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23ヒロインは一体誰なのか


「で、会話出来たならとっとと乗せてもらおうぜ。このままじゃいい的にされる」


「無論そのつもりです」


 彼に言われるまでもない。平和と安全を愛する者として、危機的状況を早急に打開しなくては。

 相手は戦闘大好き国家の兵隊。杭での遠距離攻撃が通じないと分かれば、次はきっとダイレクトアタックだ。竜に届く大木を駆け上り、大勢の武装集団がやってくる。


 唯一の救いはこの高度。いくら歴戦の兵士達といえどすぐには登ってこれない。大砲もここまで届かず銃で狙いを定めるのも難しいだろう。

 が、そもそも窮地に追い込まれた原因はこの高さのせいでもある。

 黒エルフめ、余計な事をしてくれた。


「シャーベッタさん、我々を乗せて移動して下さい」


 地上に降りるのは後だ。まずは危険地帯を脱出するのが先決。超巨大竜の羽ばたきならあっという間に敵を引き離せる。


『分かりましたわ。どうぞ背中へ』


 シャーベッタが大樹から渡れるよう前足を差し出した。

 心遣いは大変ありがたいが、山を寄越されても困る。最初から背を向けるか、せめて手のひらを向けてくれないだろうか。普通に飛び越せるライシャさんや、魔法で飛んでいるハインラッドとは違うのだから。


「あの、すみません。出来れば屈んで背中を向けて頂けますか」


『あらわたくしったらご免なさい。魔法を使える方ではなかったのね』


 何だろう。凄く残念な気分だ。声と仕草はとても清楚で優しい令嬢。少し天然だが物分かりが良く今までにない女性らしい女性。守るべき対象。

 出会ってきた女性の中で、一番ヒロインらしいのが人外というのはどうなんだ。


 悶々としながら私は千年竜の広大な背中に移動した。谷間のような逆立った鱗群から超巨大な羽の付け根が見える。

 先端部は雲で霞んでいた。

 羽ばたく翼から距離が遠いので風圧は少ない。


「よっと」


 ハインラッドも竜に飛び乗り、剣を回収した。残りはライシャさんだけだ。

 しかし乗ったはいいものの、鞍や手綱があるわけでもない。安全に乗るにはどうしたらいいだろう。


 ばりばりばりばり。


 何かトラウマを呼び覚ましそうな音が耳に入った。

 音の発生源は大樹に残った大傭兵様。彼女は両手で掴んだ木の皮を豪快に剥がしている。ある程度の長さを確保した所で力任せにちぎり、不安定な枝の上から助走をつけた。


「とう」


 一足飛びで私たちのいる場所へやってきたライシャさんは、分厚い木の皮を足元へ置き、手刀で縦に切り裂いた。

 一本を手早く鱗と鱗の間に張り、もう一本は足元すれすれの場所へ設置した。


「こんなもんか?」


 彼女なりに安全に気を遣ってくれたのだろう。左右に張られた皮は丁度掴めるようになっており、下にきつく張られた方は足をしっかりと固定出来る。

 立ってみると分かるのだが、これは手綱というより立ち乗りの絶叫マシーンではなかろうか。


 いやいや贅沢を言ってはいけない。せっかくライシャさんが私のために用意してくれたのだ。ありがたく利用させてもらう。勿論私は二人が壁になってくれるよう真ん中へ陣取った。

 絶叫マシーンお約束の紛失を避けるためメガネは外して鞄にしまう。


『準備はいいですか?』


 二人が通行証から手を離したため、シャーベッタと会話出来るのは私だけだ。


「お願いします」


『では、行きますわよ』


 彼女が体勢を変えると、景色が大きく傾いた。空の青と白がぐるりと円を描く。

 まるで夢の中で落下するような感覚の後、ぐっと背中が押された。



 全ての景色がまるで輝いているようだった。


 海面の反射光、冷たい空気。眼下に霞む自然さえが光を放っているように感じる。



 木の皮の手綱をきつく握りしめ、足にも力を入れて精一杯踏ん張る。顔にかかる風が穏やかなのはハインラッドが再び風の魔法を使っているからだ。

 あっという間に巨大な木が小さく遠くなった。


 初めて体験する速さと景色に、私は恐怖だけではない感覚を味わっていた。


「おおー」


 ライシャさんも初めて乗る竜に感心した様子。実に楽しそうだ。


「これだけでかいと迫力が違うな」


 彼の世界にもここまで巨大な竜は存在しないのだろう。

 観光ガイドに千年竜飛行体験ツアーを作れば、他の世界から大勢の客を呼び込めそうだ。


 ところであの黒エルフはラーガラーガの軍隊に見つからなかっただろうか。魔法を掛けた大木が消えていないので死んではいなさそうだが、ぼんやりした所はあまり変わっていない。うっかり捕まっていない事を祈る。


 まあ襲撃されたとしても、ライシャさんの攻撃を跳ね返すだけの魔法があれば何とかなるだろう。あのエルフも時代を超えて随分成長している。見た目も実力も以前より随分大きくなったのだ。

 何だかちょっと感慨深い。 


『どこまで飛べばよろしいですか?』


 シャーベッタの清涼ボイスで私は現実に引き戻された。


 いけない、この世界で気を抜くなんて失態を見せるとは。まだまだ修行が足りない。

 ハインラッドのようにうっかり死んでしまうなんて絶対嫌だ。宿に帰るまでが冒険だ。


「呪いの塔へ行きましょう。あそこなら普通の人間は寄り付かないはずです」


 ライシャさんが知っている位有名なのだから、少し前の時代でも同じだろう。


『分かりましたわ』


 夕暮れに差し掛かろうとする空を、輝く竜の影が切り裂いていった。地上から見ればライトを発しながら飛ぶ飛行機のように見えたかもしれない。



 程無くして私達を乗せた竜は呪いの塔の真上に到着した。


 千年竜の大きさならどこへでも短時間で移動出来る。

 大戦記では大群の竜が空を埋め尽くし、人や武器を戦場に送り込んでいたに違いない。


 ヒロイン体質のシャーベッタも誰かを乗せて戦ったのだろうか。

 せっかく生き残ったのだ。ちっぽけな人間なんかに狩られずに生を全うして欲しい。


 私達、特に不幸体質の魔剣士とはこれ以上行動しない方がいい。


 手綱代わりにしていた木の皮をロープに、足りない長さはハインラッドが魔法で階段状の足場を塔に出現させる事でカバー。

 まず彼を先に降ろして安全性を確認。ライシャさんに敵の有無を見張ってもらいながら私が降りた。


 最後に彼女が木の皮を外して塔に飛び降りた。


「楽しかったなー。スドウも竜に乗れて楽しかっただろ」


「ええまぁ」


 あんな危険な状況の中でなければもっと楽しめただろうに。出来ればもっとゆっくりじっくりとこの世界の空を回ってみたかった。


『スドウ様はあまりお気に召しませんでしたか?』


 私の態度を不満と取ったのか、シャーベッタの声は軽く沈んでいた。

 超巨大竜がしゅん、と頭を下げる様子はちょっと可愛い。人間だったらもっと可愛らしかっただろうに。


「いえ、気に入らないとかではなくてですね。もう少しゆっくり楽しみたかったと思っただけですよ」


『そうでしたの。良かった、わたくしったら早とちりしてしまって』


 貴婦人のように笑う竜を見たのは恐らくサン・サマーで私一人だけだ。


「あとそのスドウ様というのはやめて頂けますか」


 千年以上生きている相手に呼ばれるのは気が引ける。彼女の口調では不自然さは感じられないものの、社会人としてはどうにも気持ちが落ち着かない。


『どうしてですの?命の恩人であるスドウ様をわたくし、とても尊敬していますのよ』


「いやいや。助けたのはそこの二人で、私は何もしていません」


 恩を売るつもりでやった事ならまだしも、何もしないのに感謝されるのは気分が悪い。

 元を辿れば危険に巻き込んだのはこちらの方なのだから。


 私の言葉にシャーベッタは長い長い首を横に振る。風圧で木が何本か倒れた。


『お二人はスドウ様のお連れでしょう。スドウ様がわたくしを助けようと思わなければ、お二人も動こうとはしなかったはずです』


 確かに竜を殺しては不味いと思ったのは事実だ。しかしそれは己の身の安全と男のロマンのため。決して善意からの気持ちでは無い。

 私の本意を知らず、シャーベッタは大きく羽ばたき上昇を開始した。


『この恩は必ずお返しします。お呼び頂ければすぐに駆けつけますわ』



 勘違いを残したまま、夢とロマンと私を乗せた千年竜シャーベッタは星の光る空へと消えていった。


 いまいち釈然としない私は微妙な表情のまま彼女を見送った。

 風が収まったところで、途中から黙っていたライシャさんが私に声を掛けた。


「なー、スドウってやっぱりさ」


「いい奴だよな」


 ハインラッドと共に勘違いを深める傭兵様。シャーベッタとの会話は聞こえていなかったはずなのに。

 二人揃って私の精神に追い打ちをかけないでもらいたい。


 特にハインラッド。無駄に長生きしているくせに人の本性を見抜けないとはどういう事だ。


「お喋りしていないですぐに帰りますよ。こんな危ない世界、私は大嫌いなんですから」


 前回とは違う疲労を残してくれた世界に、私は二度と訪れまいと心を決めた。


 さあ、とっとと帰るのだ。カリンさんが待つあの宿に。



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