03傭兵の攻撃!相手は死ぬ
私達は再び森の中にいた。
「言っておくが、俺はそっちの面倒まで見る余裕は無いぜ」
「ご心配なく。こちらはお気になさらなくても結構です」
前を歩いているクロノ君とハインラッドから若干距離をおき、女子二人と私が後に続く。
「危なくなったら助けますからねー」
スピカさんは憧れの人を前にして、非常にいい笑顔で手を振っている。
私達はクロノ君の安全のため、という題目で同行する事を希望した。始めは反対されたが、仲間を一人だけ危険に晒すわけにはいかない、とスピカさんに熱弁させたところ、キラキラ眼力に気圧され渋々OKを出した。
ただし余計な手出しはせず、もし自分がやられたら構わず逃げるように、との事だった。逆にそういう事態こそがこちらにとっては都合がいい。危険な状況下で彼を助けた方が感謝と見返りは大きくなる。
ライシャさんには指示を出すまで護衛以外の行動をしないよう言ってある。来た時のように見えない所で敵を撃破しても効果が薄い。
ハインラッドが危機を感じ、我々が彼の目の前で解決する事こそ意味がある。
よってクロノ君が危険な目に遭う可能性が高いため、いざという時のために緊急脱出用の転移装置を持たせた。これを使えば一瞬で私達の拠点、カリンさんの宿屋に移動できる非常に便利なアイテムだ。
作戦は万全の用意ができている。後は私に危険が及ばないよう注意するだけだ。
「そろそろか」
先頭を歩く彼が足を止め、腰の剣を鞘ごと抜いた。そしてそれを、すぐ後ろを行くクロノ君へと放った。予想外の行動にも関わらず、クロノ君は難なく剣をキャッチした。
「石人形が出たらそいつを使え」
「何です、これは」
「俺が作った魔法剣だ。魂が無い物なら何でも斬れる」
さらりと言った彼は、鞄から先程買い求めた酒の瓶と塩の袋を取り出すと、何やら準備を始めた。
クロノ君は一瞬戸惑ったが、確認のため剣を鞘から引き抜いた。作り自体は普通の物のようだが、刀身は何か斬った後なのか、赤黒いもので汚れていた。
よく見ると柄の辺りにも赤い斑点が付着している。
「もしかしてこれは」
彼が話していた、猛獣に食われたという剣士の物だろうか。思わず呟いたクロノ君にハインラッドは答えた。
「注意しておいたってのに、生き物に向かって斬りかかるんだからなぁ、あいつ」
効かねえって言ったのにとか呟きつつ作業している彼は、まるでそれが日常茶飯事だというようだった。
不吉な剣を受け取ってしまったクロノ君は、若干顔色が悪くなっている。
この剣は恐らくD・Bソードだろう。まさかこんなあっさり渡すとは思っていなかった。今の時代では、あまり価値が無いのだろうか。
「ハインラッドさん、それってどうやって作るんですか?」
おっと、スピカさんいい質問だ。ここで私やクロノ君が聞くと余計な詮索に感じられる可能性があるが、能天気な少女の場合は単なる好奇心として全く不自然では無い。
「悪いが企業秘密だ」
残念、予想通りの反応だ。簡単には教えてはくれないか。だがやはりこういう場合、子供というのは便利だ。
そうこうしているうちに、彼は作業を終えたようだ。酒を染み込ませた塩の塊を手に乗せ、ハインラッドが小声で呪文を唱える。すると小さな赤い立方体を中心に塩は燃え上がり宙に浮いた。
やがて炎は赤から青へと色を変え、ぼんやりと光を放っている。まるで人魂のように。
「噂だと魔女は石人形で人間を襲って魂を集めているらしい。こいつで奴をおびき寄せる」
という事は私も襲われかねない。彼らからもう少し距離をとったほうが良さそうだ。
ライシャさんは素直に感心しているが、魔法鑑賞より私の警備の方に専念してほしい。
魔法を使える者ならこちらにも一人いるので、後から好きなだけ見せてもらえばいい。
「魔女が現れるまで俺は補助に徹する。なるべく目の届く範囲で行動してくれ」
「分かりました」
いよいよ始まりそうだ。私達は二人から離れ、目立たないように様子を伺う。頑張ってクロノ君。いざという時は女性陣が助けてくれますから。
私の安全が確保されていれば。
日が沈み、辺りを暗闇が包み始めた頃、それはやってきた。
「何だか霧が出てきましたよ、スドウさん」
スピカさんが辺りを見回しつつ、不安げな声を出した。湿っぽい空気のせいか、妙に生暖かい風が吹いている。
人魂もどきが放つぼんやりとした光が、余計に不気味だ。
「おいスドウ」
一番近くにいたライシャさんが急にこちらを振り向いた。
「しゃがめ」
傭兵が客を呼び捨てにするのはどうなのか、命令する立場はこっちだとか、思ったのは一瞬だった。
私を見ていない彼女を目にしたのだから。この時の私の動きは、今までの人生で一番早かったと思う。倒れこむように伏せたのと、ライシャさんの蹴りがそれを粉砕したのは同時だった。
正に粉砕。人の形だったのであろう物体は、あまりの衝撃に上部分を粉にされ、下半分は宙に浮いていたのか、ごとりと音を立てて落下した。
石の落下音でようやくスピカさんが、何が起こったのか理解した。慌てて向こうの二人に声をかける。
「来ました!」
男二人は彼女の声でようやく気付いたようだ。
「フラッシュ・ボックス」
すかさず唱えたハインラッドの魔法により、光の箱が現れ周囲を照らし出す。
霧に姿を隠していた石人形が明かりで浮かび上がった。数はおよそ三十、完璧に囲まれている。
「ちっ、こいつら足が無い。こんなもの気付けるかよ」
彼が悪態をつくのも無理は無い。ライシャさんがいなければ、我々は誰も敵の接近に気付く事無く先制攻撃を受けていただろう。
人形の大きさはほぼ人間サイズ。表面は陶磁器のような滑らかさがあり、腕には関節のようなものは見当たらない。足は無く魔力か何かで浮いているようだ。胸には魔法陣らしき模様が描かれている。
「行きます」
血濡れの剣を抜いたクロノ君が体勢を低くして走り出す。私達三人はライシャさんが倒した部分から包囲を抜け、人形達から離れた。
「破ッ」
気合一閃、少年が石人形をいとも簡単に切り裂いた。
肩から胴体にかけて、魔法陣ごと真っ二つになった人形は伸ばした腕を触れさせる事無く崩れ落ちた。
切り口はレーザーで切断されたように鋭利で、剣の見た目からは想像できないものだ。そのまま足を止めずに二体、三体と切り伏せていく。
ハインラッドは一旦距離を取り呪文の詠唱を終えると、目の前に氷の箱を作り出した。
「アイス・ボックス」
出現した氷を己の拳で打ち砕く。外側は薄く作られていたらしく、砕けた欠片と水が飛散した。
細かな破片は水を纏った氷柱として敵の足元に降り注ぐ。
地面と共に凍りついたそれは、足の無い石人形を見事に足止めしたのだった。氷を砕こうと手を伸ばす前にクロノ君が上半身ごと切り離す。
ところが石が裂かれたのは一瞬の事で、すぐに触手のような物が体から伸び、斬られた部分を再生させた。どうやら魔法陣を破壊しなければこいつは倒せないようだ。
「趣味の悪い人形だ」
少年剣士は呟きつつ、今度はしっかりと魔法陣のある胸の辺りを切り裂いた。二人の連携であっという間に三分の一が片付いた。
思ったよりも順調だが、あまり簡単にいくとハインラッドに恩を売るという作戦に支障が出てしまう。クロノ君も最初からあまり本気を出さないで欲しい。
派手に戦っている二人から離れ、木陰に潜んでいるため、こちらに敵が来る気配は無かった。このままここで観戦していようかと思っていたが、傍らの少女はそうもいかないようだった。
「どうしましょう、何とかしないと」
目に見えて慌てている彼女に、多分大丈夫ですよと声をかける。しかし少女の耳には全く入っていないようだ。憧れの人を前に、冷静な判断力が失われている。
「よし、加勢します」
暴走気味のスピカさんはすぐに結論を出し、背負ったハンマーを取り振りかぶった。私はもう止めるのは無駄だと判断し、色々諦めた。
「アイアン・ボックス!」
彼女の呪文で鋼鉄の立方体が、ハンマーが振られた地上数十センチの所に現れる。インパクトの瞬間、火花が散った。
上空に撃ち出された鉄塊は瞬く間に十数本の槍へと変わり、離れて戦う二人の頭上へ降り注いだ。スピカさんの声を聞いたクロノ君は、咄嗟に地面を蹴って飛び退いたが、ハインラッドはまだ気付いていない。
「ハインラッドさん、上!」
クロノ君の呼びかけに、彼は上空から迫る危険をようやく察知した。走って避けるには遅すぎるし、武器で防ごうにも今は何も持っていない。
「アイアン・ボックス」
彼は素早く同じ魔法を唱える事により、その場を切り抜ける。右手から自らの頭上に分厚い鉄板を浮かべ、盾として機能させた。
防御手段を持たない石人形は、勢い良く降り注ぐ槍の雨により容易く崩壊した。魔法があまり効かなくとも、こういった物理攻撃には弱いようだ。
これが火や雷の魔法なら石人形には通じなかっただろう。慌てていてもこの少女、やる事はきちんとしている。彼女の魔法により残っていた敵の全てが破壊された。
ハインラッドが作った盾にも、しっかり槍が一本刺さっている。さすがに彼女も自分のした事に気付いた。
「だ、大丈夫・・・ですか?」
やや遠慮がちな笑顔で彼に近付く。先程の攻撃は殺意があったと思われて当然だ。初対面でこんな目に遭ったら怒らない方がおかしい。
私だったら速攻解雇している。
だが意外にも彼の顔には、怒りというより驚きの色が浮かんでいた。
「お前、魔属だったのか。てっきり人間だと思ってたが」
「はい?」
ハインラッドの予想外の反応に、スピカさんは彼が何を言っているのか分かっていないようだ。理解できず首を傾げている。
「ええと、私人間ですよ?」
このお気楽少女が魔属なら、私の後ろの傭兵様はさしずめ大魔王を倒した後の隠しボスといったところか。プレイ時間を200時間以上費やし、レベルを最高まで上げても倒せるかどうかは分からない。
話がずれてしまった。スピカさんはこう見えても正真正銘人間だ。以前この二人を初めて雇う時に、出身地や種族をしっかりと確認している。
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
「いや、ボックス魔法詠唱無しで使っただろ」
頭の上に?マークを躍らせていたスピカさんは、彼の一言を聞いてあぁー!と小さく叫んだ。魔法の事に疎い私にはよく分からない会話だったが、彼女は何かを察したらしい。
「じ、実はみんなには内緒なんですよ。秘密なんです!」
怪訝な表情をしたハインラッドに向かって、怒涛の勢いで喋りまくるスピカさん。彼女の勢いにそうなのか、と彼は納得したようだ。絶対言わないで下さいね、とか言ってる会話がこちらに丸聞こえだ。
何とか彼の疑問を解消したと自分では思っている彼女は、ほっと一息ついた。私には意味不明の会話のため、二人から離れたスピカさんにそっと声をかけた。
「いつからあなたは人間をやめたんですか」
やや冷たい眼差しで言うと、彼女は会話を聞かれていたのを驚き、本気で慌てていた。
あんな大声で話していて聞こえていないと思う神経が分からない。
「いや、えーっとそのこれは本当じゃなくて」
手をばたばたさせながら彼女は弁明を始めた。もちろん向こうに聞こえないように、しっかりと小声で言うように忠告しておいた。
彼女曰く、
この時代での魔法というものは主に魔属が使うもので、人間は魔属と契約しないと使えない。
魔属は詠唱無しでも魔法が使用できるが、契約した人間は詠唱をしないと使えない。
彼女の時代では正式な契約の方法が確立されたため、人間でも詠唱無しの魔法が使える。
よってこの時代の人間のハインラッドは、スピカさんを魔属だと勘違いしてしまった。自分は本当に人間です、信じて下さい。と、いう事だそうだ。
「まあ、大体は分かりました。しかしそういう事情があるなら、次からは気を付けて下さいね」
今回はたまたまうまくごまかせたが、下手をすれば不信感を持たれ今まででの苦労が全て無駄になってしまう。
彼女へのお説教を終え、私は再び前線に立つ二人に目を向けた。石人形は片付けてしまったが、どうやって魔女の行方を追うのだろうか。
「敵は退けましたが、魔女はどうやって探すんですか」
クロノ君も私と同じ疑問を持っていたらしく、ハインラッドに尋ねていた。
「向こうはこちらの様子も何らかの方法で探っているはずだ。そいつを探知する」
言うなり彼は石人形の残骸を漁り、欠片を一つ取り出した。石の破片を握り呪文を唱えると、欠片に残る魔法陣が石から彼の手へと吸い込まれていく。赤で描かれたそれは、手の甲へ元の魔法陣として再生された。
「器用な魔法ですね」
「俺の唯一の取り柄だからな。これを使えば魔力を通して奴がどこにいるか」
言い終わる前に閃光が走った。一瞬視界を奪われたかと思うと、一拍置いてキンッと金属が擦れるような甲高い音が響く。雷か?いや、雷ならばもっと腹に響くような音と振動があるはず。
「ハインラッドさん!」
悲鳴をあげたのはスピカさんだ。姿勢を低くしながら二人の方を見ると、ハインラッドが腕を押さえて蹲っていた。今の閃光により、魔法陣を移した左手を撃ち抜かれたようだ。
手の甲を貫通し、出血が地面を濡らしていく。治癒魔法の使えるスピカさんは、急いで駆け寄ろうとする。
「来るな!」
制止したクロノ君がD・Bソードを構えた。光が飛んできた方向から、二撃目がすかさず放たれる。タイミングを合わせ、上段から斬りつける。
しかし音を立てて粉砕したのは、剣の方だった。閃光は攻撃をものともせず、直進し襲いかかる。この位置ではもうかわす事が出来ないと判断したクロノ君は、咄嗟に服の袖に仕込んだ転移装置を作動させた。
間一髪の所で彼の姿が掻き消える。目標を見失った閃光は、標的を変え今度は私達の方へ向かってきた。まずい、これはやばい。
すかさず麗しの傭兵様が、私と閃光との間に颯爽と入り込む。そして期待通り見事に攻撃を防いだ。
素手で。
「ふん」
彼女が放った右ストレートは、中心を正確に捕らえた。勢いはそれだけに留まらず、閃光は放たれた方向へと吹っ飛んでいった。
攻撃の衝撃波により、周囲の木々はなぎ倒され地面が抉れている。余波でハインラッドとスピカさんが飛ばされていくのが見えた。二人とも魔法使いなので多分大丈夫だろう。
私?もちろん無事ですよ。飛ばされないようしっかりと、彼女に首根っこを掴まれていますから。
敵の攻撃よりも恐ろしい破壊の化身は、思ったより硬かったな、とか何とか呟いていた。