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04負傷したMと私の交渉術


 30秒後、手に魔法の傘と愛しの君を持ったスピカさんがふわふわと降下してきた。二人とも攻撃の余波による怪我などは無さそうだ。

 ライシャさんの非常識な一撃に敵は圧倒されたのか、先程の閃光を最後に目立った動きは無い。


 好都合だ。こんな所に長居は無用。一時撤退を進言すべく彼らの元へと向かった私は、何やら浮かない顔をしている少女に気付く。


「どうしましょう、ハインラッドさんに魔法が全然効かないんです」


 そう言った彼女は治癒魔法を使用しているらしく、手元を淡い光の球体が包んでいる。

 ハインラッドの左手からは未だ鮮血が溢れており、止まる様子は無い。このままでは出血多量で死んでしまう。


 とりあえず止血するため、私は鞄から携帯救急セットを取り出した。絆創膏と包帯ぐらいしか入っていなかったが、無いよりはましだろう。


「ハインラッドさん、とりあえず左手を」


 言いながら彼の顔を覗き込む。元々良くない顔色が、出血により更に白く見える。

 だが彼の表情は苦痛のそれとは違い、むしろ笑みが浮かんでいた。

 Mなのか、この人。


 ハインラッドは閃光が飛んできた方向に視線を向けたまま、一言呟いた。


「間違いない、インレーザーだ」


 興奮している所申し訳ないが、ともかく怪我を何とかしなければ。今死なれてはこれまでの計画が台無しだ。


 閃光が貫通した穴は大きく、ちょっとこの装備では止血できるのか微妙だ。スピカさんは効果が無いと分かっていながらも、懸命に治癒魔法を続けている。

 彼女の魔法の腕に問題は無いはずだ。まさか先程の光線に呪いの効果でもあったのだろうか。


「そうだ、ライシャさん、何かいい止血の方法を知っていますか?」


 プロ傭兵の彼女なら、いざという時の治療法など心得ているに違いない。


「うーん?」


 ハインラッドの方を見て、首を傾げた彼女はちょっと考えこう言った。


「潰して焼くか?」


 いきなり最終手段ですか。

 傷口を塞ぐ前ににショック死してしまいそうだ。


 慌てたスピカさんが傭兵様の前に立ち塞がる。


「だ、駄目ですよそんなの!」


 少女の慌てぶりを見たライシャさんは、また首を傾げる。

 子供のような仕草は彼女を幼く見せたが、次のセリフで現実に引き戻された。


「死ぬよりいいだろ?」


 これでもかというくらいの正論だ。彼女の腕力を持ってすれば、人間の腕を捻じ切るのも容易いだろう。


 一方夢見る少女は愛しの彼を守るために必死だ。勝手に歴史を変えないで下さい、隻腕の魔剣士にするつもりですか、などと数々の反論を並べ立ててゆく。


 彼女達の言い争い(といってもスピカさんがほぼ一方的に反対しているだけ)が激しくなったところで、ようやく渦中の男がこちらに気付いた。


「何やってんだ?あいつら」


「あなたの腕の存続危機です」


 この人、顔色が悪いくせに意外と元気だ。齢の割に妙な落ち着きがあるし、怪我にも動じていない様子から実戦慣れしているのが分かる。

 国からの依頼を受けているというのも本当かもしれない。


 私ならいくら優秀だろうと、こんな若造に仕事を任せようとは思わない。国に関わる重要なものなら尚更だ。護衛一人だけで増援も無いとなれば、最初から期待していないか様子見の捨て駒かのどちらかだろう。


 しばらく二人の様子を見ていた彼は、内容を把握すると片手で自分の荷物を漁りはじめた。しかし目的の物は見つからなかったようで、表情は曇っている。


「くそ、町で補充しておくべきだったな」


 彼は、ふと何かを思いついたように私に向き直った。


「そうだ、あんた刃物か何か持ってたら俺に売ってくれないか」


「刃物、ですか?」


「錆びてる物でもいい、何か持ってないか」


 持っていなくもないが、これはD・Bソードを作ってもらうため依頼主から預かった物だ。譲ってしまっては元も子もない。

 いや、もしかしたらこれはチャンスかもしれない。私は気取られぬよう、自然に会話を続けた。


「貸すだけなら構いませんよ」


 私の言葉にハインラッドは、一瞬微妙な表情を見せた。何か言いたそうな、困ったような顔をしている。


「捨てるような物とかは」

「無いです」


 とびきりの営業スマイルで答えた私に、彼はどうしようかと色々考え込んでいるようだ。


「どうしました?」


「あー、その、何だ。やっぱりただで借りる訳にはなぁ。買った値段の倍で買い取るが、駄目か?」


 この男、先程から様子がおかしい。妙な所にこだわっている。何かを隠しているのか。

 話からすると、貸した物は戻ってこないような言い方だ。怪しげな魔法でも使うのだろうか。


 ここはもう下手に策を練るより、単刀直入にいこう。


「では先程クロノ君に渡した剣と同じ物を作ってもらえませんか」


 私は鞄から刃物を取り出した。依頼主が用意した中から私自らが選んだ物だ。


「ちょうど私、切れ味のいい物が欲しかったんですよ」


 彼に見せたのは、何の変哲もない出刃包丁。

 もしロングソードでも取り出したりしたら、不自然極まりなかっただろう。


 包丁という生活用品なら持ち歩いていてもおかしくない。D・Bソードを作ってもらうのも、何でも切れる便利な包丁にしたいという単純な理由にできる。


 もし断られても、魔女を倒すための味方は欲しいはずだ。

 先程のスピカさんやライシャさんの活躍を見て、二人を雇いたいと言うのであれば、今度は報酬としてD・Bソードの製作を要求するとしよう。


 さて、彼の反応はどうだ。


「ああ、それくらいならお安い御用だ」


 ハインラッドはあっさり了承した。

 護衛の剣士やクロノ君に渡しているところを見ると、やはり彼にとって、D・Bソードはそれほど価値のある物では無いらしい。

 後の時代で販売している物と、何か違いがあるのだろうか。


「すぐ返すから、少し待ってくれ」


 包丁を渡すと彼は森の中に入っていった。まさか持ち逃げはしないだろうが、何をするつもりなのか。

 やはり熱して傷を塞ぐのに使うのだろう。捻られたり潰されたりする前に自分で何とかしてしまおうと思ったに違いない。


 ハインラッドが作業する間、私はクロノ君に連絡を取ることにした。宿に転送された彼には、皆の無事を伝えとりあえず待機するよう言っておいた。町への道を一人で行くのは危険なため、後から迎えに行く事にする。


「あれ?ハインラッドさんはどうしたんですか」


 ようやく話を終えたスピカさんは、こちらに小走りでやってきた。二人の中で結論は出たのか気になるが、今となってはもう意味がない。

 任務を割と短時間で済ませたのもこの二人のおかげだ。そういう意味でも、傭兵の彼女を雇ったのは正解だったようだ。


「何やってんだ?あいつ」


 ハインラッドが向かった方を見たライシャさんは、不思議そうな顔をしている。

 この森と暗闇の中、どうやって彼の姿を見ているのだろう。


「何が見えるんですか」


 まさか千里眼でも持っているのか。彼女は一度私の顔を見、スピカさんを見てもう一度私の方を向いた。何か嫌な予感がする。


「言っていいのか?」

「いや、やっぱりいいです」


 子供に聞かせるには躊躇するような内容なんですね。分かりました、聞きません。私も聞きたくないですから。


「えー、何ですか。教えて下さいよ」


 空気の読めない娘っ子は無視して、私は彼が戻ってくるのを待った。彼がどんな姿で来ても、何も聞かない事にしよう。

 途中傭兵様がうん?とかおお?とか声を漏らしていたが気にしないようにした。



「待たせたな」


 ハインラッドは宣言通りすぐに戻ってきた。見た感じ特に変わった様子が無いので安心した。いや、先程より顔色が良くなっているような気がする。


 彼の手を見ると、裂傷はきれいさっぱり消えている。スピカさんはがしっと、音が出る勢いで自分より細い男の手を取った。


「ええー!どうやったんですか?」


 私の魔法で直らなかったのに~、とか言いながら揺さぶる彼女に、彼は企業秘密とだけ答えた。彼が勤める企業とやらは秘密で溢れているのだろう。

 納得できない様子の彼女は、そっぽを向いて頬を膨らませていた。


 一体あなたはどこの幼児ですか。とてもクロノ君と同年代には思えない。


「いやー、助かった。予備を買ってなかったからな」


 包丁を差し出した秘密企業の役員は、最初に会った時より大分フレンドリーだ。こちらをある程度信頼してくれたようだ。


「ところで、特製の包丁はいつ作って頂けますか?」


 包丁を受け取ったついでに、一番大事な事を確認しなければ。私の問いにハインラッドは軽い調子で答えた。


「ああ、もう変えてあるぜ」


 何ですと?

 包丁をよく見てみるが、変わった所は見当たらない。こんな短い時間で魔法剣というのは作れるものだろうか。


 真偽を確かめるべく、石人形の残骸に包丁を入れれば、溶かしたバターのように抵抗無く斬れた。念のため他にも確かめようと、地面に刃を立ててみれば、固い土もヨーグルトのように柔らかく感じられた。


「確かに本物のようですが、まさか1時間しかもたないとかは無いですよね」


 金を取らずに短時間で作った物だ。制限時間があってもおかしくない。


「大丈夫だ、俺が死んでも効果は消えない。普通の包丁に戻したかったら、どこかで浄化の魔法でもかけてもらえばいい」


 まるで呪いか何かのようだ。これを持っていると命を落とすとか、孫の代まで祟られるとかいう運命が待ち受けているのではなかろうか。

 一刻も早く戻って依頼人に届けたい。目的は早くも達成されたのだ。ここに長居する必要は無い。


 しかしあまりに簡単に事が進んだため、私の中には欲が生まれた。


 ハインラッドに更に恩を売っておけば、後々大きな見返りを得られるかもしれない。

 もっと資金があれば、こんな子供を使わずライシャさんのようなプロを雇えるだろうし、私の身の安全も保証される。一度に多くの依頼をこなすことも可能になるだろう。


 ライシャさんの力は護衛としては十分過ぎる程だが、相手は魔女。彼女は魔法を見た事が無いため、万が一というのも考えられる。

 予想外の行動をとってくれる少女の存在もあり、難しい選択だ。


「とりあえず一旦町に戻るか。作戦を練り直す必要が出てきた」


 ハインラッドは初めに会った時の、どこかやる気の無い態度とは違い、明らかに嬉しそうだ。先程口にしていた、インレーザーというのと関係があるのだろう。


 彼はもう一度左手に魔法陣を刻むと、町への道を歩き始めた。とにかくこんな場所でじっとしていても仕方が無い。落ち着いて今後の事を考えよう。


 私達は徹底的に破壊され、更地となった森の一部を後にした。木から落ちた鳥の巣とか、地面の穴から放り出されたウサギとか、何だか色々な屍が転がっていたが、見ないようにした。


 戦いに犠牲はつきものだ。



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