22それを言ってはいけない
「ハインラッドと仲が良いんだな」
こちらの様子を観察していたライシャさんが感想を述べた。普段なら否定するところだが、彼の話を聞いた今なら笑って肯定出来る。友情さえ生まれていたかもしれない。
「じゃあハインラッド、ちょっとスドウ任せるぞ」
我々の友情を確認した彼女は、私の腕を離し枝を移動した。
手頃な太い枝を見つけたライシャさんは、片腕で枝を反り返る程曲げ背を預ける。
「近くで言ってみる」
枝の反発を利用して彼女は大砲のように千年竜へ飛んでいった。
「えっ、ちょっと待っ」
声を掛ける暇も無くライシャさんは浮遊大陸へ突入。あっという間に小さくなってしまい、一気に不安が押し寄せた。
百年以上生きてドジっ子属性とうっかりを増量した男と二人きりなんて、どういう罰ゲームですか。歩く死亡フラグに大事な護衛対象を任せないでもらいたい。
1分経っても竜に変化は訪れなかった。
襲ってこないからいいものの、いい加減空中遊覧も終わりにしたい。ライシャさんを呼び戻してほかの方法を考えるべきだろうか。
私が夢を諦めかけた矢先の事だった。
ドーン、と低く重い音が耳に入った。
周りを見ても空中には我々と千年竜以外存在しない。まさか竜に痺れを切らしたうちの傭兵様が強硬手段に出たのでは。
と思ったが、超巨大竜に反応は無く衝撃も受けていない様子。
「ハインラッドさん、何か聞こえませんか」
「竜の羽音以外にか?」
どうやらハインラッドには聞こえていないようだ。彼はともかくライシャさんならすぐに気付いて、何かあったのかと駆けつけてくれるはず。
それが無いという事は。
「私にしか聞こえていない?」
一体どうして。
音と一緒に微かな振動も感じた。巨大樹木の枝も僅かに揺れている。
私は気付いた。ハインラッドはD・Bソードで空中に浮かんだままで、ライシャさんは千年竜に乗っている。
木の振動が音を伝えたなら、彼らに音が届いていないのも納得だ。
だとしたら、音の発生源は地上。
こんな上空まで響く程の大きな音と振動が何かによってもたらされたのだ。
悪い予感しかしない。
「ライシャさん!戻って下さい」
急いで守護神を呼び戻す。ロマンとか言ってる場合じゃない。
私の発言の後、すぐに音の正体が姿を現した。雲を突き抜け、一直線に飛んで来た物。目に入ったのは先端が鋭く尖った巨大な棒状の柱。
馬鹿でかい杭だった。
「「何じゃこりゃー!!」」
思わずハインラッドとハモってしまった。
突如地上から飛んで来たぶっとい杭は勢い良く千年竜の足に突き刺さった。
竜の体長と比べればボールペンぐらいの大きさ。こんな凶器に貫かれてはたまったものではない。傷を負った竜は大怪獣並の咆哮を上げた。
物凄い空気の振動で大樹が揺れる。
「ウィンド・ボックス」
ハインラッドが唱えた魔法の風が私達二人の周りを囲み、衝撃を和らげる。危うく吹き飛ばされる所だった。木の振動は続いているがこの程度なら掴まって踏ん張れば大丈夫。
恐ろしいのは竜が暴れてこちらに襲い掛かってこないかだ。あんなのが突っ込んで来たら足場にしている樹木があっさり折られてしまうだろう。
「おい、あそこ」
彼が指す方角。巨大な杭が刺さった竜の足の部分にライシャさんが見えた。灰色の甲殻に彼女の髪と青の羽織は良く目立っている。
何をやっているのかと思っていると、竜に刺さっていた杭がスポーンと抜けた。彼女の仕業だ。そのまま持ち上げた杭を飛んで来た地上へ投げ返した。
「さすがライシャさん」
杭の抜けた千年竜はくるりと反転し、尻尾をこちらに向けた。
攻撃してくるのかと身構えるがそうではない。尻尾を伝って助走をつけたライシャさんが大樹に飛び移って来た。
枝を掴んで綺麗に着地した彼女はすぐに私の元へと戻った。何とも心強い。貧弱男とは安心感が違う。
「千年竜と話が出来たんですね」
私の問いに彼女は首を横に振った。
「いや、全然通じなかった」
「えっ」
先程の竜の動きは意志疎通が出来た結果ではないのか。あれはどう見てもライシャさんの意を汲んでの行動だ。
「前は話せたんだけどなぁ」
「話せなかったって、じゃあどうやって竜を動かしたんだ?」
ハインラッドにライシャさんは手を動かしながら答えた。
「身振り手振りで」
通じるのか。あの巨体に。物分かりの良い竜でなければ食われていたのではないか。
「犬にやるみたいにすれば大体は通じるぞ」
なるほど。あの凶悪熊を躾けられる彼女なら、より知能が高い竜とコミュニケーションを取るのも可能なのだろう。
犬にジェスチャーが通じると聞いたハインラッドは、どうやって躾けるのかと食いついていた。
この状況で聞いている場合か。
ドーン、ドーン、ドーン。
ほらまたさっきの音が聞こえてるじゃないですか。
「って、また来ますよ!」
地上の敵?はライシャさんの攻撃で壊滅したとばかり思っていたのに、再び杭を打ち上げてきた。
しかも聞こえたのは一発だけではない。
今回は一緒に大樹にいるので彼女も音に気付いた。
「ラーガラーガの戦車だな。竜を狩りに来たのか」
「戦車が杭を撃ち出しているんですか?こんな高さまで」
あの重量と大きさの物体を搭載する戦車とは。以前彼女が言っていたラーガラーガという国はどれ程の戦力を持っているのか。
超巨大な千年竜を狩る兵器が使われる戦争。彼らが他の世界に侵略したら恐ろしい事になりそうだ。
いや、今は無駄に考えている場合じゃない。すぐに竜殺しの杭が飛んで来る。このままでは千年竜が殺されてしまう。
「来たぞ!」
ハインラッドの声と共に巨大な杭が三本、雲間から一斉に姿を現した。
「ふん」
ライシャさんは杭に向けて拳を勢い良く突き出した。衝撃波は杭を破壊するとまではいかないが、進路を竜から大きくずらした。彼女が竜の方へ行って迎え撃てば全てを撃墜出来るだろうが、今は護衛のため私から離れられない。
残った二本は一本目から遠い位置にあるので衝撃波は届かない。
「インレーザー!」
ハインラッドがインレーザーを放った。彼の右腕が発光し、通常のインレーザーの十倍以上の光線が発射された。
しかし、巨大な杭は強度も尋常じゃない。ライシャさんが遠当てしても破壊出来なかったのだ。
レーザーは杭に小さな穴を空けただけで、進行を止められない。軽く舌打ちしたハインラッドは懐からナイフ、D・Bソードであろう物をライシャさんに投げてよこした。
「傭兵の姉ちゃん、もう一発撃ったらすぐ俺の心臓を刺してくれ」
「おう」
ハインラッドの言葉に疑問も抱かずライシャさんは頷いた。
彼は右手の手袋を外し、手のひらを再び標的に向けた。すると今度は右手どころか彼自身が激しく光り出した。光の波動で風が起こり、髪で隠れていた右目があらわになった。
金色に近い左目と違い、くすんだ青い瞳。光を映しているようには見えない。
「イン、レーザー!」
短い溜めの後すぐに放たれた極太インレーザー。
原始的な殺戮兵器に接近すると、百以上に分裂しあらゆる方向から光線が襲い掛かった。
数の暴力で杭はチーズのように穴を空けられ墜落。標的に届く事は無かった。
百発以上のインレーザーを撃って力を使い果たしたハインラッドの体が傾いた所で、タイミング良くライシャさんがナイフを投げた。
パリン、と何かが割れる音と共にナイフは彼の中心を打ち抜いた、というより抉っていった。
前回の臓物祭りのおかげか、この位の出血では大したショックは受けない。
おかげで無駄に彼の復活シーンを拝んでしまった。
出血と削られた肉は巻き戻しのように元の位置に収まり、ハインラッドは飛行する剣から落ちずに踏みとどまった。
「サンキュー」
「お前って面白いよな。どういう風になってんだ」
ハインラッドは傭兵様にグッジョブ、と親指を立てて見せた。
「ちょっと二人とも、まだ一本残ってますよ」
のん気に会話している間に、残る一本がしっかり標的を捉えていた。
「危ない!」
このままではまた大事な竜に傷が。叫んだものの、私に杭をどうこうする力などあるはずもない。
ところが、今まで緩慢な動きだった千年竜は素早く身を翻し、上空に飛んで杭をかわした。ライシャさんを木に向かわせるために反転して後ろを向いていたはずなのに。
驚いたのはそれだけではなかった。
『助かりましたわ、小さな方』
振り向いた千年竜が上品な女性の声を出したのだ。
『お話が出来なくて困っていましたの。大丈夫、貴方達が敵だとは思っていませんわ』
一体どうした事か。幻聴にしてはハッキリしているし、竜も私の方を見ている。
「どうした?スドウ」
余程アホ面を晒していたのか、ライシャさんが私の顔を覗き込んできた。無駄に近い。
「ライシャさん、竜が、喋りましたよ」
ひょっとしたら彼女にも聞こえたかもしれない。
「本当か?聞こえないぞ」
「俺もだ」
残念ながら二人に竜の声は届いていない。やはり、私だけに聞こえたのだ。なぜ?急に特殊能力が開花した訳でもないだろうに。
そうだ、ライシャさんも以前は話せたと言っていた。会話出来なくなったのは今の時代。スプリングスノゥ中期、大戦記が終了してからという事。つまり大消失が原因と考えられる。
導き出される答えは一つ。
私は内ポケットからスイセットの通行証を取り出した。
「ちょっとこれに触れてみて下さい」
二人に通行証を触れさせ、私は雌の竜に声を掛けた。
「私はスドウといいます。お名前を教えて頂けますか」
『わたくしは氷竜シャーベッタと申します』
うん、あえてコメントはしない。良識ある大人として。
「驚いたな。この紙切れに翻訳機能が付いているのか」
ハインラッドもタブーには触れない。踏み止まってくれた。
「おお、シャーベッタが喋っ」
「ストップ!ライシャさん!」
「やめろ!それは魔王さえ殺す死の言霊だ!」
「?分かった」
危うく世界の秩序を崩してしまうところだった。やはり最強傭兵様は油断出来ない相手だ。
真剣に止める男二人を見て、女性陣二人?は同じように首を傾げた。




