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21男ならロマンは譲れない


「おー」


 霞む地表にライシャさんは歓声を上げた。魔法が無く、航空機も存在しないこの世界では見る事が出来ない景色だろう。


「すげえぞスドウ。全部見える」


 彼女の言う通り、上空からスプリングスノゥ全域が見渡せた。

 自然が多く大陸が少ないこの世界は、危険さえ無ければ素晴らしいリゾート地になっただろう。


 大気が濃いせいか、この高度でも普通に呼吸が出来る。


「ところで、どうやって元の場所に戻るんですか」


 大樹の成長が止まったところで、私はようやく現状を把握するだけの冷静さを取り戻した。

 しばらく経っても木が元に戻ろうとする気配は無く、下にいる圭介との連絡手段は持ち合わせていない。


 ゲートをこんな不安定で危険な場所に設定する訳にもいかなかった。


「?降りればいいだろ」


「やめて下さい死んでしまいます」


 彼女が言う降りるというのは飛び降りるという意味だ。間違い無く。

 超人の彼女ならともかく、普通の人間がこの高さから落ちれば潰れたトマトのようになってしまう。


 だからといって木を伝って降りるというのも無茶な話だ。ライシャさんに担がれて降りるのも絶対に安全とは言い切れない。


「ハインラッドさん」


 こういう時こそ魔法の出番だ。彼なら何とかしてくれる。


 ところが、ハインラッドは私の声に応えず明後日の方向に視線を向けていた。


「何か見えないか」


 彼の視線の先には小さな黒い影が見えた。


「鳥か何かでしょう。早く降りましょう」


 私は無視した。

 こういう時に遭遇するものにいい予感なんてしない。悪い事が起きない前に離れてしまうのが一番だ。


「竜だぞ、あれ」 


「何だ竜か」


「竜ですか」


 だったら安心ですね。


「って違うでしょ!ここはあー鳥だなぁ、って言った後に竜が出て来るパターンじゃないですか!流れ的に」


 ハインラッドが普通に流したのでつられてしまったが、今のは突っ込まずにはいられない。

 二人には珍しくもない光景でも一般人にとっては大事件。竜との遭遇なんてファンタジーの一大イベントだ。

 私でさえ少年の心をくすぐられてしまう。


「そうだ、竜に乗って降りるか」


「えっ」


 いやライシャさんそんな危険な、でもちょっと。


 竜に乗るなんてロマン、男なら叶えてみたいと思うのは当然で。でも危険と安全との天秤にかければ当然傾く方向は決まっている訳で。

 こんな形で誘惑するのはやめてほしい。本当に。


「ちなみにライシャさん、竜に乗った経験は」


「無いぞ」


 でしょうね。最初から期待してませんでした。


「ハインラッドさんは」


「食われた事ならあるが、乗ったうちに入るか?」


 予想通り、ライシャさんの提案に計画性も安全性も全く無かった。

 ああ、反対してくれる少年かウキウキ少女がいたら、私も大人の態度できっぱり諦められたのに。己の未熟な精神が恨めしい。


「スドウも乗りたいだろ」


 近距離で見つめてくる彼女の視線が痛い。腕を掴まれているので物理的にも逃れられない。


「う、いや、その」


 女性相手に口籠るなんて何年振りだろうか。

 ライシャさんは私の答えをじっと待っている。


 私は意を決した。ここで縮こまるようではこの先やっていけない。男じゃない。


「乗ります!」


「よし、じゃああいつを捕まえないとな」


 私の一大決心は軽~く受け止められた。

 別に心の葛藤を理解して欲しい訳でも無いのだが、あんまり普通に対応されると少し寂しい。


「スドウ、ちょっと手離すぞ」


 ライシャさんは木を登り、上にある果実をもぎ取った。

 私はベルトを外し、近場にある枝に巻き付ける。彼女が助けてくれると分かっていても落下は避けたい。


 ハインラッドに魔法の鎖で固定してもらうのが一番安全だろう。しかし彼が死亡してしまった場合を考えると、魔法にばかり頼ってはいられない。

 いざという時に頼れるのは己の力のみなのだから。


「どうするんだ?」


「こっちに気付かせる」


 ハインラッドの問いに答えながら、ライシャさんはヘタを食いちぎり、果実を竜がいる方向へ投擲した。

 ありえないスピードで飛んでいく紅色の球体。余波で大木が左右に揺れる。彼女が多少手加減してくれているので振り落とされる程では無かった。


 この世界の竜なら超傭兵様の一撃でも死ぬ事は無いだろう。銃弾並の速さで飛んでもただの果実だ。


 ズガーン!


 はて、何か果実にあるまじき音がしたような。


「おい、アレ爆発してねーか」


 どこから取り出したのか、双眼鏡で竜を眺めるハインラッドが唖然とした声を上げた。

 そんな馬鹿なと目を凝らしてみれば、確かに竜の影から白い煙が上がっているように見える。


「手榴弾ですか!?これ全部」


 たわわに実る宝石のような果実が、恐ろしい戦争の道具だったなんて。


 スプリングスノゥを舐めていた。やはりここは人が足を踏み入れていい領域ではない。一週間サバイバルしろと言われたら全力で逃げる。

 むしろ命令する奴を殴ってでもお断りする。


「食わなくて良かった」


 ハインラッドが食いしん坊キャラじゃないおかげで、グロテスクな死に様を目にしなくて済んだ。私も大変嬉しい。

 ただ爆弾に囲まれていると分かった今、一刻も早く地上に戻りたい。


 わざわざ危険な木を選ぶとは、何を考えているんだあの男。


「まさか今ので死んだりしませんよね」


 爆弾果実の木を降りて戻るなんて絶対にしたくない。殺人ゲームの挑戦者じゃあるまいし。

 夢とロマンと私の命を乗せた竜の安否が気遣われる。


「元気だぞ、まっすぐ向かってる」


 ああ本当だ。小さかった影がだんだん近付いて大きくなっている。


「速いな。怒ってるんじゃねぇか?」


「あれくらい平気だぞ。大して効かないし」


 良かった、さすがに竜は犬よりも丈夫だ。ライシャさんの攻撃にびくともしないとは。

 怒らせていないようで本当に良かった。


 竜のシルエットが見え始めた。ハインラッドの言うように随分早い。あんな遠くから飛んで来たというのに。



 30秒後。


「大きいな」


「大きいですね」


 一直線に飛んでくる竜の姿は大きさも相まって素晴らしい迫力だ。

 勇壮な竜に乗る光景を想像し、期待に胸が膨らんだ。



 更に30秒後。


「でかくないか?」


「遠近感、間違ってないですよね」


 立派な鱗を持つ竜の姿がハッキリ確認出来るというのに、まだ辿り着かない。

 竜の姿はかなりのスピードで大きくなっている。比例して私の不安も増大していった。本当にこれは乗れるような代物なのか。


 航空機のような羽音をさせながらゆっくりと近付いてくる大きな竜。既に目に映る大きさが航空機並だ。



 20秒後。


「これって、竜、だよな?」


「ライシャさん、浮遊大陸に羽って生えてましたっけ」


 私達の目の前に出現したのは、航空機どころか巨大怪獣さえミニチュアに感じる超巨大竜だった。

 百人どころか一万人以上乗っても大丈夫だ。

 こんな巨体が今までどこに隠れていたのか。規格外にも程がある。


「千年竜ならあれが普通の大きさだぞ」


 何でもないように答える超傭兵様。轟音を上げながら迫りくる生きた自然災害。


 違う、私が求めているロマンはこんなんじゃない。

 私が求めるのは心躍るファンタジーであって、心臓が握りつぶされるパニックアクションではないのだ。


「インレーザー十匹、いや百匹でいけるか?」


 ハインラッドはもう食われた場合の対処を考えている。大熊のような犬でさえ一発で倒せなかった。千年生きたという竜の装甲を破るには一体どれだけの数が必要になるのか。

 いや、今はそれよりもっと考えなくてはいけない事がある。


「ライシャさん、ちょっと腕を掴んでもらえませんか」


 決して怖いとか心細いとかいう意味じゃない。


「分かった」


 上の方からするりと降りてきた彼女はがっちり私の腕を掴んだ。来るまでの間にベルトはきちんと回収し、装着済みだ。

 大事な一張羅を紛失してしまう訳にはいかない。


 千年竜は天まで伸びた危険樹木の前まで来ると、飛行速度を緩め空中で停止した。


 とんでもない突風を巻き起こして。


「ぅぁぁー」


 大量の爆弾果実と共に、ハインラッドは吹っ飛ばされた。

 町に落ちてテロリスト扱いされない事を祈る。


 力強く大地に根を張る樹木は激しく揺れたものの、雄大な姿を留めている。さすがにこの世界の植物は根性がある。

 きつくベルトを締めていたおかげでズボンもパンツも無事だ。無論大事な鞄は手放したりしない。


「何でしょうね、あの人の危機感の無さは」


 危機感のズレというか、認識というか。不死身になるとああいう風になってしまうのだろうか。


「千年竜でしたっけ。どんな方法でこれに乗るんですか」


 竜は移動せずに同じ場所で佇んでいる。澄んだ瞳は理性の色を宿し、畜生とは違うと改めて感じる。

 千年生きたという事は千年分の人類の歴史を見続けたのだ。ここの人類がどれだけ恐ろしいかもきっと理解している。


 実際超巨大竜を前にしても、超傭兵様が負ける姿を全く想像出来ない。決して私の感覚が麻痺してるのではない。


「乗せてくれって頼む」


 ああ、それはいい。実に平和的で素晴らしい解決方法だ。


 ライシャさんは深く息を吸い込むと大声で叫んだ。


「おーい、乗せろー!」


 高度ウン千メートルの空間に彼女の声がこだました。


「それって頼み事じゃなくて命令ですよね」


 人生の先輩どころか取締役レベルの相手に対する態度じゃない。

 ついでに山より大きな竜に話しかけるには声量が全然足りないのではないか。


 予想通りというか何というか、竜に反応は無かった。同じ位置でばっさばっさと浮かんでいる。人に慣れているのだろう。羽ばたきの風圧で吹き飛ばされず、会話が出来る距離を保っていた。


「あっれー、おっかしいな」


 麗しの女傭兵様は首を傾げた。彼女の様子から察するに普通なら今ので意思疎通が可能だったのだろう。


「千年も生きてる竜なら耳が遠くなってんじゃないか?」


 最早彼の神出鬼没には驚かない。


「お早いお戻りで」


 思ったよりも早く前線復帰したハインラッドは、鞘に収まったD・Bソードに波乗りの要領で乗っていた。

 魔法を切り裂く剣も納刀した状態では効果を発揮しないようだ。


 魔法で浮力を持たせた物ならホウキでも飛べるだろう。なぜ彼は魔女退治の際に飛行魔法を使わなかったのか。


「ハインラッドさん、飛べるならそう言って下さいよ」


 私は彼を非難の眼差しで見つめた。


「アンタの言いたい事は分かる。わざわざ竜に乗らなくても降りられると、そういう事だろ」


 よく分かっているではないか。なのにハインラッドは魔法で降りる事を提案しなかった。


「ボックス魔法は制御し続けるのが難しい。大きければ大きい程だ。この高さを3人も乗せてゆっくり降りるなんて至難の業だ」


 私が考えていた案は彼に読まれていたらしい。

 ストーン・ボックスかアイアン・ボックスに乗って安全に降下するというのは難しいとの事。


 では今彼が行っているのは何だというのだ。

 私の疑惑の視線にハインラッドは答えた。


「今やってる飛行魔法。俺はウィングブーツの研究のおかげでトラウマを乗り越え、ようやく乗れるようになったんだ」


「トラウマ?」


 ハインラッドは大きく頷いた。


「ああ。初心者、特にアンタには危険が大きい」


「どういう事ですか」


 もったいぶらずに話して欲しい。私には危険が大きいというなら、ライシャさんなら平気なのだろうか。

 彼は重々しい表情で答えを告げる。


「滑って股間を強打する恐れが、ある」


「分かりました。竜に乗る方針を貫きましょう」


 私はハインラッドと男同士、固い握手を交わした。

 トラウマを負う程の体験をした彼を、一体誰が責められようか。


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