通りにいかず項垂れる彼には少し同情する。人生は色々とうまくいかないものだ。彼にとってもいい経験だろう。
元気のないハインラッドを部屋に残し、私達は明日に備えて自分の宿へ戻った。
基本的に任務中は経費節約と安全のため、一部屋に全員が寝泊りするようにしている。今回は二人部屋を使っていたため、部屋代を出している私と無駄に活躍していたスピカさんがベットを使い、クロノ君はソファーという配置になった。
ライシャさんは傭兵らしく、先程と同じようにドアの前に立っていた。
スピカさんが一緒に寝ようと誘っても、彼女は必要無いと断った。
しかし部屋の隅でこちらをじっと見ていられるというのはかなり不気味な光景なので、目だけは閉じてもらうようお願いした。
プロの傭兵とは皆こういうものだろうか。
翌日、十分な睡眠をとった私達は夕方、待ち合わせ場所の静かな酒場へと足を運んだ。
勿論これは私からの提案だ。ゴロツキ酒場など必要の無い限り近付きたくない。いつどんなトラブルが待ち受けているかも分からないのだ。
「お待たせしました」
「おう」
カウンター席に座っていたハインラッドはやや浮かない表情だ。昨日の事をまだ引きずっているのだろうか。
ふと横を見ると、彼の隣には帽子を被った男がいた。
「ああ、君達が彼の連れですか」
声だけ聞けば愛想のいい好青年だ。
が、男は笑っていない。ハッキリ言って目が怖い。
こちらを値踏みするように眺め、酒場に不似合いな若者二人を見ると、口だけ笑みを浮かべた。
明らかに馬鹿にした様子に、スピカさんはムッとした顔になりクロノ君は眉をひそめた。
「どちら様ですか」
嫌な予感をひしひしと感じつつ、ハインラッドに問いかけた。どうもこの帽子男、私と同じ匂いがするような気がする。
「こいつも魔女退治に来たんだと。依頼したのは他の国らしいが」
「えーっ!」
模範的なスピカさんの反応に、俺だって知らなかったんだよ、とハインラッドも言いたげだ。
世間を騒がせるような魔女だ。他に討伐を命じる国があってもおかしくない。だが今気にするのはそこではなく、なぜその命令を受けた男が、同じ目的を持つハインラッドと一緒にいたのかという事だ。
我々の疑問を察したであろう帽子男は、鋭い瞳を伏せ淡々と話し出した。
「ああ、私はラズァイトといいます。実は彼が私と同じ依頼を受けていると聞き、宜しければ同行させていただければと思いましてね」
何を言っているんだこいつ。
ライシャさんを除く我等三人の思考はこの瞬間、見事にシンクロした。
そういえばここに入ってきた時、ハインラッドがばつの悪そうな顔をしていた。まさか彼は提案を受けたというのか。
「ハインラッドさん」
スピカさんがにこやかな表情でハインラッドに詰め寄る。可愛らしい彼女の背にあるハンマーが鈍い光を放っていた。
「私達と一緒に行くって約束しましたよね?昨日みんなで作戦も考えて」
「いや、俺は別にこいつと二人で行くなんて言ってないだろ」
笑顔のまま距離を縮めてくる彼女の迫力に気圧され、ハインラッドが慌てて弁明する。
さすがに抜け駆けはないだろうとは思っていたが、予定外の人物の参加を認めたくないのは私も同じだ。
見ず知らずの男を作戦決行という時に加えるなんて、いくら彼でもありえない。何か理由があるのか。
「別に手柄を横取りしようなんて思ってないですよ。魔女退治はついでみたいな物なので」
ラズァイトと名乗った男は、我々に一枚の紙切れを広げて見せた。
描かれていたのは細工の施された一対のガラス瓶。中には何かの液体が入っているようだ。
「これを見た事はありますか」
スピカさんとクロノ君は首を横に振った。私も特に見覚えはない。だが紙を広げている男の後ろでハインラッドが一瞬、目を泳がせていたのを私は見逃さなかった。明らかに彼は何かを知っている。
「秘宝とも呼べる二つの瓶がある国から魔女に盗まれました。瓶を奪還するのが私の仕事ですので、それさえ見つかれば他は手出ししません」
胡散臭い。
瞳輝き少女はだったら大丈夫ですね、なんてこいつの言葉を鵜呑みにしているが、私は騙されない。
奴は隙あらば私達を出し抜き、手柄を独り占めしようと目を光らせているに違いない。
私ならそうする。
魔女退治は他の奴らに任せて、自分は何もせず目的の物を手に入れる。こんな楽な商売は無い。
思い返してみれば、初めてハインラッドと会ったあの酒場にこの男もいたような気がする。私達の会話を盗み聞きし金儲けの匂いを嗅ぎ取り、機会を狙っていたのだ。
ハインラッドは魔女退治に手を出さないと約束する事を条件に、同行を許可したようだ。よってスピカさんとクロノ君の陽動チームに奴が加わる形になった。
無論手を出さないと約束したため、戦力としてはカウントされていない。
話がついた所で私達は早速森に向かう事にした。
クロノ君は対石人形用にD・Bソードを二本渡されていた。高価な品をこうも簡単に量産されると、本当に大した価値が無いような気がしてくるから不思議だ。
「スピカさん、いざとなったら奴の頭を後ろから殴って逃げて下さいね」
怪しい人物と行動を共にする少女には、私からしっかり注意をしておいた。本当にあの男が裏切ってしまえば、旅慣れた二人でも危険な目に遭うに違いない。
ところが少女は私の心配をよそに、のほほんとこう答えた。
「大丈夫ですよ、あの人知ってますから」
「はい?」
何ですか、また私が分からない話を知っているんですねあなたは。
「名前しか知らなかったんですけど、あのラズァイトって人、ハインラッドさんの仲間になるんですよ」
またしてもハインラッドマニアの歴史講座を聞く事になった。
当然あちらのご本人達には聞こえないようにこっそりと、出発を目前にしているので手早くお願いした。
ラズァイトと名乗るこの男は、ハインラッド一味と呼ばれるメンバーの一員らしい。回復系魔法の使い手で、幾多の危機を癒しの力で乗り越えた、に違いないとスピカさんは力説した。
ちらりと帽子男を盗み見る。いや、あの顔で癒しの力とか言われても説得力が無い。あれは命乞いする敵を薄ら笑いで殺しそうな目だ。
「それのどこが大丈夫な理由になるんですか」
「何言ってるんですか!ハインラッドさんの仲間ですよ。いい人に決まってるじゃないですか」
ああそうですか。
私は離れて話を聞いていた少年に近付いた。彼は腰に自分のカタナを腰に差し、D・Bソードは二本まとめて背中に括り付けている。会話に加わっていないが、こちらの話はしっかり聞いていただろう。
「クロノ君、いざとなったらこっちに合流して下さい。彼女は置いてきてもいいですから」
「了解です」
かくして我々は、三度目の探索へ繰り出す事となった。できればこれが最後であってほしい。